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【小説】小さな侍【ついなちゃん二次創作】

「ねぇねぇ聞いた?【小さな侍】の話」
「聞いた聞いた!雀に跨れる位に小さな侍が、夜となく昼となく出るって言うアレでしょ?確か…」
「不動産会社の代島だいしまさんの家だっけ?」
「そうそう!昭和末期から平成始め辺りに急に商売が右肩上がりになったんだって、うちのおばあちゃんが言ってた」

女子高生の群れが口々にそんな噂話をしながら通り過ぎるのを、雑居ビルの一階に店を構える骨董品屋の軒先で、ふたりの人物は目を丸くして聞いていた。
ひとりは狐の耳がついたパーカーを身に着け、狐を模した手袋を着用したオッドアイの少女…涙目なみだめコロン。
もうひとりは豚を思わせるピンクのヘルメットとゴーグルを被り、デニムのツナギの上から白衣を羽織った眼鏡の女性…谷崎たにざきカリン。
民草に紛れ民草を装って暮らしているが、実は秘密結社狐面党こめんとうの大幹部の一翼を担う実力者達である。

「今の噂話聞いた?」
カリンがコロンを振り返ると、コロンは潤んだオッドアイを鏡のように丸く見開いた。
「聞いた聞いた。あの人間の娘達が言ってたのは多分【ちいちい小袴こばかま】と呼ばれる妖怪の事だコン」
コロンはこう見えて何百年の齢を生きた幽世かくりよ側の存在だ。人間の娘等赤子にも等しい存在だろう。そんな人間の娘達が幽世の存在を噂のタネにしている事に、コロンは少しだけ驚いた様子だった。
「でも、確かちいちい小袴って、使い古した爪楊枝や鉄漿かねつけ楊枝が化けて出たものでしょう?爪楊枝はともかく、鉄漿つけ楊枝なんてもう廃れて随分経つよね?」
カリンがそこまで述べた辺りで、店の奥から声がした。

「種明かしをしてやろうか」

店の奥から姿を見せたのは、背が高く屈強な体躯を有する銀髪金晴の美女だった。交渉事の帰りらしく、よそ行きの白いアオザイに身を固め、扇子を手にしている。鋭い目つきと相俟って雰囲気がまるで白い狐のようだ。

「代島…とか言ったか。あの地上げ屋の家にちいちい小袴が出る謂れ。ちゃんと理由があるんだよ」

白い狐を思わしむる美女…狐面党筆頭幹部・八蜂鞠やちまりククリは艶然と微笑んだ。

****************

ところ変わって。

ククリ、コロン、カリンは、雑居ビルの中のとある部屋の中に居た。

骨董品屋を一階に据えるこの雑居ビル、実は狐面党の拠点のひとつである。骨董品屋は世を偽る為にククリが声がけして開いたものだ。そして雑居ビルの中にはカリンのラボラトリー、コロンの私室、そしてククリ、コロン、カリンと、ククリの直属の部下二名…髪の毛の色から【アオ】【キイロ】と言うコードネームで呼ばれている…が日々の暮らしを送る為の様々な設備が備わっている。台所も、風呂場も。その他色々。

「…さて」
茶を啜りながらククリが切り出した。
「…あの代島とか言う一族はね、元々他所の土地から流れて此処厚柿市あつがきしに住み着いた連中さ。そして代島一族が厚柿市に住み着いたばかりの頃、今の代島家の邸宅がある場所に、江戸時代から続く爪楊枝の問屋があったんだ」
「初めて知ったコン」
コロンが相槌を打つ。いつの間にかアオとキイロがやって来ていて、空になったククリの湯呑に静かに茶を注いだり、卓上に煎餅の器を並べたりしていた。
「…その頃の代島一族は、まだ不動産業になんか手を出していなかった。荒れた土地を耕す何の変哲も無い農家だったんだ。…ところが、ちょっとした事件が元で風向きが変わった」
「どんな事件が?」
カリンが息を呑む。ククリは再び湯呑に手をかけ、茶を啜る。

「ある年の弥生の事だったかね。代島一族のひとりが…その頃はもうヨボヨボの年寄りだったそうだが…畑起こしの準備の為に野焼きを行ったんだ」

畑に蔓延はびこった雑草や、前年度の収穫の後に残された残滓を焼いて灰にし、土に鋤き込んで肥料とする農法は古くから日本のあちこちで行われている。人家が密集した今では最悪、消防法に触れる恐れが懸念されるが、人家が今程密集していない時代ならばごく当たり前の光景だっただろう。

「だが…その時代島翁はしくじった。風向きを考慮して居なかったんだ。火は勢いが激しくなり、あろう事か隣にあった爪楊枝問屋の蔵に燃え移ってしまったんだよ。蔵は勿論、爪楊枝やその原料として全国から集められた原木が、全て焼けて灰になった」

コロンもカリンも言葉を失った。ククリの述懐は続く。

「爪楊枝問屋の主人の嘆きはひとかたでは無かった。そりゃそうさ、自分にはなんの過失も無いのに、隣家が火の扱いをしくじった為に稼業たつきも財産も全て失った訳だからね。せめて失われた稼業を再開出来る位の弁償はしてくれと何度も代島一族に掛け合い、お上にも恐れながら…と訴えたらしい。だが結局、年寄りの些細な過ちだから…と言う理由で有耶無耶にされちまったんだ。思い詰めた爪楊枝問屋は、とうとう自ら首を括って死んでしまった。今の代島邸がある場所でね」

壮絶な話である。

「爪楊枝問屋には跡継ぎが居なかった。残された爪楊枝問屋の内儀おかみさんは体を壊し厚柿市から離れた場所に住む親戚を頼って厚柿市を去った。そして爪楊枝問屋の土地は、なし崩しに代島一族のものになったんだよ。…代島一族が不動産会社を経営するようになったのは昭和の末だったかな。…そして今の代島邸があの土地に出来たのは、確か平成の中頃だ」
「もしかして…今、巷で話題になっている小さな侍って…」
カリンが問うと、ククリは莞爾にっと微笑んで見せた。
「カリンの想像通りだよ。あの小さな侍…ちいちい小袴は、嘗て代島一族の者に焼かれ、残らず灰になった爪楊枝と、爪楊枝問屋の怨念が結びついて生まれたものさ。多分爪楊枝問屋の魂は、自身が生きていけなくなった理由を作った一族が自分の土地で我が物顔をしている事に、我慢ならなくなったんだろう」
「…ちいちい小袴が出て来なくなる方法って、何か無いのかコン?」
コロンの疑問に、ククリは首を横に振った。
「無いだろうね。代島一族があの土地に住み続ける以上、ちいちい小袴はずっと代島一族を苛みに出てくるだろうさ。…昔語りのちいちい小袴は、本体の鉄漿楊枝を焼き捨てれば成仏したが、何しろ代島邸のちいちい小袴は一度焼かれて灰になっている・・・・・・・・・・・・・。退治しようがないさ」

そこまで語ってから、ククリは立ち上がって窓際まで出た。下校途中の女子高生の群れが、三々五々各々の家の方角に分かれて散って行く。ククリは、しみじみと呟いた。

「帰る家があるって、当たり前のように思いがちだが、実は一番肝に銘じなきゃいけない事だよねぇ。そうは思わないかい」

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