成功者の憂鬱
ワタクシは今でこそ社会人としてお天道様の下を堂々と闊歩する身の上だが、30代後半〜40代前半の頃はあちこちの施設にご面倒をおかけしながら社会復帰を目指して迷走する、昔風に言えば社会的落伍者であった。
特に今の職場に落ち着くまでの10年間については体調も精神も、そして職も不安定で(文字通り【糊口を凌ぐ】日々だった)、協力者も少なく、漠然と不安を抱えながら毎日を生きていた記憶がある。
それが、突然ひっくり返った。
大企業への再就職に成功したからだ。
今の職場に拾ってもらって今年で足掛け4年目になる。この先いつまで同じ場所で働けるかは正直、未知数なのだが、とにかく今は日々ありがたさを感じながら奉職している。
ワタクシが今の企業に就職した時の周囲の喜びようと言ったら例えようもなく、特に生活介護施設の職員や就労移行支援事業所の職員の皆様には事ある毎に「テクパンさんが努力をされたから今のテクパンさんがある」「この調子で今後も就労に励んで頂きたい」と幾度も声がけを頂戴するに至り、正直に言うと少しプレッシャーすら感じていた。容易に元の求職者に戻らぬよう、ハッパを掛けられているように感じたからだ。メンタルクリニックのカウンセラーさんに「このままでは周囲からの期待に押し潰されてしまう」と真剣に相談した事もある。
これが別にハッパをかけられている訳でも、プレッシャーを与えられている訳でもなく、掛け値なしにワタクシのこれまでの道程に対して客観的な評価を与えているに過ぎないと気がついたのは、本当に、ごくごく最近の話である。
そしてそれに気がついた切っ掛けは、以下に述べる通りである。
諸々切っ掛けがあって、嘗ての生活介護施設の仲間達何名かと電話で会話する機会があった。
その内の最後の一名が、どうも様子が怪しい。
色々と話を聞いてみると、何と施設通いを辞めて近頃【副業】を始めたと言うのだ(どんな内容なのかは聞き漏らした)。因みにその人物は現在就労をしておらず、生活保護のお世話になっている身の上である。
「勿論、副業での収入が振り込まれたら生活保護は卒業するよ」
とその人物は言うのだが、所謂【副業】と名のつくものに碌なものは存在しない…もっと言えば詐欺紛いどころかガチものの詐欺しか存在しない…と言うのがワタクシの先入観だったので、その人物が無邪気に狸の皮算用染みた話をするのを聞いている内に不安になってきた。
然し向こうは平然としたもので、良かったらテクパンも一緒に副業をやらないか、何なら俺が紹介する、国が認めた副業だから大丈夫だ…とまで言う。
丁重にお断りしたのは明言するまでもない。
そして幾許かの会話の後、かの人物は振込日の今月末が楽しみだなぁ…と言い残して電話を切った。
会話を終えてワタクシはハッと気がついた。
生活介護施設や就労移行支援事業所の職員があれほどワタクシの【成功例】を絶賛するのは、裏でかの人物のように【堕ちて】しまう人が少なからず居るからなのだ…と。
恐らく今回ワタクシが会話した人物の他にも、就労支援の途中で社会復帰を放棄し、怪しい副業に手を染めて取り返しのつかない事態に陥り、後悔した人は少なくないのではなかろうか。そんな事を想像したりした。
一気に肩の力が抜け楽になると同時に、背筋が冷たくなった。
ワタクシが同じ道を辿っていなかった保証は、何処にも無い。かの人物ではなくワタクシが副業に手を染めていたかも知れない。そう考えたら怖くて震えが止まらなくなった。末梢神経の損傷による手足の弛緩とは異なる震えが。
人により就労のカタチは千差万別なので一概には言い切れないが、ワタクシは取り敢えず、生きる為の金子は真面目に汗水流して働いて得るのが一番性に合っていると思う。
…いや、他人がどんな手段で稼ごうがそれは個人の自由だし、ワタクシが単純に副業と言う存在に馴染めないだけなのだが、少なくともワタクシは副業絡みで他人をも巻き込むようなところまで【堕ち】たくはない。