まだワタクシが東京都・文京区に住んでいた頃、文京区の隣の台東区・上野御徒町に蛇料理専門の店があった。漢方薬屋も兼ねていたかと記憶している。立地は確か御徒町駅からそんなに遠くは無い場所だったと思う。今もあるのだろうか。
大抵の人が対面すると「おわっ」となる蛇だが、実は食材としての歴史はかなり長い。ただ、どちらかと言うと常食よりは【薬喰い】の側面の方がかなり強い。マムシの黒焼きの滋養強壮効果は頓に有名であろう。また、沖縄の毒蛇・ハブを一匹丸ごと泡盛に漬けた【ハブ酒】の薬効も知られたところだ。
一般に蛇の肉は鶏肉に近い風味と言われている。ただ、種類によって若干肉質が異なるようだ。ディスカバリーチャンネルで冒険家のベア・グリルス氏が複数種類の蛇の肉を食べた上で味の感想を述べている動画を視聴する機会があった。それに依ると、パフアダーと言うアフリカの毒蛇は肉に甘味があり非常に美味である一方、アメリカのガラガラヘビの肉は脛肉のような食感があり、鶏肉の味には似ていないそうである。
因みに蛇には「提灯骨」の俗称があり、頭を除くほぼ全身に肋骨があるので非常に包丁を入れ難い(しかも魚の小骨のようなヤワな骨ではなく、かなり硬い骨なのでハモのように骨ごと切り込んで下ろせない)。
故に蛇料理は調理に恐ろしく手間がかかる為、店で出される際は量と相反して非常に高価なモノが多い。2000年代初頭、興味本位で調べた平均的な蛇料理の値段は(当時の相場で)シマヘビ料理のフルコースがひとり前5000~7000円程度だったと記憶している。恐らく今はもっと相場が高くなっているのでは無かろうか。
そんな蛇料理を巡る与太話のひとつに【蛇飯】と言うのがある。
幾日か絶食させた(体内の老廃物を除去させる為)蛇を生きたまま丸ごと一匹、洗米と共に飯盒の中に入れて直火で炊き込むと言うモノで、ご飯が炊き上がったら蛇の骨を取り外し(この折、蒸れた蛇の頭を掴んで引っ張ると頭についた骨がスルスルと抜け、身だけが飯と共に残ると言われている)、蒸しあがった蛇の肉をほぐしてご飯と混ぜて出来上がり…と言うのが【蛇飯】の作り方だそうだが、どうも話がウマ過ぎる気がする。
小泉武夫先生も著書【奇食珍食】で「提灯骨の蛇を加熱して、頭を引っ張って骨だけ外すのは不可能に近く、恐らくは全くの作り話だろう」と仰られている。
ただ、この蛇飯の作り方に似ている料理が、江戸時代のレシピ本【名飯部類】に記載されている。【鰯飯】と言うのがそれで、作り方は前述の蛇飯の蛇がそっくりイワシに置き換わったと考えて頂ければ先ず間違いない。蛇飯の元ネタも案外この鰯飯にあるのかも知れない(そう言えば芥川龍之介先生の短編【羅生門】では、死人の髪を抜く老婆が仕えていた貴人の女が蛇のぶつ切りを魚の切り身と偽って商いしていたと言う描写があるのを思い出した)。
因みに蛇料理の本場と言えば恐らく中国に軍配が挙がるだろう。コース料理等の本格的な中国料理で、料理名に『龍』とあるモノは大抵蛇料理だそうだ(例外も存在するが)。
中国の蛇料理には菊の花を飾りとして添えるのが伝統である。何でも中国の暦で換算すると、蛇の旬が菊の開花時期と重なるからだそうだ。
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