【小説】牛鍋【ついなちゃん二次創作】

神奈川県・厚柿市あつがきし。
一見何の変哲も無い雑居ビル様の建物の玄関を潜る、凡庸な服装の乙女の姿がある。

その乙女はビルの中に入ると、左手の手首に巻いていたデバイスのスイッチを押した。
途端に、凡庸な服装から一転、その装束が独特なそれに変わる。

頭にはピンク色のヘルメット。耳を思わせる飾りと大きなゴーグルがついている為、ぱっと見だと豚の顔のようにも見える。
膕ひかがみ迄に届く長髪は黒とピンクのツートンカラー。
インナーの上からデニムのツナギをまとい、その上からかなり大きめなサイズの白衣を羽織っている。足にはピンクのストライプが入ったニーハイソックス。
顔色はやや冴えないが、その容姿は整っている。

「潜入捜査も楽じゃ無いわね」
奇妙な装束の乙女…秘密結社【狐面党こめんとう】の三大幹部の一角にして兵器開発部門のリーダー…谷崎たにざきカリンは大きく溜息をついた。
今日は変装して街に出て、潜入調査の任についていたらしい。
「…ま、収穫はそれなりにあったから良いけど」
そう呟くと、カリンは紙袋の中に入った品物に視線を落とす。
紙袋の中には、明治から昭和にかけて生産された年代物のネジやバネが油にまみれて入れられている。潜入捜査の帰りに寄り道した骨董品屋で購入したものである。
こうした年代物の機材は、時として嘗ての持ち主の念が籠もり、思わぬ妖力ちからを発揮する事がある。それを兵器に組み込めば、兵器の威力が大幅に向上するのだ。

「おかえり、カリン」
建物の中から姿を見せたのは、狐の耳がついたパーカーを羽織り、狐を模した手袋を身に着けたオッドアイの少女だった。カリンと同じく狐面党三大幹部の一角、涙目なみだめコロンである。

「カリン、みんながカリンの到着を待ってるんだコン。靴を脱いで手を洗って、食堂に来るんだコン」
「…私を？」
カリンは怪訝な顔をしたが、あまり深く考えずに「判った」とコロンに返答する。コロンは、何処かうきうきした様子で踵きびすを返した。
（何だろう？また何か緊急会議かしら）
カリンは取り敢えず靴を脱ぎ、洗面所に向かった。

手を洗って食堂に至ったカリンの鼻孔をくすぐったのは、八丁味噌が煮える匂いと、牛脂が熱せられて生じる芳ばしい匂いだった。

「潜入捜査、お疲れさん。さ、今日の主役は一等席に着席願おうか」

猪口を片手に嫣然と微笑むのは、まるで白狐を思わせるような背の高い美女。狐面党三大幹部の筆頭、八蜂鞠やちまりククリである。

促されるままにカリンが着席すると、黄色い髪の乙女と青い髪の乙女がうきうきした様子でやって来た。彼女達はククリの直属の部下である。黄色い髪の乙女は【キイロ】青い髪の乙女は【アオ】と、見たまんまのコードネームで呼ばれている。

何が何だか判らず戸惑うカリンに、キイロが喜色満面な表情でこう言った。
「カリン様、今日は"カリン様が初めて狐面党の門を潜った"日でございます」
「！？」
「カリン様の狐面党入党を祝して、今宵は牛鍋パーティーと致しましょう。存分に御賞味下さいませ、カリン様」
アオが、これまたにこにこと微笑みながら言う。

言われて初めてカリンが卓上を見る。
テーブルのど真ん中には、御狩場焼おかりばやきに用いるような大きな浅い鉄鍋が七輪の上に乗せられており、その鉄鍋のど真ん中には練った八丁味噌が沸々と湯気を立て、味噌の周りには分厚く切られた霜降りの牛肉がじくじく音を立てて焼けていた。他にも焼き豆腐やしらたき、下仁田葱等の具材が並ぶ。
「因みに、味噌は八丁味噌をベースに麦味噌と米麹を配合した特製ですよ、カリン様」
アオがそうつけ加えた。

「…私の為に…此処まで…」
言葉を失うカリンに、ククリが微笑む。
「恐れ入る必要は無いよ、カリン。本当のところは"こじつけ"なんだから。誰かを祝福すると言う口実でも無かったら、こんな御馳走わざわざ作らないだろ」
「その割にはククリ様、肉を買いにスーパーマーケットに出向いた時『普段、研究室に籠もってカップラーメンばかり食べてるあの子に、たまには滋養をつけさせてやりたい』と仰って、かなり慎重に肉を吟味してらっしゃいましたよね、ククリ様」
「こら、キイロ！バラすんじゃないよ」

ククリとキイロのやり取りを見ている内に、カリンは何だか気持ちがほっこりして来た。
本当に、ククリとコロンと、キイロとアオは悪党らしからぬ悪党だ。
こんなにもアットホームな秘密結社が、世界の他の場所に存在するのかどうか―。

「カリン、肉が焦げちゃうコン。早く食べよう」
コロンの催促でカリンは我に帰る。
「さ、カリン様。既に溶き卵はこのアオめが準備しております。お好きな肉を示して下さいませ。お取り致します」
「いや、そこまでは…自分で取るから、大丈夫」
「ククク、まるで何処かのお姫ひい様だねぇ、カリン」
「からかわないで下さい、ククリさん」

夜の帳が降りてきた。
カリンの入党記念日を祝する宴は、まだ始まったばかりだ。

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本日5月15日は、谷崎カリンさんのcvを務められる声優の茅本涼花様のお誕生日です。
茅本さん、お誕生日おめでとうございます。