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訳文検討:文意の理解と日本語のブラッシュアップ(2)

こんにちは、川津です。
前回の投稿の続編です。「落とし穴のある英文」の文意が正確に理解できたところで、日本語を見直すときのコツをいくつかご紹介します。

前回の投稿はこちら。

例文を再掲します。ある企業が、自社WebサイトでCSRへの取り組みをアピールしているとお考えください。

We always try to make CSR and financial benefits align, helping our stakeholders do more in less time and following our mission statement.

そしてこちらは、当社で作成した「うーん」な例。前回見られた修飾関係の把握ミスは修正してあります。

当社では、ステークホルダーの皆様が短時間で多くのことを実現できるようサポートし、当社のミッションステートメントを遵守しながら、いつもCSRと財務的な利益を調整しつつ事業を行っています。

日本語の落とし穴

このnoteを開いた方ならきっとご存知のとおり、英語の文法構造は、日本語のものとは大きく異なります。
したがって「英文の構造どおり正確に」訳そうとすると、形容詞マシマシの頭でっかちな名詞句ができたり、5W1Hの関係性がどうにも分かりづらい訳文ができたりします。「文頭から順番に情報を読み取っていくだけで完全に理解」することが難しくなるのです。

もちろん、翻訳業務は時間との戦いですから、ここまで気を遣っていられない場合も多々あります。しかし、ここ一番!という場合や、きわめて自然な日本語を求められる案件などでは、自分の訳文を眺めて「もっとなんとかしたいな……」と思案することもあるわけです。

対策は色々ありますが、ここでは一旦「文頭から一回だけ読む」を文字通りに実践しながら、この訳文のひっかかりポイントを挙げてみましょう。
その後、各ポイントの修正方法をご提案します。出来上がる訳文の品質にも注目です。果たして、どのくらい良くなるのか。

引っかかりポイント1:
「当社では、ステークホルダーの皆様が短時間で」

ここまでで読み手の目には、「ステークホルダーの皆様」が文全体の主体として映ってしまっているはずです。
文の本当の主体、つまり原文のWeは「当社」でしたね。しかしこの書き出しだと、初見ではそう読み取れません。なぜなら「当社では」は場所条件の提示に過ぎないからです。
その結果、「当社では、誰かが何かをしていて…」という構造が想起されます。この「誰か」の場所に「ステークホルダーの皆様」がたまたま配置されているために、文の主体として誤って読み取られてしまう。正しい読解を阻む、1つの落とし穴だと言えるでしょう。

引っかかりポイント2:
「当社では、ステークホルダーの皆様が短時間で多くのことを実現できるようサポートし、当社のミッションステートメントを遵守しながら、」

主体が「ステークホルダーの皆様」かなと思ったまま読む場合、ここまで来て初めて違和感を覚えることになります。ステークホルダーの皆様に「当社」の社訓を守らせる必要はないじゃないか。このようにアレッと思って文頭に目を戻したとき、読み手は初めて、この文の主体が「当社」だったのかもと気づきます。気づかせるタイミングとしてはちょっと遅いですよね。

引っかかりポイント3:
「いつもCSRと財務的な利益を調整しつつ事業を行っています。」

なるほど主体は「当社」か!と理解してからも、ここを読んで若干理解に苦しみます。前回の記事でも問題になった「調整」という言葉が曖昧すぎるのです。よくよく考えれば、「たぶんCSRを追うと利益が少なくなるから…」などと因果関係が推測できますが、できれば読者にそのような思考をさせずに済ませたいものです。

修正の一例

試しに、これらの引っかかりポイントを解消していきましょう。人は文を読むとき、先の展開を予想しながら読みますから、その予想をこちらから誘導すれば、文の読みやすさは上がっていきます。

引っかかりポイント1(修正):
「当社では、ステークホルダーの皆様が短時間で」
 →「当社は、ステークホルダーの皆様が短時間で」

「では」でも文法的には間違いではありません。ですが、「は」を使うことで、「ステークホルダーの皆様」が複文の主語、つまり入れ子になった文の主語であることを手早く示せます。文頭を「では」で済まさず、素直に主語として扱ってみることも検討してみてください。

引っかかりポイント2(修正):
「当社は、ステークホルダーの皆様が短時間で多くのことを実現できるようサポートし、当社のミッションステートメントを遵守しながら、」
 →「当社は、ステークホルダーの皆様が短時間で多くのことを実現できるようサポートしながらミッションステートメントを遵守し、」

文の主体について、迷いはなくなりました。しかし、今度は文構造の誤読が引き起こされかねません。原文では「helping...」と「following...」が並列されたうえで、これらがまとめて主節にかかっています。ですから、訳文でも「サポート&遵守」しながら事業を遂行する、という構造にしたいのですが、元の訳文ではこの包括関係を明確に示せていません。
そこで、「ながら」の位置を変えてみました。これで包括関係が分かりやすくなったうえ、「当社の」も省けるようになります。「ながら」の連続は避けたいので、最後は一旦「し」にしてみましょう。
実際の翻訳業務、特にこのようなテクニカルでないタイプの案件では、読みやすさを優先して並列構造が曖昧になることも少なくありません。だからこれはとても細かい修正です。しかし、意識だけはしておきたいものです。

引っかかりポイント3(修正):
「いつもCSRと財務的な利益を調整しつつ事業を行っています。」
 →「いつもCSRと財務的な利益を両立させながら事業を行っています。」

同じ訳語や似た訳語を思いついた方はきっと沢山いらっしゃるかと思います。やはり「調整」よりは「両立」がしっくりきますね。本来ならば並び立たないものを同時に存在させるというニュアンスが明確になり、文全体がポジティブになります。会社のアピールとしても十分自然になりました。

訳文完成……?

出来上がった訳文を確認してみましょう。

当社は、ステークホルダーの皆様が短時間で多くのことを実現できるようサポートしながら当社のミッションステートメントを遵守し、いつもCSRと財務的な利益を両立させながら事業を行っています。
(We always try to make CSR and financial benefits align, helping our stakeholders do more in less time and following our mission statement.)

ん?
とりあえず、付帯状況である「サポート&遵守」の並列関係は明確になりました。
しかし、今度は付帯状況(サブの情報)の部分が主節(メインの情報)と同じくらい長くなってしまったため、主節&付帯状況というよりは、単純な並列のようにも見えるようになってしまいました。

前後の文脈があれば、主節を正しく読み取れる可能性はあります。ですが、ここではもう一歩踏み込んで、前後の文脈なしでも一発で主節&付帯状況がわかるようにしてみましょう。
記事が長くなったので、解答は次回に記載いたします。もし、たっぷりと作業時間があって、しかもきわめて読みやすい日本語を求められていたとしたら、皆様ならどのように処理されるでしょうか。

続編はこちらからどうぞ。



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