効率化の追求ではなく現実世界のデジタル化がDX!そのヒントは接客にあり
2020年4月29日〜5月10日にかけて、バーチャル空間上の展示即売イベント「バーチャルマーケット」が開催され、70万人超えという過去最多の来場者を記録しました。このバーチャルマーケット内の仮想都市パラリアルトーキョーに、伊勢丹新宿本店の仮想店舗が出店されたのは記憶に新しいことです。
このプロジェクトの仕掛け人は、三越伊勢丹ホールディングスの仲田朝彦さん。ご両親も元伊勢丹社員という彼はいかにこの企画を発案し、どうやって実現したのでしょうか? そして、この先何を考えてどういったアクションを取ろうとしているのでしょう。インタビューを通して、DX=スマート化だけではない、アナログなファクターの重要性が見えてきました。
伊勢丹ファン一家に生まれた仲田が考える5つの百貨店の良さ
―― 最初に仲田さんのご経歴からうかがいたいのですが、2008年に伊勢丹(当時)に入社されたとうかがっています。まずは入社のきっかけのお話からお聞かせいただけますか。
仲田:私は伊勢丹ファンの一家に生まれて、幼稚園の頃から伊勢丹新宿本店によく足を運んだ思い出があります。こういう経緯もあって、小さい頃から「将来は伊勢丹で働くのだろうな」と子どもながらにぼんやり思っていました。実は私の両親は伊勢丹の元社員でして、父の退職日の次の日に私が入社したという経歴です。
2008年に入社して男性ファッションを専門に扱うメンズ館で働いていたのですが、この年はリーマンショックの年でして、1日5時間ぐらいは店頭で待機という状態もあったりするぐらい、いきなり厳しい状況下に置かれました。
ですが実際に入社してみて、店頭に立って気づいた百貨店の良いところもたくさんありました。具体的には、
1. 商品(取り扱っている商品がいい)
2. 店舗(お店の雰囲気がいい)
3. 装飾(装飾が素晴らしい)
4. 編集(思わぬものに出会える仕掛けがある)
5. 接客(○○○さんの接客がいい)
です。
その一方で、百貨店の課題にも直面しました。私が考える百貨店の課題は、「在庫を抱える商売である」という点です。入社3年目に異動をして、バイヤーが仕入れた商品の在庫管理をしつつ、いかにそれらの商品を販売するかというアシスタント業務を担当しました。しかし、売れ残る在庫を目の当たりにして、在庫を抱えるという百貨店の商売の仕方をどうにか変えられないものかと思ったのです。
学生のひと言で再認識した新しさを生み出せない問題
―― 課題や危機感を持たれてからどういった動きをされたのですか?
仲田:話はさかのぼりますが、私は2007年の初代iPhone登場のニュースを見て大きな将来性を感じました。また、街作りシミュレーションゲーム『シムシティ』を趣味でプレイしていたり、映画『フィフス・エレメント』が好きだったこともあって、「iPhoneを通じて仮想大都市に入り込むことができる時代が間もなくやってくる」と確信してたのです。
最初はインターネット上に伊勢丹を作るのが着想の始まりだったのですが、さきほど挙げた百貨店の5つの良いことをそのまま持っていけるじゃないかと思い始めました。今だから言える話ですが、そこから2010年ぐらいまでは、これを事業化するためのエビデンス集めのために仕事をするモードにこっそり自分を切り替えていた部分もありました。すいません!(笑)
―― そこまで仲田さんを本気にさせた要素はなんだったんでしょうか。
仲田:入社6年目のときなのですが、文化服装学院の学生の方と知り合いになれたのがきっかけです。今思うと、入社3~5年目のときまでには、やりたいなとは思ってたんですがそこで止まってました。
この6年目のときに、ファッションデザイナーを目指している学生の方たちに伊勢丹新宿本店を案内する仕事を担当しました。学生の方々に将来どんなファッションをやっていきたい? って質問したら、「私は女性ですが、メンズスーツをやってみたいんです。それが夢なんです!」と目を輝かせて回答してくれました。続けて、「でも、売れるものを作らないとだめなんですよね」と。
ファッションデザイナーを目指す学生の方たちは、卒業制作の一環として作品を作ります。ですが、生地屋に行っても少数では販売してもらえず、ロットでまとめて購入しなければなりません。仕立て工場に持っていっても1着では作ってもらえません。ですので、数百万円かけて何十着も作ることになるのです。
昔の百貨店は、こういった学生の方が作ったものを丸ごと買い上げていたのですが、今は在庫の問題があってなかなかそうはいきません。この一角のスペースを使って販売してくださいとまでは言えるのですが、残ったものは自分で引き取ってくださいとなるわけです。
これは学生にとってはかなりの負担です。だから、まずは売れるものを作る必要があるというのはある意味、正しいわけです。とはいえ、バブル期に13兆円と言われていたファッション業界の市場規模が半分以下の5~6兆円になっていて、売れるものを作ること自体が簡単ではなくなってきている現状もあります。
確実に売れるものとしては、いわゆる定番商品(ベストセラー)としてあるのですが、そこばかりに目を向けると究極的には1つのデザインやファッションで完結してしまいます。これは人生における「衣」の選択肢を狭めてしまうことに繋がると思います。この「新しさを生み出せない事態」は大きな問題だと感じました。
こういった経緯があって、デジタルモールを進めようと決意しました。
―― このチャレンジを決意した後、どういった動きをされたのでしょうか。
仲田:2016年に仮想店舗型ECサイトの企画を発案しました。もっとデジタルの要素を入れて提案したかったんですが、そのときはあまりアイデアを出すと会社に取られてしまうという思いが先行してしまって……。今思うと馬鹿でした(笑)。ですので、この企画はデータの服を売る前段階といった内容です。
伊勢丹のリアル店舗と同じように、フロアごとにアイテムを探すことができるようになっていて、チャットしながらショッピングができたりする仕組みでした。企画としては、いいね、やろう! となったのですが、結果から言うと失敗に終わりました。
―― というのは?
仲田:会社の人たちを動かすことに私が失敗したということです。いかに人を巻き込んでプロジェクトを進めていくかというマネジメント力が足らなかったのだと分析しています。そういう意味では、スタートラインに立つ段階からうまくいってなかったのでしょうね。
もちろん、みんな協力はしてくれたんですが、でき上がったサイトは私が思っているものとは違うイメージでしたね。結果、目立った成果も出せず、1年ほどでクローズとなりました。「新しいファッションをデータで生み出す」という本当にやりたかったことを会社に内緒にしていたことが失敗の要因だと後で気づきましたね。やっぱり人を動かすには、思いがこもっていないとだめなのだと。
エビデンスが出せない中で選択したCG化での説得が功を奏する
―― この失敗のあとはどういったアクションを?
仲田:2018年に社内起業制度にエントリーしましたが、結果は落選でした。そのときの企画書がこれなのですが、仮想世界を作るということがテーマになっています。
落選後にいただいたフィードバックには、「企画自体はいいと思うんだけど、仮想世界は未来の話だよね」というものが多かったです。決して、未来の話ではないんですが、そこを説得しきれなかったのです。
―― ということは、落選したものの、バーチャルマーケット内で出店された伊勢丹新宿本店の基本骨子は2018年の企画段階では形作られていたんですね。ただ、当時は賛同が得られなかったと……。
仲田:そうですね。こういった新規事業にはエビデンスが少ないこともあって、説得しきれませんでした。ですが、落選したことによって、どうしても実現したい強い思いが生まれてきました。そのためには、会社の意向を正確に把握する必要があると思いました。
2018年のエントリーでは、社長の手前の段階で落選が決まってしまった経緯もあって、もう一度チャレンジして社長に見てもらおうと決意が固まりましたね。
しかし、エビデンスが乏しい中、どうやればより具体的なイメージを持ってもらえるかを考えた末、CGで仮想の伊勢丹を作って見てもらうのが一番いいという結論に至ります。一社員がCGで伊勢丹を作りましたという事実は、「未来の話ではない」ということの説得材料になると考えたわけです。これが功を奏して、採用となりました。
やりたいことはまだたくさんある!だからこそ接客は続ける
―― ということは、2018年からは大変ではありつつも充実した時間を過ごせたのではないでしょうか。
仲田:はい、最高でしたね。自分のやりたいことはこれだと明確に発信できたおかげで、仲間がたくさんできました。CGを始めようと言ったときも、私の両隣に座っている方たちも一緒にやろう! といってくれたり。こういったことも収穫の1つです。
▲現在作成中の「仮想伊勢丹新宿本店」
―― この企画を立案するにあたって、大事にされていたことは何ですか?
仲田:ユーザー目線を最優先にしたtoCに特化した事業にするという点ですね。toCのためにユーザーインタビューなども実施したのですが、やっぱり接客が大事だということを再認識しました。感覚としては10回のユーザーインタビューよりも、1回の接客というイメージです。
お客様の声を反映した施策ははずれがないので、今でも店頭での接客業務は続けています。これは伊勢丹の血でもあるといえますね。
―― 仲田さんは、現在所属されているチーフオフィサー室関連事業推進部ではどういった活動をされてますか?
仲田:三越伊勢丹ホールディングスは事業子会社をいくつか持っています。これら事業子会社のマネジメントを行ったり、投資先企業と弊社の相性のいい事業を見つけてソリューションを探すといった内容です。新規事業を起こして、ゆくゆくはそれを事業子会社にするのがミッションの1つともいえます。
ここまで話をした経験において、私の中で新規事業を成功させるためのファクターは、「自分の好きなこと、得意なこと、燃えることを事業にする」ということです。アナログなことではあるのですが、これがすごく重要だと実感しています。
―― 最後にこの記事を読んでくれているDX推進者の方たちにメッセージをお願いします。
仲田:DX=スマート化を意識してしまうことが多いと思います。でも、本当にそうなのだろうかと思っています。例えば「買う」という行為を考えたとき、スマート化であればECサイトで十分なわけです。そこをわざわざ仮想店舗にするのは、現実世界での体験と同じように思わぬ商品に出会ったり、ふらっと立ち寄る一見無駄に見える時間が価値になったりするからです。
つまり、効率化を図るということではなく、現実世界をデジタル化するという観点ですね。いうなれば、マイナスをゼロにすることではなく、ゼロをプラスにするのがDXだと思っています。そういった仕事を続けていきたいですね。
DXという言葉だけ聞くと構えてしまう方もいると思いますが、そうではなくて愚直なDXがいいと思います。だからこそ、これからも店舗での接客を通して、お客様の意見に耳を傾け続けます。
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いくつかの失敗を乗り越え、仮想都市への出店をこぎつけた仲田さんの「自分の好きなこと、得意なこと、燃えることを事業にする」のひと言には納得と同時に強い意思を感じました。そして、お客様との接客に大きなヒントがあることも理解できました。仲田さん、ありがとうございました!
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仲田 朝彦氏
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、2008年に株式会社伊勢丹(現三越伊勢丹)に入社。紳士服担当として店頭・バイヤー業務を経験。2019年に三越伊勢丹MD統括部シームレス推進部を経て、2020年より三越伊勢丹ホールディングスチーフオフィサー室関連事業推進部(現職)。社内起業制度を活用し、現在アバターへのファッション価値やライフスタイルを提案する「仮想店舗とデジタルウエア事業」のトライアルを進行中。
写真:大塚まり
取材・文:辻 英之
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