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【小説】Good Sleep(増補改訂版)
「ん…」
神奈川県・厚柿市の一角にある邸宅のベッドで、真珠色の長髪と琥珀色の瞳を有するその華奢な少女は束の間のまどろみから目を覚ました。
「はわわわわわわ!?」
狼狽えてベッドから身を起こそうとする真珠色の髪の少女の肩を、別の少女の細い手が優しく押さえつけた。真珠色の髪の少女は再び枕に頭をつける。
「ウチは…ウチはこれから"バトロール"に行かな…」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
真珠色の髪の華奢な少女…役 ついなの言葉に、枕元に寄り添っていたラベンダー色の髪の少女…厚柿市でも知られた良家・風花家の令嬢…ついなの親友、風花ゆきが反論しながら、乱れた布団を整え始めた。
今日は週末。
ついなとゆき、そしてその友人数名は、たまたま集まって何処かへ遊びに行こうとしていた。その会話の合間に、突然ついなが倒れてしまったのである。
皆でようよう、ゆきの家まで運び込み、客間のベッドに寝かせたのがつい先程の事だ。
ついなは、普段は中学生として勉学に勤しむ傍ら、持ち前の霊力で幽世からの悪しき来訪者を撃退するゴーストバスター…【方相氏】として闘いに明け暮れる日々を送っている。
ついなが言う【バトロール】とはそんな彼女の日課のひとつで、あやかしの類が厚柿市に来ていないかを見張る夜廻りの事だ。時にはあやかしとの闘いがある為に【バトル】と【パトロール】を文字ってそう呼ぶらしい。
だが、この夜廻りはついなにとっては諸刃の剣でもあった。睡眠時間が大幅に削られるからだ。ついなの自覚以上に、睡眠負債はついなの体を蝕んでいた。そして今日、とうとうついなの体が睡眠負債による負荷に耐えられなくなったのである。
「ゆきセンパイ、出来たよ」
マグカップを乗せたトレイを片手にドアを開けて入って来たのは、湧水のような瞳を持つ小柄な黒髪の少年だった。彼はゆきやついなの後輩で、平安時代最強の陰陽師・安倍晴明の子孫たる少年陰陽師…安倍広葉。陰陽師として修行中だけあり薬学に些かの知識がある。
「ありがとう、広葉くん」
「…それは何や?広葉」
「副交感神経を優位に保ち、体を暖める薬草を煎じた薬湯だよ。さぁ、ついなセンパイ。これ飲んでゆっくり寝て。熱いから良く冷まして飲んでね」
広葉が作っていたのは、睡眠促進の作用がある様々な薬草を煎じた薬湯(現代風に言えばハーブティー)だった。
ゆきの助けを借りてついながベッドから身を起こし、広葉からマグカップを受け取る。ついなはマグカップのぬくもりを味わうかのように虚ろな目で黙ってマグカップを両手で抱えていたが、やがてマグカップの中身をゆっくりと飲み始めた。
「…おいしい」
ついながマグカップの中身をゆっくり飲む間、ゆきは縺れたついなの真珠色の髪を手櫛で丁寧に整える。暫くされるがままゆきに頭を撫でられていたついなだったが、ふと、その視線が部屋の一角に注がれる。
其処には、緑色の豊かな髪をシニヨンにし、余った髪を後ろに流した和装の少女がちんまりと椅子に腰を降ろしていた。
「…鈴乃ん、街の様子はどないや?」
「はいです」
和装の少女…善き幽世の存在、神木【すずの木】の精霊・鈴乃が立ち上がった。
しゃーん
何処からか神楽鈴を取り出した鈴乃は、強くそれを一振りした。波一つ無い水面に小石を落としたように霊気の波紋が鈴乃を中心に広がって行き、直ぐに静かになった。
「此処いらに邪まな気配は無いのです」
「良かった」
「すげぇ!そんな事出来ちゃうんだ!」
鈴乃が笑顔で応え、ついなは安堵し、広葉は目を丸くした。
「ん?」
鈴乃の頭に疑問符が浮かぶ。
「邪まな気配じゃ無いけれど、おかしな気配を感じるですよ」
「どんな?」
ゆきの問いかけに応える代わりに、鈴乃は人間がオートバイに跨るような姿勢を取った。
「凄い音がするですよ。…ブーンブブブンブブブン、ブーンブブブンブブブン」
「もしかして、暴走族の事を言ってる?」
広葉が鈴乃のジェスチャーに指差すと、鈴乃が発していたオートバイのエンジン音と思しき擬音が、いつの間にか小気味良いメロディに変わった。
「♪てててててん てんててー ててててん
♪てててててん てんててー ててててん」
広葉がそれを聞いてジト目になる。
「それ、明らかに『永○園の麻婆春雨♪』って唄ってるよね?」
「違ーう!そんな単純な事言ってないです!」
「じゃあ、何て言ってるの?」
ゆきの問いかけに鈴乃が即答する。
「広東風かに玉♪って言ってるのです」
「大差ないじゃない!ってかどっちもおいしそうなネタだね!?」
ついなは、ベッドの中で3人のやり取りを何処か微笑ましく聞いていた。
そんなついなが横たわるベッドに、鈴乃が嬉しそうに寝そべった。
「鈴乃ちゃん!ついなちゃんの上に寝転がっちゃダメじゃない!」
慌てるゆきをついなが制する。
「良ぇよ良ぇよ、ちぃとばかし布団が厚いだけや」
鈴乃はニコニコしながらついなの寝床の上で足をバタバタさせていたが、再び神楽鈴を取り出した。
「広葉ちゃん特製薬湯の後は、私の出番です」
「誰が【こうようちゃん】だよ!ヒロハだよ!ヒロハニホヘトのヒロハだよ!」
「何か語呂が良いなぁ…」
鈴乃は、むくれる広葉と呆れるゆきに構わず、ついなの耳元で優しく神楽鈴を鳴らした。
しゃーん
しゃーん
しゃーん
ついなは神楽鈴の優しい音色を聞くと、幾許もしない内にとろんと半開きになっていた瞼をぴたっと閉じた。
その数分後、ついなは眠りにつく。
すぅすぅとかすかな寝息が聞こえた。
「やれやれ」
広葉が額の汗を拭う。
「ついなセンパイ、ひとりで何でも抱え込み過ぎなんだよな」
「責任感が強いのですわ。でも、強過ぎるのも些か考えものね」
「夜廻り位なら私が代わっても良かったのです」
ゆきと鈴乃が答える。
広葉、ゆき、鈴乃は、今はすやすやと穏やかな顔で眠るついなを見てしみじみと呟いた。
「ついなセンパイが安心出来るよう、俺達もしっかりしなきゃね」
「頑張りましょう」
「異論は無いのです」
*****************と
過日、ワタクシが書いたついなちゃん二次創作【Good Sleep】を動画クリエイターのpikoさんが動画にしてくださいました。ありがとうございます。
その、pikoさん版【Good Sleep】を元に、拙作に加筆修正を試みたのがこちらの作品です。ただ動画を文字起こしするだけでは無く、風花ゆきさんのcv担当・しほんさんと、鈴乃さんcv担当・古俣麻弥さんのご意見(?)も反映させて見ました。お話にボリュームが出たなら目論見成功ですが、如何でしょうか…?
因みにpikoさん版【Good Sleep】の最後のオチは、流石に拙作に取り入れるのは自重しました(微苦笑)。