紅くらげに告ぐ #8
美空:ただいまー....
鬼木:おう、おかえり。
美空:はぁ....疲れた。
鬼木:今日ダンスのレッスンか?
美空:うん.....あれ?和は?
鬼木:あぁ、〇〇の仕事についてった。
美空:えぇーーー!!!??
鬼木:なんだよ笑
美空:ぶぅー.....私もまだ連れてって貰ったことないのに....
鬼木:はっは笑 和には必要な事だったんだろ笑.....てか何、まだ〇〇の事好きなの?笑
美空:......もぅ....ずっと好きだよ!悪い!?
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バタンッ
〇〇:よし。到着。
車の扉を開けて外に出る。右方に佇んでいたのは、小さなお家。
〇〇:荷物下ろすから、先に家の中入っててくれ。
和:え、あ....はい...
自分の一週間分の荷物を持って、恐る恐る玄関を開けた。
良かった。部屋は二つくらいありそうだ。寝るのが一部屋だったら困る。
和:(あ....靴はない...)
というかそもそも、ここに何の仕事をしに来たんだろう。
和:お邪魔しまーす....
少し長い廊下を歩いて奥へと進んでいく。少しだけ生活感があった。
和:........えっ....あ...すみません、お邪魔してます...
廊下を進んでひらけた場所に出ると、そこにはベッドがあった。
ベッドには、立派な白髪で、キリッとした強い顔のお婆さんが1人。
咄嗟に声を出した。
??:.........
和:あ...す、すみません...
返答は返ってこなかった。こちらをじっと見ているだけだ。
??:どちら様?
和:えっ!?
声が聞こえた。でも、お婆さんの口は動いていない。
お婆さんの手元をよく見ると、何やら小さなキーボードの様なものがあった。
ガチャ
〇〇:たっだいまっと......元気?婆ちゃん。
..............
和:??
??:元気だよ。先週も来たんだからわかるでしょう?
和:えぇ?
やっぱり口を動かしていない。
〇〇:やっぱ指の力無くなって来てるね。 ちょっと待っててな。
そう言って、〇〇は奥の部屋へ消えて行った。
和:............
部屋には私とお婆さんの2人。お婆さんはこちらをずっと見ている。初めて見た時から表情の機微が一つもない。
この空間にいる事に耐えられなくなって、私は〇〇の元へ向かった。
〜〜
〜〜
コンコンッ ノックをしたが、返事はない。
ガチャ
和:あのー....
〇〇:...ん?どうした。
部屋に入ると、様々な機材が並んであった。
和:な、何してるんですか?
〇〇:組み立ててんの。キーボードじゃなくてモニターにするから。
和:??
〇〇:.....ベッドにいたのは、俺の祖母だ。
和:〇〇さんの....お婆さん...
〇〇:お前、ALSって知ってるか?
和:....聞いた事は...何度か...
〇〇:体を動かすのに必要な筋肉が無くなってく病気だ。婆ちゃんはもう表情も作れないし、歩けもしないし、舌の筋肉も衰えてるから話せない。
和:(.....だから口が動いてなかったんだ...)
和:....ん?じゃあさっきの声は...
〇〇:舌の筋肉が衰える前に音声を録音してたんだ。言いたい事をキーボードで打ち込んで、それを出力する。
和:そう...だったんだ...
〇〇:でも返答遅かったろ? 指の筋肉も衰えて来たんだな。
〇〇:.....まだもうちょっと時間かかるからさ、婆ちゃんと話しててくれよ。
〜〜
〜〜
和:...し、失礼します...
ベッドがある部屋へ行き、お婆さんが座っている場所まで行く。目線だけは、こちらに向いていた。
??:初めまして、白金サツエと申します。
和:あっ...よ、よろしくお願いします...
良く聞いてみれば、少しだけ機械らしい音声だった。
それに、苗字を初めて知った。彼も、白金という苗字なんだろうか。
サツエ:あなた、お名前は?
和:あ、すみません...井上和って言います。
サツエ:和さんね。良い名前。
和:ありがとうございます...さんなんて付けなくていいです...
会話の中に少しのラグがある。
サツエ:あなたは、〇〇のガールフレンドかしら。
和:ち、違います!彼女なんかじゃないです!
顔の前で手を振って否定した。
サツエ:あら、そうなの? じゃあ今日は何しに来たのかしら。
和:何しに....うーん....
自分でもまだわかっていない。
サツエ:〇〇が誰かを連れてくるなんて初めてだから。
和:え?そうなんですか?
サツエ:そうよ?ごめんなさいね、表情には出せないけど、今私、凄く嬉しいのよ?
その言葉を聞いて、何故か心が締め付けられた。サツエさんの目元が少しだけ細くなった気がして、必死に笑顔を作ろうとしているのがわかった。
和:あの.....わ、私、〇〇さんの事全然知らなくて.....まだ知り合ったばかりっていうか..
和:その...〇〇さんってどんな・・
ガチャ 扉が開く音がした。
〇〇:よし。出来たぞー、婆ちゃん。
〇〇は部屋に入ってくるや否や、キーボードを外し、先程から作っていた何かをベッドに取り付けた。
〜〜
〇〇:....ここを...こうして...よしっ!どうだ?
様子をずっと見ていた。サツエさんの前には小さなモニターのような物が取り付けられている。
サツエ:ありがとう。大分楽になったわ。
和:えっ!? キーボード使ってないのに...
〇〇:目線で打てる様にしたんだよ。眼球を動かす時に使う筋肉は滅多に衰えないから。しかもこれ、車椅子に取り付けれんだぜ?
サツエ:あら!そうなの?
先程より、早いスピードでの会話が成立している。
〇〇:うん。だから外にも行けるって事。ずっと散歩したいって言ってたじゃん。
サツエ:....本当にありがとう。〇〇。
〇〇:良いんだよ笑
サツエさんの目には、涙が滲んでいた。
優しい人....なんだ。彼。
〇〇:だからさ、こいつ連れて来たんだ。
和:え?
〇〇:お前の仕事は、一週間、婆ちゃんの世話をする事。ヘルパーさんもいるけど、休ませたいし。
〇〇:俺は俺の仕事がある。夜は帰ってくるけどそれまでは、頼むぞ。
サツエ:ちょっと、〇〇。和ちゃんが可哀想じゃない。迷惑かけるわ。
和:い、いや....迷惑なんて・・
〇〇:お前、アイドルになりたいんだろ?笑顔を作れない人に、どうやって笑顔を届けるんだよ。
和:..............そ、それは...
〇〇:婆ちゃんを笑顔にしてくれ。頼むぞ。
そう言い残して、〇〇は車で何処かへ行ってしまった。
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サツエ:和ちゃん、車椅子に乗せるの上手ねぇ。
和:いえいえ、やった事があったので...
少し前に祖母を介護していた事がある。それで多少は出来ることがあった。
和:寒くないですか?
サツエ:えぇ、大丈夫。....この町の夏は好きなんだけどねぇ、冬はあまり好きじゃないの笑
車椅子にモニターを取り付けて、外を散歩する。
表情が見えない分、楽しんでいるかわからない。
サツエ:さっき、〇〇について聞こうとしてなかった?
和:え?...あぁ...はい...
サツエ:何でも答えるわよ?
和:うーん....いや...その、まだ知り合ったばっかりで...何もわからないと言いますか...
和:人間が見えてこないというか....あ!すみません...お孫さんにこんな事言って...
サツエ:いいのよ笑 〇〇とはどういう関係なの?あの子、何の仕事してるかも教えてくれないし、和ちゃんは見たところ高校生よね?
和:は、はい...高校三年生です。
どこまで話して良いんだろう。何でも屋の事を隠しているという事は、話してはいけないことなんだろうか。
サツエ:まぁ、隠し事が多い子だから。話せないのなら話さなくても良いのだけれど。
和:す、すみません....
黒目だけがこちらを向いて、見透かされている様な気がした。
サツエ:そうねぇ...まず、〇〇に親はいないの。
和:え?
サツエ:親に捨てられて、6歳の時、3歳の弟を連れて私の元を訪ねて来たの。
サツエ:まるで...世界の全てを恨んでる様な子だったわ。何故捨てられたのかは、わからないのだけれど....
サツエ:3年後あろうことか母親は私の元へ訪ねて来た。....6歳になる弟だけを引き取って、すぐに出て行ったわ...
和:え!?
鳥肌が立った。そんなことがあるのだろうか。
サツエ:あの時、〇〇には目もくれずに...その子は私の子じゃないとまで....そう言ったのは私の娘なのだけれど、もちろん勘当したわ?
サツエ:何があろうと、自分が産んだ子にそんな事は言っちゃいけない。 私は決心したの、〇〇を育て上げることを。
サツエ:今はわからない。今はわからないけど...あの子の生きる原動力は・・
??:えぇー!! お婆ちゃんが外に出てる!
重い話の後ろから、とびきり明るい声が聞こえた。
走り近づいてくる音がどんどんと近くなる。後ろを向くと、近づいていたのは制服を着た1人の女子高生だった。
??:どうしたの? なんかカッコいいモニターつけてる!
サツエさんの目の前まで行き、同じ視線まで腰を落とす。
サツエ:あら、もう学校は終わったの?
??:へへー、今日から冬休みー!
サツエ:いいわねー!これから毎日会いに来てくれるのかしら。
??:あったり前じゃん!お婆ちゃん家に泊まっていい?笑
あぁ、知り合った仲なのか。....なにより、この女子高生と話すサツエさんは、表情を見なくても笑顔だというのが、すぐに感じ取れた。
??:.....あれ?お婆ちゃん、この可愛い子だれ?
サツエ:あぁ、井上和ちゃん。一週間私のお世話をしてくれるらしいわ?
和:あ、よ、よろしくお願いします...
??:へぇー!私も一緒にお世話しよーっと。和は高校生?
和:は、はい...高校三年生です。
??:おぉ!同い年だ!敬語なんて使わなくていいよ笑
見るからに活発で、冬なのに、夏の名残りを感じさせるような少し褐色の肌。見た目も整っていて、人当たりもいい。
まるで、アイドルの様な子だった。
??:あ、まだ名前言ってなかったね。
私は日凪澪!よろしくね?
和:澪ちゃん?
澪:澪でいいよ。 近所に友達いないから嬉しいなぁ。
私が目指すアイドルの様な子は、私の手を取って、強く握った。
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to be continued