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【蝦夷幽世問わず語り】大蛸

蛸(タコ)はアイヌ語でアトゥイイナウ(海の木幣)もしくはラードシカムイ(尾を沢山持つ精霊)と言う。西洋では【Devilfish】(悪魔の魚)と呼んで蛸を魔物扱いし、本州以南にも【衣蛸】【七本足】と呼ばれる蛸の怪異が伝わる。そして北海道にも、矢張り蛸の怪異が伝えられている。面白いのは蛸の怪異がアイヌの人々だけでは無く、江戸時代に道南に入植した和人の間でも囁かれていた事であろうか。

〈容姿〉
著しく巨大な事以外は蛸そのものである。

〈性質〉
伝承により様々で、交渉の余地が存在しない凶暴な怪物から、人語を介しヒトと対話が可能な個体まで多岐に渡る。

〈備考〉
アイヌ伝承より…現在の石狩平野は、嘗て海に近い土地だった。この地域では大蛸ラードシカムイと、巨鳥フリュー(【蝦夷妖怪問わず語り】フリューの項目も参照の事)が縄張りを巡ってしばしば激しく争っていたが、遂に勝負はつかなかった。その闘いの際にフリューが尾羽根(イシ)を振り立て(カリ)て頑張った事から、後にそれが地名になった。
和人の伝承より…桧山地方の江差の町に正覚院と言う寺があり、ある時檀家の者が集まってこの寺に釣鐘を寄進する事になった。京都の鋳物師に発注を掛け一年がかりで作られた釣鐘を船に乗せて寺まで向かう道中、突然怪しい者が現れて釣鐘を掠め取ってしまった。そこで正覚院の住職(別伝では江差で尊敬を集めていた神主とも)が海に船を出して祈祷をあげると、海の中から巨大な蛸が釣鐘を頭に被った姿で出現し「私は江差沖にある鴎島の主だが、近頃海の中に敵が増え、頭の隠し場所に困っていたので兜の代わりに頂戴した」と答えた。住職はこの釣鐘をそのまま大蛸に与えると同時に、檀家総代には改めて釣鐘を作らせる事にしようと呼びかけた。この時以来、江差の海では大蛸の加護のお陰か、しばしば大漁が続くようになった。


参考資料
北海道のむかし話(北海道むかし話研究会著、株式会社日本標準)
アイヌの伝説(更科源蔵著、株式会社風光社)

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