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凡豪の鐘 epilogue



律:カンパーイ!

〇〇:んー。


ジョッキをカチンと鳴らし、騒がしい店内の中で気怠い応答をした。


律:え、なんかノリ悪くない?

〇〇:俺だって色々あんだよ。

律:んだよ、つれないなぁ。

〇〇:お前だって、家に美波と子供置いてきて大丈夫なのかよ。生まれたばっかだろ。


美波と律は24歳の時、結婚した。高校の時から長い事付き合っていたから、結婚式の時は周りから「やっと結婚したか...」と祝福ムードとは少し違う雰囲気で、笑ってしまったのを覚えている。


律:だからこそだよ。映画だって撮らないといけないし、こうやって定期的に呑むのも最後かもしんないだろ。美波も良いって言ってたし、何かあれば連絡くるしな。

〇〇:いや...お前良く俺んち来るだろうが。

律:それも出来なくなるだろ?美月ちゃんと同棲するん・・

〇〇:バッカ!お前声デケェって!


居酒屋の個室と言えど、誰かに聞かれてはまずい。


俺と美月は結婚していた。2年前、美月と出会ってから再び付き合い始め、つい最近になって結婚を決めた。

今まではスキャンダルを恐れ同棲などしておらず、結婚発表も小説家としてではなく"一般男性"として世間に公表した。


律:何で隠してんのよ、天才作家文豪と山下美月が結婚だぜ?世間も大盛り上がり・・

〇〇:このエンタメに溺れた愚者め。

律:え?

〇〇:大盛り上がりになんてなったら....山下美月だぞ?あの山下美月と....俺なんかが結婚なんてバレてみろ...殺されるのがオチだ。

律:.......そうかねぇ..

〇〇:当たり前だろ....はぁ....

律:ふっ笑

〇〇:....何笑ってんだよ。

律:いや...別に笑

律:(なぁんか高校の時と変わったよなぁ...自信ないっつーか笑)

〜〜

〜〜

律:うしっ、そろそろ帰るか奥さんも娘も待ってる事だし。

〇〇:....んー。

律:どうしたんだよ笑 最近変だぞ?いつも自信満々の〇〇君はどこいった笑

〇〇:....別に変わんねーよ.....あ....

「あ...」


居酒屋の個室の扉。隙間から覗いている目と目が合った。

小学生くらいの女の子。親の飲みについて来たのだろうか。


ガラガラガラッ


律:どうしたの?迷子?


律が扉を開けて聞く。


「あ..あの..ぶぶ、ぶ文豪先生ですか!?」

〇〇:え?

「あの....ふ、ファンです!あっと...えっと..サインください!!」


〇〇はメディア露出が多いわけではない。対談やインタビューに答えるくらいで、大きな表舞台に出たのは律と「消える君へ」の映画を撮ると公表した時のみ。

だから、〇〇の顔を知っているという事は相当のファンというわけだ。


〇〇:俺の事....知ってるのか?

「出してる本は全部読みました!!」

律:ははっ笑 良いじゃんサインしてやれよ。

〇〇:.....まぁ...いいけど。


少女に小説を手渡され、それにサインした。


「将来は、文豪先生みたいな小説家になりたいんです!!」

律:おっ!良いねぇ。何かアドバイスはあるかね、文豪先生。


少女と親しげに話しながら律は話しかけて来た。昔から子供の扱いが上手いのは変わらない。


〇〇:....小説家...ねぇ....ならない方が良いよ。

「えっ?」

律:おいおい...そりゃぁねぇだろ...

〇〇:本当の事だ。....君、名前は?

「ふみか....八神 史花です」


「ふみかちゃんへ」とサインの上に書き足した。


〇〇:はい。出来たよ。

史花:ありがとうございます.....あ、あの!

〇〇:ん?

史花:なんで...最近作品を書かないんですか。

史花は淋しそうな顔でそう言った。


〇〇:....逆に君はなんで小説家を目指してるの、なんで書きたいの?

史花:それは......


「史花ー、帰るわよー」


通路の奥から声が聞こえる。親御さんだろう。


史花:では...あの...これからも応援してます!

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〇〇:はぁ.....


ビルの隙間から吹き抜ける風が、コートの中まで刺激する。

居酒屋からの帰り、1人家路に着く。

歩道の上に落ちている空き缶を蹴ってみた。


〇〇:...........


作品なんて、書いていない。というより書けない。


原因はわからない。ただ単に自信がないからなのか。「消える君へ」の映画が公開され、美月と再会して、小説を書いていくうちに賞なんかも沢山もらえる様になった。

「俺は何の為に小説を書いているのか」美月と再び付き合い出してから、そう思う事が増えた。

あまりに強烈な光に当てられて、俺の影が濃くなる感じ。

正直、結婚も迷った。もちろんしたかったし、嬉しい事ではあったけど、それより美月の俳優業を邪魔したくないという気持ちの方が大きかった。


俺みたいな奴が.....美月みたいな光と.....

そんな事が頭を巡っていく。あぁ...もう...高校の時は、こんなこと考えなかったのに。


ガチャ


〇〇:ただいまー....

美月:おかえり!!楽しかった?

〇〇:楽しかった....って..え!?美月!?


同棲を始めるのは....まだ少し先のはず....


美月:我慢できなくて来ちゃった笑

〜〜

〜〜

美月:カンパーイ!

〇〇:カンパイ笑


飲み直しというやつ。


美月:もう荷物とか運んじゃった笑

〇〇:はっや.....ん?ちょっと待て。その荷物は?

美月:部屋に運んだよ。

〇〇:......まさか....


ガラガラガラッ


〇〇:うぉあああああ!!俺の部屋があぁぁぁぁぁぁあ!!

美月:だって〇〇の部屋の方が広いんだもん笑

〇〇:ぐぬぬぬぬ.....はぁ....まぁいいよ。部屋移動するかぁ...

美月:ん?

〇〇:ん?

美月:.....〇〇の趣味のグッズ、勝手に捨てちゃった。

〇〇:はあぁ!?.....んだよもー....また買わないとじゃん...

美月:んん?

〇〇:あ?

美月:なんか.....変。

〇〇:え?何が?

美月:...結婚してから....なんか変だよね。

〇〇:っっ....な、何が変なんだよ。

美月:前だったら、私が勝手に部屋に荷物運んだとか言ったら、怒って喧嘩になってたし。

美月:今は、グッズ捨てたって嘘ついたけど、前の〇〇だったらキレ散らかしてたよ?

〇〇:嘘かよ......なに、喧嘩したいの?

美月:いや...なんか...良く喧嘩するけど仲良いっていうのが私達っていうか...


美月は立ち上がって、俺の目を覗き込む。


美月:私に気遣うようになった?

〇〇:っっ...


図星...をつかれたというか何というか..


美月:ねぇ、なんで?結婚すると気遣うの?

〇〇:いや...そういうわけじゃねぇけど..

美月:じゃあ何で?


こうなってしまうと、もう美月には隠せない。俺は今思っていることを美月に告げた。

〜〜

美月:.....なんか良く分かんなかった。

〇〇:えぇ.....


全てを告げた後の美月の顔は、あっけらかんとしていた。


美月:私が女優辞めればいいの?

〇〇:違う....ただ邪魔をしたくないってだけで....ずっと肩を並べているつもりだった。でも...最近は小説も書けないし....。

美月:んー.....それ結婚となんか関係ある?

〇〇:え?

美月:私は〇〇に才能を好きになった訳じゃないよ?

美月:〇〇もそうでしょ?

〇〇:..............

美月:私が好きになったのは"〇〇"だよ。高校の同級生で席が隣で、屋上からよく盗み聞きしてて、小説に関してだけはプライドが高くて、茉央がいじめられてたらすぐに助けて、蓮加が悩んでたら一緒に悩んであげて、私を蘇らせてくれた"天鐘〇〇"って人を好きになったんだよ?

美月:〇〇は、私が女優やってなかったら付き合ってもないし結婚もしてないの?

〇〇:......違う。

美月:でしょ?


自分が今まで光だ影だの考えていたのがバカらしくなるくらい、もっともな意見だった。


美月:てかさ、そういうの早く相談してよ!どうせ私の仕事が忙しいとか思ってたんでしょ。

〇〇:ま、まぁ.....

美月:なぁんかおかしいって思ってたんだよね。一般男性と結婚って公表して欲しいとかさ?

美月:あのねぇ、夫婦っていうのは私も初めてなの!だから2人で一つなの!何でも相談して支え合うの、わかった?

〇〇:......はい。



俺はバカだな。そう強く思った。そして自分が小説を書けていない理由を、美月のせいにしているのだとわかってしまった。



美月:小説もさ、無理に書く必要なんてないよ。お金は貯まってるんだし、今はゆっくりしなよ。

〇〇:うん...ありがとう。

美月:ま、子育てはしてもらうけどね?


美月はお腹をさすりながらそう言った。


〇〇:.......え?

美月:私が飲んでるの、ノンアルだよ?パパ。

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数年後


ガチャ 


花梨:遊びに来た!

〇〇:おー笑 花梨ちゃん今日幼稚園は?

花梨:お休み!そら君は?

〇〇:奥の部屋にいるよ。遊んできな。

花梨:うん!


突風のように少女は走っていった。


美波:ごめんね笑 遊びに行くって聞かなくて笑

〇〇:いいよ、空もたぶん暇してたし。

〇〇:それに子供は子供同士で遊んで貰った方がありがたい。遊んでる間にさ、これ見ようぜ。

美波:あ!茉央ちゃんの卒コンの配信!

〇〇:どうせ後から律とくるだろうけどさ、先に見ちゃおうぜ笑


五百城家と天鐘家は、家族ぐるみで仲が良かった。5歳の五百城花梨と4歳の天鐘空もすぐに仲良くなった。


美波:美月は今日仕事?

〇〇:うん。しばらく休んでたけど、また映画撮るって。

美波:すごーい!見に行こっと。

美波:.........〇〇君は...小説書かないの?

〇〇:.......まぁ....うん。ぼちぼちね。



今の仕事はエッセイやらコンクールの審査員やら、まぁ文についての仕事はしているが、小説を書く気にはなれなかった。

小説から離れて、賞を獲るために書いている自分がいたことに気づいて、許せなくなった。


小説はもう、3年書いていない。



ガチャ


花梨:ママ見てー!そら君がまた四角いの揃えたー!

美波:え?...凄い!これ空君がやったの?


花梨が手に持っていたのは6面揃えられたルービックキューブだった。


空:僕がやったよ。

〇〇:よくやってるもんな。

空:うん。あ、そうだお父さん。小説読み終わっちゃったから新しいの貸して。

〇〇:あぁ、いいよ。書斎から持ってけ。

空:わかった。

花梨:あ、私も行くー!


美波:空君ほんとに賢いね笑 花梨の一個下とは思えない笑 幼稚園は行かないんだっけ。

〇〇:うん。最初の方は行ってたんだけど、あいつ自身の口から合わないから辞めたいって。

美波:へー.......ん?

〇〇:なに?

美波:いや...ごめん。何でもない笑

〇〇:何だよ、気になるだろ。

美波:....〇〇君もそうだったって話聞いたけど...空君って....


ギフテッドじゃないよね


〇〇:え?

〜〜

〜〜

悪い結果と言えば良いのか、良い結果と言えば良いのか....


診断の結果、空はギフテッドだった。〇〇よりも早い段階でわかった。


空:ギフテッドってなに?父さん。


病院から帰った日の夜、空がそう聞いてきた。


〇〇:それは.....

美月:神様からプレゼントを貰ったんだよ。空は。


美月がそうフォローした。


空:......いらないなぁ、そのプレゼント。

〇〇:どうして?

空:周りの子と会話が合わないし、字を覚えて話がわかっていくうちに、小説がどんどんつまらなくなるんだ。

〇〇:......つまらない....か...

〇〇:空。お前が今一番好きなことはなんだ?

空:小説読むこと。だから面白い小説読みたい。

〜〜

〜〜

解決策なんて、そんなものがあったら苦労はしない。ギフテッドは一人一人に向き合っていく以外道はないんだ。


〇〇:....とりあえず、好きなことはやらせてあげたい。

美月:そうだね....〇〇はギフテッドだったと記憶ないんだもんね。

〇〇:あぁ....


母から聞いた話だと、俺も小説ばかり読んでいたらしい。


〇〇:読ませてる小説は全部面白い筈なんだけどなぁ....


ギフテッドとは、一つのことを極めるのに異常な程長けている。

だから好きだという小説に興味を集中させれば、将来その道に進むの、そう難しくない。


美月:んー.......あれ?そうじゃん。

〇〇:え、なに。

美月:簡単な話じゃん。空が面白いって思う小説書けば良いんだよ。

〇〇:誰が。

美月:〇〇が。

〇〇:俺が!?

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逃げ場をなくす為に、出版社にも連絡をした。新作を書きます....と。

だが.....

いざペンを持って机に向かうと、まったく進まない。


〇〇:だぁーー....くそ.....ケンじぃ助けてくれー....


机に項垂れて、嘆く。一度気分を変える為に小説コンクールの作品を見ることにした。

審査員を任されている為、小説に順位など付けたくないが審査している。


〇〇:..........お.....


一つの小説が目に止まった。面白い。一番面白いんじゃないかこれ。


〇〇:....これ最優秀賞でいいよな....


最後まで読み、作者を確認した。


八神 史花


〇〇:ん?


この子って確か.....

作者から一言
小学6年生の時、文豪先生に会って小説を書くと決めました。あの時の問い、今なら答えられます。


自分の世界を表現して、
面白いと思ってもらいたいからです。

〇〇:面白いと思ってもらいたい.....


俺は徐にスマホを手に取って操作した。


〇〇:もしもし。

蓮加:もしもし、なに?

〇〇:蓮加ってさ、なんで小説書いてんの?

蓮加:何その質問。私の表現する世界を、面白いって思わせたいからに決まってんじゃん。

〇〇:........

蓮加:〇〇?

〇〇:....だよな。

蓮加:??

〇〇:すまん、ありがとう。

蓮加:え、あ.....うん。


プツッ


通話を切って、スマホを置いた。


ピロンっ


〇〇:ん?

蓮加L:自分を大切に。自分の作品を大切に。お爺ちゃんが昔言ってたよ。


〇〇:.......よし。

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数ヶ月後


美月:空、ご飯出来たよ。

空:わかったー。


最近、〇〇は忙しそうにしている。新作を出すと決めたから。

でも、私は知っている。ずっと悩んでいた事も、小説を書けないと嘆いていたことも。


日々生活していても、敢えて小説のことには触れなかった。


不安を見せないように。


ガチャ


〇〇:空。

空:ん?

〇〇:この小説読んでみろ。


〇〇は原稿用紙を空に手渡した。


空:これ......お父さんが書いたの?

〇〇:あぁ。

空:書いてるところ見たことなかったから....


私の不安は、気の迷いだったということに気づく。そして、いつもの〇〇が帰って来たんだと、そう確信した。

〇〇が放った一言を聞いて。


〇〇:良いか、空。


俺が書く小説が、一番面白い



美月:ぷっ笑

〇〇:何笑ってんだ。

美月:いや笑 高校の時も同じような事言ってたなぁって思って笑

〇〇:.......まぁ....なんつーか...ただいま。

美月:おかえり、〇〇。



後に、天鐘〇〇は日本を代表する小説家になり、その息子もその世界に足を踏み入れるのは...



また少し先のお話。

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                 Finish


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