お知らせ
本来なら昨日中に朝の記事とこの記事を公開する予定でしたが、昨日は疲れて何もできなかったため、どちらも今日の公開になってしまいました。私、いったい何をやってるんだい。
さて、「漏電パレヰド。」の掲載を終了しました。理由はいたってシンプルで、この作品を公開しようと思った最大の理由を果たせたからです。御供養が終わった。それだけです。
元々この作品は、私が20歳の頃に書いたものでした。元々は当時所属していた大学の演劇部の本公演のために書いていたのですが、色々な事情で本公演では上演しないことにしました。
色々な事情、と言ってもその当時はお芝居に夢中で勉強などしたくなかった私と、資格試験の勉強に集中させたい家族との折り合いがつかず、半年以上にわたって演劇から遠ざかっていただけなのですが。
次に上演のチャンスが回ってきたのは22歳の時の学祭でした。私の母校の演劇部では学祭で6作品の短編劇を行っており、特に去年は脚本を出す人数が少なかったために上演作品数を5作品に減らしたのです。
チャンスは此処しかない、と思っていた私の予想は見事に裏目に出ました。去年と同じ本数を上演する予定ながら、脚本を出す人数は今までより多く、7人いたのです。私が入部してから初めての経験でした。
しかも、5本のうち1本は幕間劇で、毎年代表陣の部員が書くことになっていました。という訳で実質、6本中4本に入る必要があったのです。急遽、脚本選考を行うことになりました。
有効総数150票に対し、「漏電〜」の原作に入ったのはわずか2票。その日はショックで大学に行けませんでした(行きなよ)。あの学祭以降、しばらく「漏電」のことは忘れていました。
そのまま私は演劇から「廃業(卒業ではない)」し、当時の仲間とは疎遠になっていました。少しずつ、演劇に対する未練もなくなっていき、演劇に触れることもなくなった今の生活を当たり前のように感じていました。
2年前、ふと「漏電」のことを思い出したのです。その当時は「さよならモラトリアム」の移行作業があったので、それが終わり次第、少しずつ「漏電」もnoteに掲載していきました。
掲載からさらに1年以上が経過しました。この夏はちょうど、色んなきっかけがあって、大学時代のことを思い出さずにはいられない、ということがたくさんありました。
そんな気持ちの変化をきっかけにこの作品を読み返して、あの当時書いていたものがいかにつまらなかったか、あの頃の私がいかに思い上がった人間だったのかを改めて実感致しました。
こういうと随分酷いですが、この作品をnoteに載せることで、自分ともう一度向き合う機会を得たんじゃないかな。自分を過大評価してしまう癖が多少は抜けていれば良いな、と思っております。
最後になりましたが、この1年半ほどで、あのような駄文に目を通して頂いた皆様におかれましては、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。つづく。