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私を温めるのは、缶コーヒーじゃなく、君との恋。



史緒里:ふぅ....寒ぃ...


手を重ねて空洞を作って、息を吹き込む。一瞬だけ温かくなって、すぐに冷たくなる。

夏だと絶対にやらない行為だから、何となく特別な行為のように思えた。


シャーーッ


後ろから、自転車の走行音が聞こえる。

学校からの帰り道。もう年の瀬だから17時には暗くなる。今は18時を過ぎているから当然なんだけど。


〇〇:よ。

史緒里:ん。〇〇も残って勉強?

〇〇:いや、俺は推薦で決まってっから。

史緒里:......? じゃあ何でこの時間に帰りなの?

〇〇:あー....まぁ...読書..とか?

史緒里:読者とかするタイプじゃないじゃん笑

〇〇:本ぐらい読む.....まぁ..偶々だよ。この時間までいたのは。

史緒里:....ふーん。


彼は自転車から降りて、私の隣を歩く。


〇〇:あれ?....手袋してなくね?

史緒里:え?あぁ..朝家に忘れてきちゃって笑

〇〇:ドジ。

史緒里:うっさい。


私は悪態をついた後、もう一度、手の空洞に息を吹きかける。


〇〇:......さみぃの?

史緒里:まぁね。 いつも着けてるから余計寒く感じちゃって。

〇〇:...ふーん。

史緒里:〇〇も気遣わなくていいから、早く帰りなよ。寒そうだよ?


自転車を押して歩く彼の手は、赤く悴んでいるように見える。


〇〇:....別に気遣ってねぇし...ま、また明日な。

史緒里:うん。明日も寝坊しないように。

〇〇:誰が言ってんだよ笑 ...じゃあな。

史緒里:うん。じゃあね。


そう言って、彼は自転車に跨り、曲がり角を曲がっていった。


高校に入ってから、彼とは三年間一緒のクラスだった。

一年生の時は、隣の席。特段イケメン...という訳でもないし、あまり話すタイプでもない。彼も私自身も。

まぁ...特に気に留めていなかった。



でもある日、彼が突然聞いてきた。


〇〇:....コーヒー好きなの?

史緒里:え?

〇〇:いや....だからコーヒー好きなの?


私は自分が食べていたコーヒーゼリーを見て、答えた。


史緒里:コーヒーゼリー好きだけど....まぁ、コーヒーも好き。

〇〇:...へー。


そう言って、彼はまだ余りある昼休憩の時間を、机に突っ伏して寝るという行為に使った。


こんな些細なきっかけからだけど、私と彼はちょくちょく話すようになっていった。


高校2年生にもなれば、大体全員がどんな人か分かってくる。

彼はいつも寝癖を付けてくるし、授業中寝てるし....でもクラスの中ではいじられキャラ。

スポーツは得意な様で、部活の大会でも優秀な成績を納めていた。大学もそれで行くらしい。


まぁ....そうなれば、当然モテ始める。どうやら全て断っていたらしい。



彼とは波長が合う。そんな感じ。

いつも私が帰る時、後ろから自転車の音がすれば、彼がいた。

高校生らしくときめいたり...みたいな感覚はなかったし....まぁ..好きという感情もわからない。彼に対する謎の感情だけが残る。

でも...卒業してしまえば、この謎の感情も終わってしまうんだと思ったら..少し寂しかったり。

そんな事を思いながら、先程まで彼がいた道を、一人で帰っていた。



シャーーッ



史緒里:ん?

〇〇:っはぁはぁ...

史緒里:〇〇?何してんの?笑


少し前に帰った筈の彼が、再び私の後ろから現れた。


〇〇:あぅ...こ、これ....何か2本出てきたからやる!

史緒里:えっ?...あつつっ...


彼が手渡してきたのは、一本の缶コーヒー。


〇〇:じゃあまた!

史緒里:あっ...ちょっ...


彼は逃げるようにして、自転車に跨り帰っていった。


史緒里:.....2本出てきたって...あんた、そもそもコーヒー飲まないじゃん笑


彼がくれた缶コーヒーを、両手で包む。


史緒里:....温かいボソッ

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翌日


教師:よーし。じゃあ授業始めるぞー。


ガラガラッ


〇〇:すんません!寝坊しました!

教師:.....お前...推薦取り消すぞ。

〇〇:それだけは勘弁してください!


クラスの中で、クスクスと笑い声が起こる。


教師:おら、早く座れ。

〇〇:...すんませんっしたぁ...


彼は申し訳なさそうに席に着いた。

〜〜

〜〜

△△:また〇〇遅刻して来たね笑

史緒里:毎度の事だよ。...夜遅くまでなにしてんだか。


前の席の友達が授業と授業の合間に話しかけてくる。


△△:とか言ってぇ。史緒里と通話してて夜更かしした...とかじゃないのぉ?

史緒里:私?なんで?笑

△△:噂になってるよ。〇〇と史緒里は付き合ってるんじゃないかって。

史緒里:へ?い、いつから?

△△:高2くらいじゃない? 私は付き合ってないの知ってるけど、別に否定してない笑

史緒里:なんでよ!笑 否定しなさい。

△△:お似合いだと思ってるし。....ここだけの話だけど...史緒里、いつも〇〇と一緒に帰ってるでしょ。

史緒里:帰ってるっていうか、〇〇が後ろから来るの。

△△:私、〇〇と同じ中学だけどさ....〇〇の家と史緒里の家、全然違う方向だからね。

史緒里:え?

△△:....そういうこと。もう卒業なんだから。

△△:史緒里も〇〇もどっちも不器用なんだから、助言だと思って?どうするかは、史緒里が決めるの。


ガラガラッ


教師が教室に入って来た為、友達は前を向いた。


私は目を彼の座る席に向ける。


〇〇:.......zzz


彼は机に突っ伏して寝ていた。立派な寝癖をつけながら。

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俺は、久保史緒里の事が好きだ。


一目惚れだった。初めて恋をした。高校に入学して、最初の席。俺の隣には女神がいた。


何週間か経って、ようやく話しかける決心がつく。

今でも覚えてる。


「コーヒー好きなの?」


気持ち悪い。なんだその一声は。もっと....なんかこう...あるだろ、カッコいいのが。


でも、そこから話せる様になった。意外とズボラだし、ちょいちょい寝坊してくるし....俺が最初に思った女神という印象からは離れていったけど


好きだった。


だから、一緒に帰りたかった。最初は嫌がるかなと思ったけど、勇気を出した。

勇気を出したと言っても、偶然を装っていつも後ろから自転車で追いかけるだけ。

家が反対方向だとバレたら、キモいって思われるかなって毎日ビクビクしていた。


そんな日々が続いて、もう....卒業が近い。


何してたんだ、俺。好きって言えよ。

史緒里のことが好きですって。


まぁ...言えたら苦労しないか。練習してみるか?


〇〇:......しおっ・・


パシッ!


〇〇:あだっ!

教師:何寝とるんだお前は。


クスクスと笑い声が聞こえる。....授業中か..今。史緒里の夢を見てた。


教師:しお? お前は夢の中でも飯食ってるのか。

〇〇:...すんません。


恥ずかしくなって、史緒里の方をチラッと見た。


史緒里は何故か、顔を覆い隠していた。

〜〜

〜〜

昼休み、水筒を忘れて来たから、自販機に行って飲み物を買う。


史緒里:どれにしようかな....あっ....


缶コーヒーが目に止まる。 昨日の事が脳裏によぎった。


史緒里:.......///


友達があんな事を言うから....意識しちゃってるじゃないか。


史緒里:.....あいつ...授業中に、しおっ!...って...。私の名前呼んだかと思ったじゃんか...//


こんな些細な事でも、全部"恋"に結びついてしまう。

でも、彼に対する気持ちは変わらない。


.....もしかしたら、元々恋してたんだろうか。


史緒里:....ふんっ//


なんか癪だったから、水を買った。

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放課後


珍しく、雪が降っていた。勉強をしてから帰る。

志望校は余裕があるところにしたけど、やっぱりちょっと不安だから。


史緒里:そろそろ帰ろっ。


何となく、彼の席を見てから、席を立った。

〜〜

史緒里:..............


帰り道、さっき見た問題も、復習した公式も、全部脳は、彼に覆い尽くされてしまった。


シャーーッ


自転車の走行音が聞こえる。

何を思ったのか、私は付けていた手袋を外して、ポケットに入れた。


〇〇:よ。

史緒里:.....ん。

〇〇:あれ?また手袋忘れた?

史緒里:ん。

〇〇:??


そっけない態度を取ってしまう。友達が私に、不器用と言っていた意味がわかった。


史緒里:.......チラッ

〇〇:...........

史緒里:.....ふっ笑


しょんぼりしていた。....彼は...私の事、好きなんだな。


〇〇:何笑ってんの。

史緒里:いや?笑 何か...おかしくて笑

〇〇:だから何が。

史緒里:.....家反対方向なのに、私の所に毎日来るところ。

〇〇:へっ!?


彼は、酷く驚いていた。


〇〇:な、何で知って...

史緒里:何ででしょー笑.....はぁ.....もう卒業だね。

〇〇:.....うん。

史緒里:ほぼ毎日一緒に帰ってたね、私達。

〇〇:.......うん。


私から言わせるの?....言って欲しいんだけどなぁ...


史緒里:手....寒いんだけど。

〇〇:え....あ、じゃ、じゃあ缶コーヒーとか・・

史緒里:違うでしょ....

〇〇:..........



史緒里:んっ......


彼は、自転車を片手で押し、片手で私の手を取った。


〇〇:これは.....そう言う事でよろしいでしょうか。

史緒里:....後でちゃんと言ってよ?

〇〇:付き合ってください。

史緒里:はやっ!笑

〇〇:なんか....我慢できなくて...

〇〇:......あれ?

史緒里:あっ....


ポケットの中から、しまった筈の手袋が落ちた。


〇〇:ふっ笑

史緒里:笑うな!///


しゃがみ込んで手袋を拾う。

その後、また隣を歩いた。


彼はまた、何も言わずに手を繋いでくる。

私もそれに呼応した。


私の手は、昨日貰った缶コーヒーより何倍も温かった。


もちろん、心も。

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                 Finish

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