個人的感想文 : ザルツブルク音楽祭 ベートーヴェン交響曲第九番

ザルツブルグ音楽祭のリッカルド・ムーティ指揮、ウィーンフィルのベートーヴェン交響曲第9番を配信で聴きました。長文レポートになりますので悪しからずご了承くださいませm(_ _)m

この第九は、今までに聞いたことのない響きに満ちた世紀の名演でした。コロナ禍の真っ只中の今だからこそこの解釈が成り立ったのはもちろんですが、もしかしたら私たちは今まで平和すぎてベートーヴェンが第九で表現しようとしていたことを表面的にしか理解していなかったのではないかとさえ思える新しくハッとさせられる演奏でした。

ムーティの振るスペクタクルな1楽章は、少しは予想していたことですが、劇的な表現に満ちてほとんどワーグナーの世界観。ウィーンフィルはフォルテッシモでも一つの雑音も入らない完璧な音でどこまでも世界観が広がっていき圧倒的。ダイナミクスや音色、リズムの変化が生き生きとしかも明確に表現されて、まるでオペラのようにシーンがどんどん変わって行きました。

2楽章は8分の6拍子のキレッキレの付点つき三連8分音符の、ウィーンフィルの一糸乱れぬリズムリレーに驚くばかり。ステイホームの中、今までなら忙しくてできなかった準備を全ての楽団員がしてきたのだな、と感動。

そして、3楽章。お時間のない方はここだけでもぜひ聴かれたらいいのではないかと思います。当時もう耳が聞こえなかったベートーヴェンの思いが現代に蘇ったように、不可能なことへ手を伸ばしてなんとか伝えようとする思い、音楽へ、そして世界へ思いを馳せること、心が伝わること、離れていても伝えられる、伝えたい、という音楽家のみなさんのメッセージが心に響きました。

さあ、4楽章!低弦の気合の入ったレチタティーヴォのやり取りや今までの楽章のフィードバックから、おずおずと遠慮がちに立ち現れる喜びの歌のテーマ。だんだん自信を持ち始め、凱旋行進曲のようになるも、もつれ合って天国に行ってしまうのか?それもいいか!となりそうに音楽が踊り出したときに天から響くバスの声!しかしとても人間的で優しく、お父さんのように語りかけてくる。合唱も柔らかい声で始まり、なんだか拍子抜けるくらい全体的にやわらかいクライマックスは全く暴力的になることなく、どこまでも広がって行きました。そして、Alla Marciaはおずおずと下を向いて始まるような静かな曲想、これは8分の6拍子なのに葬送行進曲のよう。。悲痛な悲しみに立ち止まった中から、希望の合唱が、流れてくる。まだ生きている人たちは希望を失ってはいけない。いろいろな悲しみを世界は共有した。まだ終わってはいない。コラールが鳴り響き、団結を促す。困惑の減七の和音。しかし人々は同じテーマをフーガする。そして2回目は、同じ歌詞で調和する。ソリストにリードされて群衆の心も決まり、プレスティッシモはこれでもかと勝利への雄叫びをあげる。だめ推しのマエストーゾ、「そして人類は勝利した」と宣言するかのように約75分の演奏は終了しました。

ラストのしつこいまでのフォルテそしてフォルテッシモは、困難に負けないということはどのくらいの胆力が必要なのかをベートーヴェンが私たちに示してくれたのだと、実感できるものでした。

音楽家も他の芸術家も、勇気を持って、自分が社会に役に立つことを自信を持って証明すべき時なのですね。コロナ禍による社会の精神的なダメージはもしかしてこれからますます明らかになり深刻になるとしたら、そこに何が必要なのか、それはジャンルに関わらず人間の尊厳を保つための文化芸術だ、というメッセージを受け取った気がしました。

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