【エッセイ】おさるチェア
庭に生えていたユスラウメの木に異変が起きたのは、3月初旬のことだ。
いや、違う。
異変が起きていることに気付いたのは、だ。
ヤツは私の目が届かないところで、その悪事をひそやかに進めていたのだから。
私の味方だったのに
突然だが、私はガーデニングが大っ嫌いだ。
大嫌いではなく、大っ嫌いと言うくらい大っ嫌いだ。
雑草は抜いても抜いてもカムバック、虫は葉っぱの隙間からハロー、そのくせ花はすぐにグッバイ。
おまけに、庭をコンクリートで埋めるお金はナッシングときている。
それでも、ユスラウメは私の味方だった。
ろくに手入れもしないのに、4月になれば梅のような花を咲かせ、5月には小さく真っ赤な実をつける。
甘酸っぱくて美味しいのだが、たくさん生りすぎてとても食べきれない。
料理の苦手な私も、種を取るのに四苦八苦しながら、ユスラウメのジャムを作ってみたりした。
それなのに。
今年のユスラウメは、私でも気付くほど元気がなかった。
何事かと近づいてみたが、前から見ても原因がわからない。
首をひねりながら裏側に回ると……。
「うっ、嘘でしょ?」
私は、鼻血が最高圧力で噴き出しそうなほど驚いた。
木の裏側に、信じられないものを見てしまったからだ。
「キノコ、生えてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
おさるチェアが生えちまった
そこには、悪趣味な耳のオブジェさながらの、分厚いキノコが生えていたのだ。
植物界における私の数少ない味方、ユスラウメから。
しかも、人の目を盗むように、木の裏側だけを住処にしている。
こんなキノコが生えちまったら、さぞかし木も辛かろう。
人間だって、足に水虫ができたらキツいのだ。
キノコも水虫も同じ菌類なのだから、他人事と思えるはずがない。
憎きキノコを観察したところ、何とも言えず怪しげなヤツだった。
私が喰らうシイタケやエリンギとも、中華丼のキクラゲとも違っている。
あまりの怪しさに調べてみると、どうやら「サルノコシカケ」らしいと判明した。
サルノコシカケ!
あの、漢方薬のサルノコシカケ!
これを繁殖させて売れば、もしかして一儲けできるのだろうか。
妄想に膨らんだ私の期待は、次の一言であっけなくしぼんだ。
「サルノコシカケは木を枯らす」
なんてこった。
コイツはこともあろうに、私のユスラウメを枯らそうとしているのか。
サルノコシカケでゴザイマスと言いながら、猿もいないうちの庭に来やがって。
そんな大層な名を名乗るなら、高崎山でおさるチェアとして働いてみやがれ。
ユスラウメは強かった
そうは言っても、枯れていく木を放っておくわけにはいかない。
弱った木は、シロアリの餌食になりやすいというのだ。
樹木に詳しい兄貴分に相談した結果、根元から切るしかないという結論になった。
長い間、私に春の恵みを与えてくれた、やさしいユスラウメはもういない。
寂しくなった庭を眺めた私は、不意にその存在に気づいた。
切り株から少し離れたところに、何やら細い木が生えているではないか。
見た感じは非常にユスラウメっぽい。
伸びた根から出てきたのか、落ちた種から生えたのかは知らないが、私のユスラウメが残した子孫とみて間違いないようだ。
でかした、ユスラウメ!
おさるチェアの奇襲をかわし、このような形で命をつないでいたとは。
えらいぞ、ユスラウメ!これでまたあの実を喰らえる 君が残した命、この庭でしっかりと育てようじゃないか。
生命の強さに感動する一方で、私は少しだけ後悔もしている。
燃えるゴミに出してしまった、ユスラウメに生えたサルノコシカケ。
もしかして、あれを漢方薬店に持ち込んでいたら、今頃は大金持ちになっていたのだろうか……。
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