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ハイエナとコウモリ

前回の記事で、日本のサブカルの一翼を担う存在として【両性具有】(アンドロギュノス)が持て囃されている(?)旨を記した。

人間の体を取る両性具有者がどのように民草に扱われていたかは前回の記事をお読みいただくとして、本記事では先ず、今ほど動物の解剖学が進んで居なかった時代に民草の間で「両性具有である」とされた動物…ハイエナ(ブチハイエナ)について少し触れてみたい。

ブチハイエナはアフリカの平原に棲息する群集性の肉食動物で、1頭の優位メスがリーダーを務める大きな群れでスイギュウやシマウマを狩る凄腕のハンターである。嘗てはライオンの狩った獲物を横取りし、屍肉を漁るスカベンジャー(腐肉食者)だと考えられて居たが、近年になりこの巷説は少なくとも一部の観察例においては誤りであり、寧ろブチハイエナが捕らえた獲物をライオンが奪っているケースが大半を占める事が明らかになっている。
ブチハイエナに関してはその群れの構造やハンターとしての潜在能力、そして民間伝承で半ば幻獣のような扱いを受けていた歴史等、語り出せばキリが無い程逸話に事欠かないのだが、それについては一先ず置く。

ブチハイエナが両性具有の動物だと思われていた最大の理由は、メスの外陰部が非常に特殊な形状をしている為である。産道とその周囲の皮膚が非常に長く発達し、オスの陽根にそっくりな形状をしているのだ。更にこの産道のつけ根の辺りには中に脂肪が詰まった球状の臭腺が一対備わっており、これが外見上オスの睾丸にしか見えないのである。
何故ブチハイエナのメスが斯様に奇妙な外陰部を持つのかは、過剰な雄性ホルモンの分泌が影響しているらしい。そしてこの形質を会得した経緯については、【オスによる強制的な交尾を困難にさせる】【メスが雄性ホルモンにより強くなる事で"より強い母"になる】等幾つかの仮説があるものの、ハッキリした理由が良く判っていない(因みにこれ程までに特殊化した外陰部を有するが故か、ブチハイエナは哺乳類の中でも上位に喰い込む程の難産であり、稀にではあるが母子共に死に至る事があると言う)。

ハイエナが(少なくとも古代に置いて)両性具有の隠喩メタファーであるならば、ワタクシもその一介であるアセクシュアルの隠喩は何だろう…と思いを馳せ、ハタと膝を叩いた。アセクシュアルの隠喩には、コウモリが相応しいのでは無いか。理由を以下に記す。

過日目にした、とある性的マイノリティに関する記事に、以下の旨の一文があった。

「海外ではアセクシュアルは、マジョリティからの差別・迫害は勿論、他の性的マイノリティからも同様に差別・迫害を受ける傾向がある」


これは、ワタクシには最初は意外な一文だった。少なくともワタクシはこれまでの人生で、アセクシュアルだからと言って他の性的マイノリティの方に露骨に嫌がられた事が殆ど無かったからだ。いや、単にワタクシが気がついていなかっただけかも知れないが…。
但し、自身がアセクシュアルである旨をとあるコミュニティでカムアウトしたら、マジョリティから差別の対象にされる懸念から秘密にするよう言われたり「気持ち悪い、理解出来ない」と眉を顰められた事なら少なからずある。

性愛・恋愛の別を問わず【愛】と言う感情に乏しいワタクシのような人間は、マジョリティは勿論LGBTと言った大多数の性的マイノリティからも理解が得られにくい…と言う事なのか。
そう言えば巷では【恋愛至上主義】なる概念が幅を利かせているそうである。一部の人間が声高に叫ぶ「結婚は人生のゴール」なんて主張はその最たるものかも知れない。

そんな事をつらつらと思い出していたら、ふと脳裏によぎった物語があった。イソップ寓話の有名な一編だ。

昔、鳥の軍勢と獣の軍勢が大規模な戦争をした。
その際コウモリは、獣の軍勢が好転すると自分は乳で子を育てるから獣の仲間だと言って阿り、鳥の軍勢が好転すると自分は翼があるから鳥の仲間だと言って阿った。
やがて戦争は集結し、鳥と獣は和解したが、この時のコウモリのどちらつかずの態度は両軍勢が遍く知るところとなった。当然両軍勢の鳥獣は怒り、遂にはコウモリを鳥の軍勢からも獣の軍勢からも追放してしまった。
だからコウモリは、他の鳥獣が活動していない夕間暮れに、こそこそと飛ぶ惨めな暮らしをせざるを得なくなった…。

もしかしたら、大多数のマジョリティやLGBTと言った他の性的マイノリティの目には、ワタクシを含む【愛】を知らないアセクシュアルの人々がイソップ寓話のコウモリのように見えるのかも知れない。
以上が、ワタクシがアセクシュアルの隠喩にコウモリを選んだ理由だ。

…ただ、決定的に違う事がひとつある。
イソップ寓話のコウモリは、狡猾な考えから故意にどっちつかずの態度をとった末に逐われる身になった。
対して、アセクシュアルたる人々(勿論ワタクシも含まれる)は取り立ててマジョリティまたは他の性的マイノリティに肩入れするで無く、譲れない事情があって現在の性自認に至ったにも関わらず、マジョリティからも他の性的マイノリティからも嫌悪の対象にされているかも知れない…と言う事である。

日本でアセクシュアルの概念がもっと浸透する日が来たら、矢張りワタクシは海外のアセクシュアルのように迫害の対象にされるのだろうか。

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