紅くらげに告ぐ #12
「梅澤、お前今日なんか予定入ってるか?」
梅澤:いえ、特に何も。
「じゃあ、前言ってたあそこ、行ってみるか」
梅澤:あそこ?
「孤児院だよ、イチノセ孤児院」
梅澤:あぁ....分かりました。時間空けておきます。
「おう。あ、あとコーヒー」
梅澤:...はい。
巡査長になっても、環境は変わらなかった。私が女だからだろうか。
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夏美町に来てから、あっという間に一週間が経とうとしていた。
澪:和ー、今日帰っちゃうの?
和:うん。残念だけどね。
澪:ずっとここにいれば良いのに〜...
和:あはは笑...
確かに。別にここにいたって、東京にいたって何ら変わらない。それにここは居心地が良い。
〇〇:それはダメだろ。
澪:えー!何でー?
後ろでパソコンを打ちながら話を聞いていた〇〇がそう言った。
〇〇:何の為に家出してきたんだ?
和:アイドルに...なる為..
〇〇:だろ?居心地が良い場所にいてどうする。それにお前の親が捜索願を出してるかもしれない。婆ちゃんに迷惑かけらんないだろ。
和:.......わかってる。
きっと、捜索願なんて出していないだろうけど。
澪:ぶー!ケチー!
〇〇:うっせぇなぁ。...またすぐにこっちに寄越すよ。
澪:え!?そうなの!?
〇〇:元々その予定だったんだ。婆ちゃんの世話見てくれる人を探してた。定期的に和はこっちに寄越す。
澪:やった! 良かったね!お婆ちゃん!
サツエ:嬉しいわぁ。和ちゃんとお話しするの楽しいもの。
和:へへ笑 私も楽しい笑
サツエさんから、喜怒哀楽が伝わってくる様になった。ここで過ごした事はきっと忘れられない。
〇〇:そろそろ帰るぞ。
和:うん。
タイミングは忘れたけど、彼に対して敬語を取るようになっていた。呼び方も"〇〇"と呼ぶようになった。
たぶん、長く過ごしているうちに、澪のが移ってしまったんだろう。
後はきっと...〇〇の事を少し知れたから。
サツエ:和ちゃん。貴方なら出来る。頑張りなさい。
和:ありがとう、お婆ちゃん。もうちょっと成長できたらまた来るね。
澪:じゃあね! 次来るまでお婆ちゃんのお世話は私がしておきます!
澪は敬礼をして、笑っていた。
和:....澪も、ありがとう。
澪:え?何がー?
和:ふふっ笑 澪らしいね笑
澪:えー!なになに!気になるじゃん!
和:秘密笑 とにかく...ありがとう。
澪:...ふふっ笑 なんか来た時と全然顔違うね。可愛くなってる。
和:えぇ笑 そう?笑
澪:うん笑 もし夏に来てあんなに悩んでたら、この町から出られなくなる所だったよ笑
和:...どうゆう事?笑
澪:あぁ、何でもない何でもない笑
〇〇:ほらそろそろ行くぞ。
澪:またすぐ来てね〜!
荷物をまとめて、玄関で靴を履く。私は靴を履く〇〇の背中をじっと見ていた。
サツエ:〇〇。.....あなたの家はここなんだから、また...帰ってきなさいね。
〇〇:......あぁ。
〇〇は振り返りもせず、玄関を出た。
〜〜
〜〜
〇〇:出発するぞ。
和:うん。
シートベルトを締めて、助手席に座る。
車は中々発進しなかった。
〇〇:.....あー....くそっ....
和:えっ?
〇〇:最後....ラストチャンス....すまん。帰るの遅くなってもいいか?
和:い、いいけど...
〇〇:ごめん。
私の言葉を聞いて、〇〇は車を発進する。一週間前に来た方向とは、逆の方向へ。
〜〜
〜〜
彼はこの一週間、朝早く家を出ては、夜遅くに帰ってきた。何をしているかは聞かなかったし、聞けなかった。
和:ここって、、、
お婆ちゃんの家から車を1時間近く走らせていると、風景が変わっていくのがわかった。
磯の匂いと、重機の音。瓦礫が積み上がり、家々が倒壊している。
私もよく覚えている。春にあった津波を伴う大地震。初めて見る、被災地の光景だった。
〇〇:........着いた....ちょっと行ってくる。
和:えっ!?ちょっ....
〇〇:お前は...避難所に行って炊き出し手伝ってこい。俺の名前出せば大丈夫だ。
バタンッ 瓦礫が撤去されたスペースに車を停め、彼は早足で車から降りていった。
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少しばかり、地面が濡れている。多分雨が降ったんだろうけど、瓦礫と合わさり濡れている所を見ると、どうしても津波を想起させた。
車から程近い場所に体育館はあった。
私は恐る恐る体育館に入る。丁度炊き出しをしている所だった。
和:あ、あの....
「ん?順番だから列に並んでね」
おばさんやおじさん達が、順番に食糧を配っている。
和:いや....手伝いに来たというか...
「手伝い?」
和:〇〇の...
「あー!〇〇君の!はいはい、ありがたいわぁ」
彼の言った通り、名前を出すとすぐに通じた。
〜〜
「手伝ってくれてありがとうねぇ」
和:いえいえ...
炊き出しが終わった後、彼らは温かいお茶を出してくれた。
「やっぱり若いと良いわね笑 避難所も活気づくわ?笑 〇〇君も一週間も来てくれて...」
和:毎日...ですか?〇〇が...
「えぇ、そうよ?前から何度か来て支援とかしてくれてたんだけど...後少しだから毎日来てくれたのかしら」
和:後少しって何がですか?
「避難所よ。後少しで閉鎖なの。仮設住宅も出来たし」
和:そうなんですか! 良かったですね!
「えぇ...やっと少し安心できるわね」
和:.........ん?
どうも結びつかなかった。後少しで避難所が閉鎖されるというのと、〇〇がここに足繁く通う理由が。
和:.....〇〇は...ここに手伝いをしに来てるんですか?
「あぁ...それもあると思うけど...一番は...孤児ね」
和:孤児?
「親を亡くしてしまった孤児が..何人かいたの。仮設住宅が出来て、ある程度、里親も見つかったんだけど...1人まだ見つかっていなくてね」
和:え....な、なんで....
「.....それは・・」
〜〜
〜〜
〇〇:よう。
「.....また来たのかよ」
〇〇:おう。お前に会いに来た。
「...偽善者..」
〇〇:ははっ笑 言うねぇ。
俺は、高台の上から海を見下ろす少年の横に座った。
まだ小学5年生の少年は世界に絶望と反抗の目を向けている。
〇〇:....これから、どうすんだ?
「何回も同じ話させるなよ。....クソ2人の死体が見つかったら、俺も死ぬ」
〇〇:.............。
少年の家は、津波に飲み込まれた。少年の親は昼まで寝てる事が多いそうだから、ほぼほぼの確率で逃げ遅れているとの事。...未だ行方不明だ、
「....もう...帰れよ。俺に構うな」
少年の親は、いわゆるろくでなしだったらしい。酒に入り浸り、家庭内での暴力は絶えず、町に出れば喧嘩をふっかける。
少年も学校では親のイメージから友達は愚か、先生からも見放されているそうだ。
ただの"イメージ" 少年は何も悪くない。...だが、親がああだから...そのイメージだけで、少年の里親はまだ見つかっていない。
〇〇:.....俺の所に..
「嫌だ」
「大人なんて...クズだ。全員殺してやる」
「お前も....その一人だろ、どうせ」
放っておけなかった。周りが無意識の異常行動を起こしているのに気づいていない。
このままだと....きっとこの少年は、俺のようになってしまう。
〇〇:....俺は見捨てない。
「....もうその言葉、信じられない」
こういう時に限って、月並みな言葉しか出てこない。
歪んだ心は、真っ直ぐにしてもいずれまた歪みを起こす。歪んだ先を照らすしかないんだ。
〇〇:お前は......親の事が嫌いか?
「....嫌いに決まってるだろ。...あんなクソ..」
「...俺の事なんか...見ないで...いつから...グスッ」
泣いていた。 当たり前だ。
「....昔は優しかったのに....ヒグッ 最後はこうやって...俺を置いてくんだ」
〇〇:......理不尽だよなぁ。
〇〇:お前は何も悪くない。絶対にだ。でも...この世界で理不尽に抗っては生きれない。
「ヒグッ....グスッ...」
〇〇:だから....俺が守ってやる。何をしてでも。理不尽を...壊してやるから。
「.....もう...俺は...死にたいんだグスッ」
あぁ.....もう....この少年は...
??:っはぁ....はぁ....待って...
〇〇:ん?.....え?
荒い息遣いが聞こえて、後ろを振り向く。立っていたのは、和だった。
和は少年に近づいて、荒い息遣いを治めた。
和:この人、信用できるから!
〇〇:は?
「え?」
和は少年に向かって話し始めた。
和:この人、胡散臭いし、ちょっと怖いけど、信用できる!
和:根拠はないけど....たぶん、守ってくれるのは本当。この人はきっと....君の為に...命も捨てる人だから...
和:でも、こんな胡散臭い人に守られるのも何か嫌でしょ?....だから、この人に守られなくても良いように、強く生きよう!絶対に....生きてて良かったって思える日が来るから。
〇〇:............
ありふれた言葉だったけど、和が言うと、心が持っていかれそうになった。
「.....お、お姉ちゃん..誰?」
和:え?......あ...そっか...
〇〇:ぷっ笑 あははははは笑
少年の顔は、もう絶望していなかった。
あぁ......こいつ、人を惹きつける何かを持っている。
俺が出来ない事を、出来る奴なんだ。
〜〜
帰り、俺と和。そして行きには居なかった口の悪い少年を乗せて車を走らせた。
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和:もうすぐ着くよ。
「ん......」
〇〇:何だ?恥ずかしがってんのか?笑
「うっせぇ!」
和:ふふ笑
外はもうすっかり暗かった。とても密度の濃い一週間を過ごした気がする。
運転する〇〇の事を横目で見ながら、思い返していた。
プルルルル プルルルル
電話が鳴った。
〇〇:もしもし、九条。どうした?
〇〇:..........わかった。何もするな。
〇〇は電話を切り、孤児院を通り過ぎて、少し離れた所に車を停めた。
和:な、何かあったの?
〇〇:......なんでもねぇよ。ちょっとだけ車の中で待っててくれ。こいつと孤児院で何して遊ぶかでも話しておけよ笑
和:........うん。
バタンッ 彼は車を降りた。
マスクと眼鏡をかけて。
〜〜
〜〜
〇〇:せっかく新入りが入って....計画も順調って時に....
〇〇:....子供の笑顔を増やしたくないのかねぇ...
マスクを深めにかけて、廃ビルの前に立っている人間に声をかけた。
〇〇:あれ?どうかしました?
近づいてわかった。こいつらは、刑事だ。
「あぁ....ちょっと道に迷いましてね」
〇〇:道に?....私、ここら辺に住んでるので良かったら案内しましょうか?
「いやいや笑 それは申し訳ないです」
〇〇:そうですか。
梅澤:すみません。ここら辺に孤児院がある筈なんですが...ご存知ありませんか?
"ある筈" あった筈ではなくだ。孤児院を目標にここまで来ているのは明白だった。
こちらの様子を、隠しながら伺っているのがわかった。
「どうかされました? もしかして、心当たりあります?孤児院の」
〇〇:........さぁ? 子供の声すら聞こえません。
「...そうですか。....じゃあマップでも見て目的地探してみます笑」
〇〇:えぇ。暗いので気を付けて。
男女二人は俺の横を通り過ぎていった。小さくなるまで背中を見ていた。
〇〇:お前ら大人のせいで....子供の笑い声が聞こえねぇんだよ。
暗闇の中に、そう呟いた。
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to be continued