
【小説】三途の川【ついなちゃん二次創作】
遥か地の底。俗に【地獄】と呼ばれる場所。
その地獄と現世の境に、流れが早く幅が広い大きな川が滔々と流れる。両岸には大小様々な丸石がゴロゴロ転がっている。周囲には霧が立ち込め、空は鈍色の雲に厚く閉ざされ夜のように暗い。
そんな荒涼とした川原で、小さな子供達が石を積んで塔を作っている。
どの子供も幼く、頑是無い小さな童だ。
ひとつ積んでは父の為
ふたつ積んでは母の為
寂しげな細い声で子供達は唄うように呟きながら、黙々と石を積む。
がしゃあああん!
突然石塔のひとつが乱暴に突き崩された。
子供達の顔に恐怖の表情が浮かぶ。
突き崩された石塔の前に仁王立ちしていたのは、頭にツノを生やし獣の革で作った褌を締めた屈強で醜い巨漢だった。肌の色が赤かったり青かったり、とにかくヒトならざる色をしている。全身に針金のような毛を生やし、牙がいやに長い。
地獄の獄卒を務める端鬼である。
「これや、ガキども!何をボサッとしている!早く塔を作らぬか!」
端鬼は怒鳴り散らしながら、その指図とは裏腹に出来たばかりの石塔を金棒で次々と突き崩し、叩き壊し始めた。子供達は恐怖のあまり身動きも為らず、怯えて泣くばかりだ。
「何を泣いている!さっさと石塔を作るのだ!」
「お前達は親より先に死んだ罰でこの賽の河原に送られたのだ!さあ、石を積め!親不孝を悔いろ!」
端鬼は口々に喚きながら、金棒を振り回し当たるを幸いと片端から石塔を破壊し始めた。子供達が怯え、端鬼達から逃れようとした、その時。
「その辺で勘弁してやったらどうだ」
若くはない男の声に端鬼達は振り返る。
見ると、速い流れの川の上を下駄履きで力強く歩くひとりの男の姿が見えた。白髪混じりのざんばら髪に琥珀色の瞳をした、涼しい顔つきの壮年男性で、白木の鞘に収められた刀を腰に差し、灰色の着物と袴を身に着けている。
端鬼が驚いたのは、速い流れの川をものともせず、スタスタ歩くその力強い足取りだった。この川は流れや深さ浅さの仔細を知らなければ、鬼でさえそう易々と歩ける川では無い。端鬼達は目を丸くした。
「これはこれは!鬼一法眼様!こんな辺鄙な場所に良くぞお越しで!」
端鬼の群れを掻き分けて前に進み出たのは、牛の顔を持つ黒い鬼と、馬の顔を持つ白い鬼だった。他の端鬼達よりも更に身体が大きい。鬼一法眼と呼ばれた男は、すかさず平伏し身を縮める二体の鬼をじっと見下ろした。
「牛頭に馬頭か。久しいな」
黒い鬼…牛頭と、白い鬼…馬頭は、額が川原の石を削るかと言う勢いで平伏し、それから後ろの端鬼達を振り返り、泡を吹く勢いで怒鳴った。
「お前ら!頭が高いぞ!このお方は閻魔大王様の覚えも高き、天界一の剣豪にして鞍馬山の守護神・鬼一法眼様だ!控えよ!」
牛頭と馬頭の叫びに、今更のように端鬼達が慌てて平伏する。その姿を見て少しだけ含み笑いをしてから、鬼一法眼は牛頭と馬頭に問いかけた。
「とあるヒトの子の魂を探している。生まれは相模国は厚柿、享年五歳、童女だ。死因は妖怪に喰われての事。確か名は…おきく」
「確かに相模国のおきくは此処賽の河原に来ております。然し、如何用で…?」
「四の五の言うよりこれを見た方が早かろう」
鬼一法眼が手を上げると、その逞しい、剣胼胝が出来た指に一羽の鳩が止まった。雪のように白い鳩だ。
「それは…!」
「罪を赦され輪廻の輪に戻る魂を迎えると言う【さらめいやの鳩】…!」
牛頭と馬頭がひっくり返った。端鬼の一体が、子供達の中からひとりの童女を連れてきた。おかっぱ頭で目が大きい、かわいらしい童女だ。
「おじちゃん だれ?」
童女…おきくはおずおずと鬼一法眼を見上げた。鬼一法眼は穏やかに微笑むと、その手を優しくおきくの頭の上に置いた。
「迎えに参った。そなたの後生が決まったによって、私がそなたを連れにこの三途の川まで来た」
「ごしょう?」
「有り体に言えば生まれ変わる先の世界の事だ。他は…後々話そう」
そこまで語ってから鬼一法眼は、おきくの小さな身体を抱きかかえた。まるで翁とその孫のようだ、と牛頭・馬頭は思った。
おきくを抱きかかえてから、鬼一法眼は再び鬼達に向き直る。
「後々、地蔵王菩薩様がお見えになる。残りの童達は地蔵王菩薩様がお連れになるそうだ。…職務とは言えあまり頑是無い童をなぶるものでは無いぞ。既に知っていようが、私の子孫で新たに神格となった者が居る。この娘が、悪鬼羅刹から抉った生き肝の炙りに目が無くてな」
「ひぇえっ」
端鬼達が一斉に怯える。子供達は、鬼が恐怖する姿を初めて見たので一様に驚いたようだった。
「以後、決して閻魔大王様の威を借り濫りに亡者をなぶったりは致しませぬ。どうぞお赦しを」
「うむ」
鬼一法眼は満足そうに頷くと、元来た道を引き返し、激しい川の流れをものともせずスタスタ歩き始めた。その眼前を白い鳩が道案内するかの如く飛ぶ。
おきくは、鬼一法眼の腕の中で、吹く風が暖かくなり、空の色が鈍色から青に変わっていくのを、ぼんやりと眺めていた。