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紅くらげに告ぐ #6




鬼木:寒ぃな....雪降ってもおかしくねぇぞこれ..

和:.........


私は190cmはあるだろうという巨躯の後ろをついていく。どんどんと、いかにもという路地に入っていく男は、特注であろうマスクを被り、顔を隠す。


鬼木:お....いたいた。

和:....あ....


巨躯の後ろから少し顔を出して路地を見ると、高校生らしい男が、三人程の大人に囲まれている。


鬼木:よし、じゃあここで待ってろ。

和:は、はい...

鬼木:ここから近づかない事。俺の名前を呼ばない事。これ約束な?


そう言い残して、集団の中に鬼木は進んで行った。

〜〜

〜〜

「だから...金だっつってんだろ?」

「ただでブツ渡すわけねぇだろが」

高校生:で、でもこれしか持ってなくて...

「舐めてんのかお前。こんなんで足りる訳ねぇだろ」
「買うの初めてか?お前」

高校生:は、初めてじゃないです...友達から言われて...

「あぁ?しらねぇよ、金がねぇんだったら渡せねぇ。あと買わないんだったらここを他言しねぇように締める」

高校生:そ、そんな...締められるのはいいです...だから覚醒剤だけは...それだけは貰わないと僕は...

鬼木:よう。こんな薄暗いとこでなにしてんの。

「あ? うぉ....」

立っているのは、背丈190cmはある大男。

「何だテメェ...」

鬼木:鬼いさんだよ。....あ?なんだ、売人もガキじゃねぇか。20歳くらいかお前。

「関係ねぇだろ。なんだよお前、順番待てよ。取り込み中なんだよ」

鬼木:...ったく、めんどくせぇなぁ。ほら、これやっからブツ全部寄越せ。


鬼のようなマスクを被る男は、100万の束をちらつかせた。


「なんだよ....持ってんじゃねぇか...ほらよ」


売人は男に覚醒剤を渡し、100万を受け取ろうとした。

「ん?....お、おい...ちょ...手放せよ!」

男は100万から手を離さない。

鬼木:おい、ガキ。


……..


鬼木:お前だよ!

高校生:え、ぼ、僕!?

鬼木:あぁ。....お前、クスリやってねぇんだな?

高校生:え、え?

鬼木:だから...お前はクスリやった事ねぇんだな?

高校生:は、はい...やった事...ないです...

鬼木:よし。ならお前はまだ戻れる。

鬼木:.....だがお前らは...ダメだ。


バキッ


「がはっ!....て、てめぇ!何すんだよ!」

鬼木:殴ったんだよ。いてぇだろ?...でもな、クスリはもっと辛いんだよ。


男は売人の胸ぐらを掴み、引き絞る。声を一段低くして。


鬼木:おいゴラ。この鬼の面をよく覚えとけ。上のモンにも言え。ここら近辺でまたクスリなんて売りやがったら・・

鬼木:ニュースにも載らねぇ、誰にも気づかれねぇ所で....ブチ殺してやるからよ。

「はっ...はっ...」

鬼木:10秒以内に視界から消えなかったらブチ殺す。10.9.8・・

「はっ...あぁ....はぁ...」

手から逃れた売人は、恐怖にやられたのか、地面に這いつくばる様にして去っていった。

鬼木:....ふぅ....終わった....ん?

高校生:あ...あ....

鬼木:なんだ、お前も腰抜かしてんのか笑

〜〜

〜〜

和:うぅ....さむっ...


冬の寒さが体を刺す。先程の路地から少し離れた公園のベンチに座った。

鬼木と、件の高校生の声が少し聞こえるくらいの距離に腰をかけた。


高校生:最初は....訳が分からなかったんです...

高校生:ただ...指定された場所に行って、物を受け取って来いって言われて...

鬼木:同級生にか?

高校生:はい...でも...お金はすごく取られるし...買えない事も多くなって...そしたら暴力とか脅しで..無理矢理...

高校生:途中で気付きました。これヤバい事に関わってるんじゃないかって。......友達だと...思ってたんですけどね...はは...。

鬼木:いじめられてたんだな、お前。

和:(ハッキリ言うな...この人...)


鬼の面を被った鬼木が、頭を掻きながら言った。


鬼木:うーん....まぁなんだ。頑張れや。

高校生:え?


青年は拍子抜けといった表情だった。


鬼木:なんだ?何か励ましの言葉でも貰えると思ったか?

高校生:え..あ...いや....

鬼木:俺は依頼があったからお前を助けただけ。人を救いたい訳じゃない。

高校生:依頼?

鬼木:お前の母ちゃんからだよ。.....お前が何しようと勝手だが、母ちゃんと父ちゃんには心配かけんなよ。

鬼木:よし。仕事終わり。帰るぞ。

和:あ...はい...。


鬼木は私の肩を叩き、出発を促した。


高校生:クソ......


少し後ろを振り返ると、青年は拳を握りしめて、涙を流していた。


和:......っいで!


後ろを向いて歩いていたから、立ち止まった鬼木に気づかず、衝突してしまった。


鬼木:おい、クソガキ。

高校生:.....?

鬼木:世の中は理不尽だ。

高校生:え?

鬼木:人は変わらない。つまり、お前の身の回りに起きている理不尽は絶対に変わらない。

高校生:...じゃあ...どうしろって言うんですか...僕は...一生いじめられ続けないといけないんですか!?

鬼木:...あぁ。そうだ。

高校生:は?

鬼木:理不尽には適応を。世に蔓延る理不尽に耐えるには嘆いてたってしょうがない。

鬼木:お前が変われ。

高校生:...僕が?

鬼木:あぁ。お前がだ。何故、理不尽を被っている自分が変わらないといけないんだと思っているかも知れないが、それは仕方ねぇ事なんだよ。

鬼木:それが....理不尽なんだから。それが世の中なんだから。理不尽に嘆くだけで変わらない人間こそ、世の中から見たら弱者なんだよ。


鬼木は振り返り、青年の元へ歩く。涙が滲んでいる青年の頬を掴んで、上を向かせた。


高校生:うぐっ...

鬼木:一つ、良い事を教えてやる。ここが...頸動脈だ。


鬼木は青年の首に手を当てる。


鬼木:ここを思い切り攻撃してやるか、掻っ切ってやると人は死ぬ。覚えとけ。


鬼木は手を離して、座る青年と同じ目線まで腰を落とし、肩に手を置いた。


鬼木:....世界を恨むなよ、青年。


軽く2回叩き、また私の元へとやってくる。


鬼木:じゃ、帰るか。

和:........

鬼木:青年!母ちゃんに報酬はいらねぇって言っとけよー。

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鬼木:ふんふふーん....ふふふーん..♪

和:.........


助手席に座り、運転している鬼木の顔を見る。先程怒号を放っていた男とは裏腹に、運転をしながら鼻歌を歌っている。

私はどうしても疑問に思っている事があった。


和:.....あ、あの...

鬼木:ん?どうした?

和:....なんで...最後あんな事を言ったんですか?

鬼木:あんな事って?

和:...弱者とか....人は死ぬとか....


別にあんな言葉かけなくたって良いじゃないか。だって、あんな事を言ったら余計思い悩むかも知れない。


鬼木:あぁ....んー...俺はあんま言葉で伝えるとか得意じゃねぇからさ....あれなんだけど...

鬼木:昔、不良をやってる時に〇〇に言われた事があってさ・・

〜〜

〜〜

数年前


鬼木:いってぇな.....お前...何なんだよ!


自分より喧嘩が強い奴に初めて会った。人柄も知らないし、名前も知らない。

気が立って、道すがら喧嘩をふっかけては...を繰り返す生活。

でもこの男には歯が立たなかった。何度挑んでも、勝てなかった。弾も一発も当たらない。


〇〇:お前....親はいんのか?

鬼木:はぁ!?

〇〇:そんなチンピラ気取って、親に迷惑かけんなよ。

鬼木:...親なんていねぇよ。

〇〇:はっ笑 そうか。.....理不尽だよなぁ、世の中って。

鬼木:.....同情すんじゃねぇ! 俺はこうやって生きてくしかねぇんだよ!


倒れ込む俺を見下ろす男。不意にしゃがみ込んで、顔を掴まれた。


〇〇:なぁ、理不尽ってどうすれば良いと思う?

鬼木:ほぇ?

〇〇:理不尽ってどうしようもないから理不尽なんだ。...解決するには、受容するか、自分が変わるしかない。世界を恨むんじゃなく自分の弱さを知れ。

〇〇:でも...弱さを知って、ある程度の力と....ここさえあれば、理不尽を覆せる。


見ると、男は脳幹に指を立てていた。


〇〇:お前には力がある。俺には頭がある。一緒に来い。理不尽を壊す為に、理不尽を作ろう。

〜〜

〜〜

和:...........

鬼木:俺は〇〇に救ってもらったあの日から、誰かにとって自分もそうなれればいいなぁ、なんて思ってたけど....

鬼木:ま、無理だわな笑 でも...ずっと喧嘩やって来て、伝えられる事もある。

鬼木:実際に行動に移しちゃいけねぇんだがな、心に置いてる事があってさ・・

いつでも殺せるって思いながら過ごすと、案外この世は悪くない



鬼木:あのガキがさっきの話をどう捉えたかわからねぇけど...多分あいつは、いじめっ子よりずっと賢い。

鬼木:人は簡単に死ぬって事を覚えとけば、案外ちっぽけなんだよ。

“Bristle” is my lifetime momentous


鬼木:"喧嘩腰"それが俺の生き方だ。

いつでも殺せると思いながら過ごす。中々強い言葉だったけど、弱者に寄り添っている言葉だった。


理不尽にやられて、家出をして来た。

鬼木はアクセルを一段強く踏んだ。

鬼木の話を聞いて、私の心が少しだけ荷物を置いた気がした。

車の外を見ると、東京では滅多にない11月の雪がちらついていた。

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             to be continued

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