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結婚相談所に行ってみた その10

「おれさぁ、妻にもW男の話をしてんのよ」
僕は、新しく会ったE子さんの話を、地元で一緒に育った友人、Z君にしていた。
Z君は関東の大学に行ってから地元に戻り、数年前に年上の女性と結婚して、仲睦まじく過ごしている。
「うちの妻、これまでは興味津々でW男の話を聞いてたけどさ、ヒールを履いている女性を遠い川まで歩かせたなんて聞いたら、めっちゃ怒るだろうね。女の立場から」
「いや、しょうがないだろ。俺だって、一応聞いたんだから。『ヒールですけど、川まで行けますか?』って。そしたら『ぜひ行きたいです』なんだから、どうしようもないでしょ」
「きっとな、プロフィールを見た段階で、W男と身長差がある、って分かってたんだよ。それで、背が低いって思われないために、ヒールを履いてきたんだよ。そしたら、『すぐそこなんで、川に行きましょう』ときたよ。んで結局、『すんません、思ったより遠かったですね』だよ。かかとも頭も痛いよ」
「そう言ったら悪い奴だな、俺」
「まあ、ちょっと誇張したけどさ」
「でも、そんなふうに、不機嫌そうな感じを一切出していなかったね。すごかったわ。でも、ちょーっと、疲れちゃったのかな、だんだん会話が俺の一方通行になっちゃってさ」
「かかとも痛いしな。カフェじゃないから水もないしな」
「B子さんの偉大さに気付いたよね。体力の偉大さ」
「そうなるか・・・B子さんに帰ってくるか・・・」
「めっちゃ良い人だし、幸せになってほしいけど、一晩置いて、E子さんとはトライアル交際はしないことにしたわ」
「なるほどな」

遠い河原まで来たからか、E子さんと費やした時間がA〜D子さんの初回のデートよりも長く、1時間半ほど経過していた。
E子さんは僕の話をよく聞いてくれるし、何も文句も言わないし優しいのだが、逆に、そこまで合わせてくれることに違和感があった。
俗に言う「良い人」。
そんな「良い人」がいつも合わせてくれると、「無理してないかな」と逆に不安になってしまう。
プレゼンテーションをして、何も質問がなかった時に、「あれ、興味を持ってもらえなかったかな」と不安になるようなものだ。
長く歩いていても、元気に「あっちに行ってみませんか」と提案したB子さん。
カフェ探しで歩きが増え、不機嫌そうな顔をしたC子さん。
身体にダメージを負いつつも、笑顔を絶やさずに僕に合わせた、E子さん。
E子さんがB子さんを超えることはないかな、と確信した。

「あれだな、いっぱい一緒に歩いたら、W男に合ってるかどうか分かるんだな」
「・・・まあ、そういうことになるのかな」
「体力測定の20mシャトルランみたいなものか」
「その例えはどうかな」
「これからW男に会う女性からしたら、ツラいだろうなぁ。たくさん歩かされるんだから」
「本当にね、E子さんには申し訳なかったわ。マジで良い人を見つけて欲しい」
「はい、じゃあ次、F子さんにいこう。E子さんはね、言ったらね、バックアップですから」
「バックアップとか、言い方悪いな」
「W男が言い始めたんだろ。まあいいや。E子さんと河原に行って疲れたから、今度こそカフェで短く、なんじゃない?」
「いや、F子さんとは、飲み屋行きましたね」
「の、飲み屋? 食事ということか、いきなり」
「あのね、F子さん、京都の人で」
「京都? 京都からわざわざ関東に来たの?」
「仕事のついででね。東京によく来るんだって」
「すごいね、F子さんは京都で探すだけじゃなくて、東京にも会いに来るなんて」
「プロフィールにもちゃんと書いてあるんだよね。関東の人にも会いに行きます、って」
「結婚相談所さんの人脈、っていうか、人材の幅の広さ、想像以上だね。この話、聞けば聞くほど結婚相談所スゲーな、ってなっていくわ」

僕とF子さんは、東京駅の丸の内南口改札前で、18時に待ち合わせた。
例によって時間ギリギリに着いた僕は、身長152センチで年齢が4つ上っぽい女性を見つけた。
「こんにちは。F子さんですか?」
「はい」
F子さんは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「あのー、最初はカフェとかだと思うんですが」ともはやお得意の枕詞を言ってから、事前に電車の中で調べていた、近くのイギリス風飲み屋に行く提案をした。
「もちろん、良いですよ!」とこれまた嬉しそうにF子さんは答えた。
「あ、スーツケース、僕が引っ張りますよ」
「え、良いんですか?」
「これから京都に帰るんですか?」
「はい、そうです」
「新幹線の時間とか、大丈夫ですか?」
「全然余裕あります」
コッテコテの京都弁のおかげもあるのか、低い身長もあるのか、少女っぽい純粋さをその目や声に感じた。
余計に丁寧に振る舞おうとする気配が微塵もなく、それが僕の気を楽にさせてくれた。
とはいえ、顔を見ると少し年齢が離れているのを感じざるを得ない。
165センチ以上で、年齢が3つ上まで、という条件で女性を探していた僕が、なぜ152センチで年齢が4つ上のF子さんに会いたいと思ったか。
それは、彼女の仕事内容が、僕にとって魅力的だったからだ。

「F子さんがなんで東京によく来るか、って言ったら、あれなのよ、通訳が仕事で」
「通訳! あ〜なるほどなるほど」
「Z君、覚えているか分からないけど、俺も20歳の頃、翻訳家を目指していて」
「はいはい、『よつばと!』で翻訳家に憧れてね」
「ははは、めっちゃ覚えてんじゃん! 10年以上前のことなのに」
「まあ実際に翻訳の仕事もやってたもんな」
「そうそう、そうなのよ。だから、話がめっちゃ盛り上がって」
「なるほどね、お互いわかるところがあると」

一番盛り上がったのは、海外への留学や居住経験なく翻訳、通訳業界に入った、という点で同じだったことだった。
最初は英語がうまくできなかったが、英語以外のところを頑張って、とにかく外国人と一緒に過ごすようにし、英語を少しずつ向上させた、という、一番ツラい時期を共有する相手がいることが嬉しかった。
また、僕の中で盛り上がったのは、彼女がスポーツチームで通訳をしていたことだった。
バスケットボールやバレーボールの国内リーグに所属する外国人選手の通訳をしていた、とのこと。
そういう仕事をいつかやりたいな・・・と若い時に憧れていたので、それを叶えている人を目の前にして興奮気味になってしまった。
今では、日本代表選手団を海外に引率したり、自分が頼まれた通訳の仕事を後輩に回して、仲介料をもらったりしているそう。
そんなことを根掘り葉掘り聞いていたら、あっという間にビール2杯とサラダ、ステーキを平らげてしまっていた。

「結局、仕事の話しかしなかったわ」
「なんかあったな、そのパターン。A子さんか」
「その仕事の話は面白かったし、京都弁は可愛かったけど、まあ結婚はどうかな・・・とは思ったよ。関東に頻繁に来るとはいえ、京都だし」
「身長と年齢が元々の条件には合っていない訳だしな」
「でも、帰りの電車でな、B子さんからメッセージが来てたのよ」
「ここでB子さんが登場か」
「『BTSが出演したバラエティ番組の切り抜き動画と、ダンスがキレキレな動画共有しまーす』って来てて」
「え・・・なんか・・・急に面倒くさいな」
「いやいや、頼んだんだよ。金曜日に会った時、『普段見ているBTSの動画ってどんなのですか?』って聞いてたから。B子さんは寝る前にいっつも見ているらしくて、そんだけ好きなら俺も見てみたいな、って興味持ってさ」
「なるほど、B子さん、BTSの大ファンなんだ」
「電車の中でその動画を見たのよ。そしたらやっぱり、俺からしたら全然面白くないのよ」
「ああ」
「ノリが若すぎるし、内輪だし」
「まあ、しょうがないよ、それは。B子さんが面白いと思った動画を共有したなら、初心者向けじゃないかもな。BTSを好きじゃないと面白くないかもね」
「そう・・・それでさ、このBTS関連のモヤモヤ感で・・・バックアップ必要だな、って思って」
「笑うわ、そのきっかけ」
「一晩置いてから、F子さんとのトライアル交際、YESにしました」
「おー」
「次にまた東京来た時に会えたらな、って思って」
「次会った時は仕事のこと以外も話せるだろうしね」
「そう、まさしくそうするつもり」
「F子さんがジャニーズ好きで、ジャニーズよりBTSの方が良いな、ってなるかもだし」
「それはこわいわ」

F子さんも無事にYESにしてくれて、僕たちのトライアル交際が成立した。
メールアドレスが開示されたら、すぐに「LINEでやり取りしませんか?」と連絡が来て、そこで「昨日はありがとうございました」と言い合った。
そこからまた1日経った月曜日の朝に「今夜、時間あったら電話しませんか? 5分でも良いので」とメッセージが来た。

「え、ちょっと待って、月曜日って、今日? この日?」
「そう、今日の話。で、俺は『え、今日はキツいな〜』って思ったのよ」
「はあ?」
「夜にマッサージもあるし、Z君との電話もあるし」
「はああ?」
「電話をする時間はちょっと無いかな〜って思ったけど」
「正気か? たまたま毎週月曜日に電話しているけど、別に明日でも良いのに」
「いや、毎週火曜日はZ君、妻との触れ合いの日って言ってたじゃん」
「良いのよ、こっちのことはそこまで気にしなくて。結婚相談所の方が大事だろ」
「で、俺、月曜日は在宅勤務だったから、『午後だったらいつでもどうぞ〜』って言ったのよ」
「なるほどね、仕事の合間にね」
「そしたら、4時くらいに電話がかかってきて、『再来週、また東京に行くんで』って言ってくれて」
「おお! じゃあ、またその時会いましょう、的な感じなんだ」
「で、その時、『いやー、関西の人って、東京あんまり好きじゃない、って言うじゃないですか』って茶化すように言ったら、『いや、私、どこでも大丈夫なので。どこにでも住めるんで』って言って」
「おお〜」
「『いや、別に住む場所の話はしてないけど』とは思いつつ、まあその気持ちっていうかがすごい嬉しくて。グイグイ来てくれる感じが」
「良いじゃん。まあ、W男は、グイグイ来られて、冷めた前例があるけど。これもA子さんの時に」
「いや、なんだろう、これは嬉しかった! うまく言えないけど。なんだろうな。ただ単に『また会いましょう!』じゃなくて、具体的にさ、『再来週東京で会いましょう!』だから、ありがたかったね」
「なるほどね」
「でさ、俺の仕事の事情とかさ、休みはいつだの、残業どんくらいあるだの、聞いてくれてさ。かわいい京都弁で。正直、この日、仕事全然うまくいってなかったけど、すごいリフレッシュできたよね。F子さんと話して」
「お〜、良いじゃん、F子さんとの会話が楽しいんだね」
「最後に、『また電話します。あの、全然、電話取れなくても無視してもらって良いんで』って言ってくれて。なんかその言い方が良くてさ。俺的には、メッセージより電話の方が楽だから、電話でコミュニケーションを取ろうとしてくれるの嬉しいし、電話をかけてくれるのも嬉しくて」
「なるほどな」
「ちょっとね・・・F子さん、バックアップじゃないですね」
「えっ?」
「もう、対等ですね。B子さんとF子さん」
「え、えっ? 困る〜そんなことある?」
「いや、今の段階ではね、どうしたらいいかわかんないわ〜」
「言ってみてえわ! そんなこと、言ってみてえわ!」
「はははは」
「楽しんでんじゃねえよ、婚活だぞ」
「悪いが楽しいわ」
「まあ、真面目なこと言うと、B子さんはもう3回会っていて、F子さんとはまだ1回会って仕事の話をしただけだから、また何回か会ったりしないと」
「そうだね、その通りだわ」
「W男お得意の新聞博物館デートに連れてくしかないよ」
「はは。河原にも連れてかなきゃだな」

確かに、Z君の言う通りだった。
F子さんの電話が嬉しく、電話で聞く京都弁はさらに可愛く、5分どころじゃなく20分も話して、かなり舞い上がっているところがあったが、まだ1回しか顔を合わせていない。
B子さんと同じく、色々な場所に行って色々と相性を試さなければいけないのは確かだ。

「ちなみにさ・・・」とZ君はおそるおそる切り出した。
「W男、もう新しい人に会わなくて良いんじゃない?」
「あははは。まあ俺もそう思ってたよ」
「もう良いでしょ、B子さんとF子さんだけで」
「そうだな。もうね、ウェブサイトにログインすらしなくなったわ」
「じゃあG子さんはいない、と」
「G子さんは今のところおりませんね」
「6人に会って2人に絞ったのか。今のところ、順風満帆だな」
「そうだね。まあ、この、二兎を追って一兎も得ず、となるかもだけど」
「まあとにかく再来週、楽しみだね。F子さんと会った時」
「そうだね」
「で、今週末こっちに帰ってくるから、電話も再来週かな?」
「そうだな。あ、例の居酒屋、金曜日の19時でもう予約したから」
「はいよ、じゃあそこでな」
「はい〜長い時間ありがとな、話せてよかったわ」
「また相談してくれい。楽しいから」
「サンキュ〜」

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