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【前編】長年生産性が上がらない業界のレガシーを打ち破れ! 現場力&人間力でDXに挑む東洋エンジニアリング

レガシーな働き方がいまだ多く残り、労働生産性の向上がなかなか進まぬプラント業界。こうした業界に風穴を開けようとしているのがグローバルで活躍する専業エンジニアリング大手・東洋エンジニアリングです。プラント業界では何が課題となり、DXでどのように変わろうとしているのか――。同社でDXの推進を担うキーパーソン、鈴木 恭孝氏瀬尾 範章氏のお二人に、その取り組みについて伺いました。

エンジニアリングは工場や発電所を作るお仕事

―― 「エンジニア」「エンジニアリング」という言葉を聞くとIT業界のことをイメージする方もいらっしゃるかと思います。そこでまず、東洋エンジニアリングがどんな会社で、どのようなお仕事をしているのかを教えてください。

鈴木:世界中に、プラントと呼ばれる生産設備や工場がありますが、これらプラントを建設することがわれわれの仕事です。
プラントの写真を見ていただくと、機器同士をつなぐ配管が複雑に張り巡らされています。おびただしい数の配管がありますが、ひとつとしてムダな配管はありません。こうしたプラントを機能性と経済性のバランスをとって設計する。そして、必要となる資機材を世界中から調達し、それらをシステムとしての能力が出るよう設計通りに建設するまでが、エンジニアリング会社の仕事というわけです。

前編2

ちなみに、日本に専業エンジニアリング会社と言われる会社は、日揮、千代田化工建設、そしてわれわれ東洋エンジニアリングの3社です。
手がけているものは、石油化学プラントだったり、石油精製プラントだったり、インフラ系では発電所や鉄道、水処理施設だったり。他にも製薬工場などなど、なんでも作りますよ(笑)

―― なるほど。大規模な生産設備建設とか、社会インフラを整備するのがエンジニアリング業界の仕事なのですね。

瀬尾:そうですね。ただし一つとして同じ仕事がないんですよね。生産設備やインフラ施設は都度個別のお客様要求を元に設計して、世界中から最適な資機材を調達し、要求性能を出すシステムへのインテグレートしていくことになります。まさに一品一様で作り上げる職人技を要すると言われてきました。

―― 毎回作るものがまるっきり違うわけですから大変な仕事ですよね。

瀬尾:高度な知見や経験を駆使しながら仕事自体は毎回変化するので、そこに魅力を感じているエンジニアは多いと思います。私の場合はこの業界に居る父が「飽きないからいいよ」なんて言っていた影響も受けてエンジニアリング業界に入ったんです。確かに日々の業務が面白い反面、その「毎回変わる」という特性が、実は生産性を上げるうえで足かせになっている側面は強いと感じています。デジタル化するということは繰り返し可能な形に落とし込む必要がありますが、この実現がなかなかに難しい業界です。難易度が高い、言い換えると付加価値が高い業務を、さらに付加価値を高めながら効率化を図るというのが、弊社におけるDXの狙いです。

DXで6倍の生産性向上を目指す

前編瀬尾さん

▲ 瀬尾 範章氏

―― その難度の高いDXを担っているのが、DXoT(DX of Toyo)推進部なんですね。

瀬尾:われわれの会社は、2017年からDXに取り組んでいました。ただ、正直申し上げて当初はあまりうまくいきませんでした。その最大の原因は、経営層が巻き込まれてなかったり、IT部門と実務部隊の組織が連携せずに分断されていたりしていたためと反省しています。

―― 最初はうまくいかなかったんですね。

瀬尾:このままでは進まないということで仕切り直しをしたのが2019年度の初めです。反省を糧に、今度は社長直轄で経営陣を巻き込んで、業務としてきちんと取り組む体制を組みました。さらに中堅・若手が中心となって推進していく方針を決めて立ち上げたのがDXoT推進部です。2019年7月に発足した新しい部署で、ようやく1年を過ぎたところです。

―― DXoT推進部ではどのようなミッションに取り組んでいるんですか?

瀬尾:実はDXoT推進部発足当初も、まだ部のミッションは明確になっていませんでした。普通に考えると、経営方針があって、経営方針に即したDXというのが正しい順序だと思いますが、とにかく「DX推進」という目標だけが与えられました。そこで、まずはビジョン作りに着手したわけです。

―― 瀬尾さんが作られたDXのビジョンを教えてください。

瀬尾:エンジニアリング業界はあまりスマートな仕事の仕方ができていないんです。この写真をご覧ください。

東洋エンジ資料より

▲ まだまだ多い現場の紙 (東洋エンジニアリングの資料より)

―― これは…全部が書類を綴じたファイルですか?

瀬尾:はい、ここのフロアには、およそ500万枚のペーパーがファイルに収まっています。契約によってはこれを4~5セット納品する必要があるので、その場合にはこの写真の4~5倍ぐらいの量となります。

―― 想像以上にすさまじい紙の量ですね…

瀬尾:これを出力して綴じるだけでも非常に労力がかかります。それにあたりまえですけれど紙は濡れたら見えなくなりますが、建設作業の多くは屋外でやらざるを得ません。紙の図面が雨に濡れると、せっかく書いた検査記録なども消えてしまいます。紙ベースでは、作成、転記、確認、承認、ファイリングなどの一連の作業に手間暇がかかります。これはあくまで一例ですが、業界全体が低生産性でずっと停滞している理由の一つとなっていることは間違いありません。このような業界の慣習を変えていかないといけないと考えて、掲げたビジョンが「生産性を6倍にする」なんです。

―― なぜ「6倍」なのですか?

瀬尾:「6倍」とした理由は、今の手法の延長線上では一見実現不可能に聞こえるけど、前提を変えることで可能性があるということと、そして何より「分かりやすい」ということですね。
こちらに、各産業の生産性が1950年からどれだけ伸びているかという資料があります。製造業で8.6倍ですが、われわれを含む建設業は1.1倍です。当然1990年代のPCの導入や最新のシミュレーター、3D Model設計ツール を使った設計など、いろいろな取り組みをしているのですが、生産性――投入資源に対する付加価値――は、残念ながら1950年からぜんぜん上がっていないというデータになっています。

東洋エンジ資料より2

▲ 各産業生産性の比較 (東洋エンジニアリングの資料より)

製造業をベンチマークとして、種々の要素を検討して「6倍」に設定しました。

何はともあれ「生産性を6倍にする」という分かりやすいビジョンをまず立てて、部署を起ち上げた翌月の2019年8月に「DXで生産性を向上させて、60年間生産性が向上していない業界自体を変革しよう」と方針を全社員に説明しました。

―― 6倍の生産性向上って当然簡単なことではないと思いますが、どのような戦略を考えていたのですか?

瀬尾:3つの重点領域があります。1つ目は仕事のやり方自体を変革させること(CC Driven Engineering の実現)。2つ目は経営のやり方自体を変えること(Proactive Corporate Management)。3つ目は、データ利活用を進めること(Data Leverage による持続的成長)です。この三つの領域を持続的に変革させることで、生産性6倍を達成しようと考えています。これら三つの重点領域の実現は、当社にとってだけでなく、お客様や社会に対する付加価値提供にも繋がります。この付加価値創出がDXoT推進部の最大のミッションと考えています。

東洋エンジ資料より3

▲ DXoT 戦略の柱 (東洋エンジニアリング資料より)

マレーシアの現場から呼び戻されてDXoT推進部長に抜擢

―― 少し話を戻しますが、瀬尾さんが若くしてDXoT推進部長に抜擢された経緯を教えてください。

鈴木:われわれエンジニアリング業界の特徴なのですが、過去の経験・実績と対になって、安全で品質の高いプラントを作り上げることができます。またお客様からもベテランをキーポジションに就けるように要請されることがよくあります。しかし、効率化や伝承の面からも、脱俗人化していくのがDXの目指すところです。ただ、先ほど瀬尾が言ったように「2017年ぐらいから始めたけど、なかなかうまくいかなかった」というのは、経験重視、過去の成功体験を踏襲する文化の弊害が多分に出てしまった側面があると考えています。

―― そこで、30代の瀬尾さんが抜擢された。

鈴木:そうですね。当社では珍しい30代で部長に任命しました。もちろん、若いからとか、やる気があるからというだけでできるほど甘い任務ではありません。瀬尾の場合は、当社史上最大規模のプロジェクトの現場で、プロジェクトエンジニアリングマネージャーとしてもまれて成果を出し続けてきました。若さを言い訳にせず、お客様や協力会社、社内の信頼を積み重ねながら、現場の第一線でプロジェクトを牽引してきたわけです。その時の違和感や改善すべき課題認識を生かして、会社の業務と伝統的な慣例さえも変えられないか模索している。そんな彼だからこそ、彼を任命したわけです。今度こそTOYOはDXoTをやり抜けると私は確信しています。

―― 十分に現場経験を積んできた上に、若い世代の変革への課題認識を持つ人財だからこそDXを託せると考えたんですね。

鈴木:そうですね。DXには教科書がありません。前例も見本もないDXの推進には挑戦と失敗を繰り返すことは避けられません。仮説を立てて実践して、評価して仮説を修正して再度実践するという、伝統的な慣習や手法を変えることを厭わず、試行錯誤を繰り返して、組織文化を変えていける人財という点からも、彼に期待しています。

―― 「組織文化を変えていける人財」とは、どのような点で評価されますか?

前編鈴木さん

▲ 鈴木 恭孝氏

鈴木:伝えるべきことを時機を逃さずにちゃんと伝えることができることですね。たとえ社長だろうが役員だろうが、相手が間違っていたらちゃんと指摘する。厳しいプロジェクト遂行経験を通じて、適時適切に伝えるべきことを伝えることが結果的に信頼も利益も守ることだと身をもって知っているのだと思います。当たり前に聞こえるけどとても難しい能力ですよね。東洋エンジニアリングは来年で創業60周年を迎えます。先にご説明した通りベテランが尊重される業界である上に、当然社内にはこれまでの当社を牽引してきた諸先輩がいます。ややもすると若手や中堅は「何か変だなあ」と感じても、その場で口に出さずに指示に従いがちです。プロジェクト運営ではそれが命取りとなりかねない。さらに、DXの世界になると、ベテランにも分からない事は沢山ある。そこで、時機を逃さずにちゃんと伝えることは最も大事なのだと思います。

すべてを変えないとサイロ化・部分最適化に陥る

―― エンジニアリング業界でDXを進めていく上で、特に課題となる点を教えてください。

瀬尾:大きく2つの課題があります。1つは先ほどお話しした一品一様の仕事であるという点です。もう1つは、過去の経験に裏付けられた属人的な知識・知見がプロジェクト遂行において大きなウエイトを占めているという点です。「ベテランが重用される」と言う話しがありましたが、知識や知恵が属人的になってしまっているというのが課題です。
ベテランが積み重ねて来た幾多の経験や知見が当社の財産であり競争力です。このベテランの暗黙知を形式知に置き換える必要があります。そのうえで、デジタルのポテンシャルを最大限活用できるように抜本的な業務改革することで、人間でしかできない重要な判断、意思決定を遅滞なく行えるようになるように取り組んでいます。

―― 「ベテランの経験にこそ価値がある」が、「デジタルで省人化」を目指す。ジレンマですね。

瀬尾:暗黙知を形式知化するためには、まず、理路整然と業務整理をしなければなりません。その上で、DXに作業と選択的判断を任せ、人間はその後の判断に注力する。これによって業務スピードが上がり、省人化でき、競争力向上につながります。省人化が目的ではなく、人にしかできない判断に注力できるし、多くのプロジェクトに対応でき、また、新しい分野へのリソースの投入も可能になります。

―― なるほど。DXを通じて変えようと考えているのは、どういうところですか?

瀬尾:全部ですね。

―― 全部ですか!

瀬尾: 会社を変える覚悟でDXに取り組む強い意志がないと“DXごっこ”になってしまいます。すべてを変えないと、あっという間にサイロ化、部分最適化に陥ってしまい、どうしても会社全体の構造に矛盾が生じてしまいます。会社は人間の体と同じで、全身が繋がっている。だから、DXoTを通じてTOYO全体が「変わり続けることを許容できる企業文化」を醸成するしか道は無いのだと考えています。

―― 全部変えるとなると、全社からの理解を引き出すのも難題になりますね。

瀬尾:全社から理解を引き出す取り組みはいろいろ行っていますが、その1つとして、先ほど3つの重点領域があると話しましたが、この実現のために18個のDXoTタスクを設定しています。このタスク1つひとつを達成した先にどのような未来が実現するのかを、短いアニメーションにしてイントラで共有しています。百聞は一見に如かずということで、アニメーションを活用してバーチャルながらも具体的なタスク達成後の具体的な未来を分かりやすく共有する狙いです。

―― DXoTの取り組み成否には、共感者を如何に増やせるかがカギを握るということですね。

瀬尾:共感者を増やすことが間違いなくカギになりますね。最初のころは「生産性6倍」に対しても、「無理だよ!」という反応が大半を占めていました。そこを、辛抱強く繰り返し発信し続けてきたことで、今やほぼ全社に活動もビジョンも認知されています。

前編瀬尾さん2

―― 一年かければ、そこまで変わるものなんですね。

鈴木:地道な取り組みが奏功したと思います。DXoT推進部が発足して1年が経った今では、認知されただけでなく、もう全社員が本気で取り組むようになってきています。
DXoT推進部ではゴールを決めたら、若手・中堅世代の部員全員が着実に進めていくという精神をもって率先垂範して実践してくれています。それを見ている他部門のメンバーは、「自分もしっかりやらなくちゃ」となる。すると隣の部の人たちも、「彼らが本気で会社を変えようとしている。私たちも一緒にやらなきゃ。」と伝播していく。これが会社全体に広がった結果、みんなの意識が変わってきたのだと思います。

―― 望ましいリーダーの選出がスタートダッシュを成功に導いたと。

鈴木:仰る通りですね。リーダーが体張ってやっているところを見せないとヒトはついて来ないですから。自ら変革に取り組む背中を見せていることによる影響は大きいと思います。

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ベテランが重用されることの多い環境で、瀬尾さんはどのようにしてベテランたちの心を動かしていったのか……?続きは後編へ。

鈴木 恭孝(すずき やすたか)
東洋エンジニアリング株式会社 執行役員

1988年に三井物産に入社し、以来31年間一貫して、石油化学、石油・ガス、電力、鉄道、港湾、水など、さまざまな分野のプロジェクト開発業務に携わる。そのうち英国に6年間、韓国に3年間、シンガポールに4年間駐在。東洋エンジニアリングと数多くの案件で協業を経験してきた。直近ではPortek International(シンガポールに本社がある港湾運営・エンジニアリング会社)で“Portek Reborn”と銘打ち若手・中堅社員と共に経営刷新を実行。2019年8月より現職に就任し、世代の壁を克服する使命を負ってDXoT推進を管掌する。
瀬尾 範章(せお のりあき)
東洋エンジニアリング株式会社 DXoT推進部長

2004年、東洋エンジニアリング株式会社入社、配管設計部へ配属。配管設計エンジニアとして活躍後、2015年にマレーシアRAPIDプロジェクトのField Engineering Managerにアサインされ4年間務めあげる。2019年7月に現職DXoT推進部長へ抜擢。40歳を目前に社長直々の指名を受けて、本人にとって晴天の霹靂とも言える企業変革プロジェクトの推進役の任を担う。初めて耳にするDXを数か月の猛勉強で自分のものとし、Digital Transformation of TOYO(DXoT)のビジョン策定から実現に向けて、社内をモチベートしながら猛進する日々にある。

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