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結婚相談所に行ってみた その17

B子さんとのドライブデート当日の朝、バックアップのいない不安を吹き飛ばしたい気持ちがあったのもあり、7キロをしっかり走った。
人も車も少ない道を走るのは気持ち良い。
途中、咲くのが遅いタイプの桜の木が数本あったりして、綺麗だった。
そして走っていると、妙に落ち着いてきた。

デートがうまく行かなくてB子さんが僕を気に入らなかったら、それはそれだ。
B子さんは他の男性を探し、僕も他の女性を探し始める。それだけのことだ。
このデートで、結婚を考えられないほど気に入らないところを見つけられたのなら、それはきっとB子さんにとって良いことなのだろう。
結婚して、それから見つけたのでは遅すぎる。
また、フォーカス期間に入って、そこでもうまく行って結婚相談所を退会したとしても、すぐに結婚する訳ではないだろう。
やはり、1年くらい付き合ってから結婚すれば良い。
今は、お互いの時間を楽しんだ上で、結婚をしたいかどうか、結婚をイメージできるか見極めれば良い。

家に帰った僕は、支度をしてレンタカーの店へと向かった。
車種を「おまかせ」にしていたのだが、なんと三菱のSUV、エクリプスクロスが割り当てられた。
B子さんに一報を入れ、B子さんのアパートをカーナビに入れてから、ドキドキのままアクセルを踏んだ。
僕自身、車幅が広い車を乗ったことがなかったので怖かったが、乗り心地は安定していて良かった。
B子さんのアパートの脇に車を寄せ、着いた旨を連絡すると、B子さんがやってきて助手席の窓から顔をのぞかせた。
とびきりの笑顔で「迎えに来てくれてありがとー!」と言ってくれた。
その笑顔を見てホッとした。
ああ、B子さんは僕のように不安になっていない。
ただ単に、この場を楽しもうとしているんだ。

予定はこうだった。
まず、海が見える岬まで行き、昼食を付近で食べ、灯台に登り、そこからいちご狩りに向かう。
もし時間があるなら、市場に寄ってみる。
デート数日前にB子さんと電話をして、そんな僕の案を聞いてもらうと、「完璧だと思う」と言ってくれていた。
当日、B子さんが車に乗ると、「W男さんが予定を考えてくれたから、私はプレイリストを作ってみた」とスマホをカーナビに接続して音楽を流してくれた。
僕がこれをしてくれたから私はそれをする・・・そんなバランスの取り方が嬉しかった。

無事に岬に着いた。
車を駐めてから外に出ると、囲いの線からだいぶはみ出てしまった。
ただ、それもB子さんは笑ってくれた。
そして海沿いを少し歩き、昼食を食べるために昔ながらの喫茶店に入った。
おばあちゃんの店員さんが僕にやたら話しかけてくれて、「俺、店員さんと仲良くなるの得意だからさ」と自慢した。
店を出ると灯台まで歩いて行き、潮風が吹く中、青空が映った海をじっと見たりしていた。
波の音や鳥の鳴き声などもよく響いていて、良いところに来たな、と2人で言い合った。

そんな風にゆっくりしてから車に戻った。
そしたらふと、B子さんが「いちご狩りって、何時までかな?」と尋ねた。
「え?」
「いちご狩りって早く終わるところが多いからさ」
僕は一切そのことを調べていなかったので、ホームページを開いてみた。
すると、15時まで、と書かれていた。
今の時刻は、14時25分だった。

「ダメじゃん」とZ君が言った。
ドライブデートが終わった二日後の月曜日、僕はZ君といつものように電話をしていた。
「いちご狩りの場所まで、所要時間は30分で」
「5分しかいちごを狩れないじゃん。B子さん、プレイリストを作る前に、いちご狩りの時間を調べておかないと」
「いちご狩りの場所まで言っていなかったから仕方がない。B子さんが『もしかして受付時間が15時までなんじゃない?』って言ったから電話してみたら、『15時までに来てもらえれば大丈夫ですよー』ってことだったので、なんとか間に合うと思ってちょっと急ぎ目で向かったわ」
「ああ、そう」
F子さんがいなくなり、盛り上がりが足りないと思ったのか、Z君は何かトラブルが起きて欲しかったようで、心なしかがっかりそうだった。

いちご狩りの場所までの道中、狭い道を運転している時、B子さんに「ちょ、あぶな」と数回言われながらも、無事に14時50分に着いた僕たちは、受付を済ませてビニールハウスへと向かった。
「わーい!」とB子さんは嬉しそうにしていた。その姿を見て、来て良かったな、と思った。
練乳の入ったプラスチックの容器を持って、いちごを取りながら一緒に歩いた。
旬の時期が過ぎているとはいえ新鮮ないちごは美味しく、どんどんと食べては歩いて進んで、を繰り返した。
するとやがて、4、5歳くらいの歳が近そうな兄弟がいる家族の近くまで来た。
元気いっぱいに走り回ったりして、わんぱくだなーと横目で見ていた。
すると、その弟の方が、「うっわー! すっごい大きいのがあるよ!」と嬉しそうな声を出した。
兄の方が、「えーっ! 見せてーっ!」と駆け寄ってきた。
ああ、と僕は思った。
これは争いの始まりだ、と。
弟が見つけたものを兄が横取りして食べる。そんな争いが起きることが容易に想像できた。
だが、そんな争いは起きなかった。
弟が、「これ、あげる!」と兄に差し出したのだ。
「え、いいの?」と兄は面食らっていた。
僕も面食らった。そして、B子さんの方を向いた。
すると、B子さんも面食らった表情で僕の方を向いていた。
そして目を合わせたまま、声を出さないように僕たちは笑い始めた。
これが、僕にとってすごく嬉しかった。
こういう些細なことで笑い合えるのがとても素敵だな、と思った。

ビニールハウスを出てからは、来た道を戻って行った。
レンタカーを返す時間まで余裕があったので、道中にある市場に寄った。
すると、なんと雨が降り出してきた。
リュックに入れていた折り畳み傘で相合い傘をし、雨を凌ぐことができた。
F子さんから返してもらった折り畳み傘がそのまま入っていたおかげだったのだが、F子さんのことなど全く考えていなかった。
それほど、僕はB子さんとの時間を楽しんでいた。

市場を出て、ゴールであるレンタカーの営業所に向かい始めた。
18時ごろに着いて、近くで夕飯を食べる、という算段である。
幹線道路を走っているとき、RADWIMPSの「君と羊と青」という曲が流れ始めた。
イントロに入った瞬間、僕とB子さんは「あっ」と声を出した。
「え、知っているの?」と僕が尋ねた。
「うん、RADの曲はそれなりに知っているから、聞いたことある。W男さんは?」
「NHKのサッカーのテーマソングでね、何度も聞いたわ」
「へえ、そうなんだ」
そして、曲がサビに入ると、僕はノリノリになって身体を上下に揺らし始めた。
歌詞は全く知らず、というかそもそも何言っているかよく分かったことがなかったのだが、適当に声を出してリズムを合わせた。
「ちょっと、あぶないって」とB子さんは不安がったものの、笑っていた。そして、僕と同じように身体を上下に揺らし始めた。
サビが終わると、「運転に集中して」と改めて注意され、「はい」と答えた。
そして再びサビが始まると、2人で身体を揺らした。
曲が終わってから、B子さんが「こういうノリ、友達とだといつも私から始めて迷惑がられるのに、まさか先にやられるとは」と、あたかも勝負に負けたように言っていた。

無事に事故もなくレンタカーの営業所に到着し、車を返却した。
借りるときは1人だったが返すときは2人で、なんだか嬉しかった。
外はすっかり日が沈んで暗くなり、寒くなっていた。
雨だけでなく風も出てきたので、青空の下で優雅に海を見ていた時とは空気が全く違っていた。
とりあえず店に入ろうということで、目につく店にどんどん入ってみるが、どこも入っては「満席で・・・」と断られていた。
外に出るたびに相合い傘で雨風を凌いでいると、B子さんはかなり寒くなってきたようで、僕の腕にかなりひっつき始めた。
「やばいよー、すごく寒い」
「ちょっと、歩きづらいよ」僕は先週と同じことを言ったが、今回もかなり嬉しかった。

ようやくドイツ風居酒屋の席が空いていたので、そこに腰を下ろした。
適当にビールとおつまみを頼むと、ホッと一息ついた。
トルコ、イギリス、韓国、インドと続いて、今日はドイツだね、なんて言い合っていた。
先週行ったインド料理屋はね、厳密にはインド料理じゃなかったけどね、なんて僕が釘を刺したりした。
それから今日のデートの振り返りをしたりした。
灯台からの景色やいちご狩り、車で流れた音楽のことなど。
それからメインのソーセージやらジャーマンポテトなどが運ばれて、ある程度お腹が満たされると、僕は切り出した。
「やっぱりね・・・今日のドライブデートでね、B子さんの体力や人間力に、改めて尊敬をしたよ。正直、何かしくじらないか不安だったけど、だんだんそんな不安も無くなっていたわ」
その通り、朝に抱いていた緊張や不安が嘘のように消え去っていた。
それから自信を持って僕は続けた。
「1週間じっくり考えて、そして今日一緒に長い時間を過ごして、俺はB子さんとフォーカス期間に入りたいと思う。B子さんは?」
B子さんは少し照れくさそうに下を向いてから、僕の方を見た。
「私もね、W男さんと・・・フォーカス期間に入れたら、って思う。W男さんとなら、何かあっても話し合って解決できると思う」
なるほど、そういうアングルで将来の結婚相手候補を見ていたのか。やはりB子さんの人間性は一味違うな。
そう思いながら、僕は嬉しさが込み上げてきて、今までのことがギュッとなって蘇ってくるような気がした。
いろんな人をWeb上で見て、会う人を見つけ、会って、交際するしないの決断をして、自分の結婚像をより具体的なものにして・・・ついに候補者を1人に絞り込んだ。
それはB子さん。
そのB子さんも、僕のことをそう思ってくれている。
僕は、喜びを味わうようにビールを一口飲んだ。

その一方、B子さんはまだ考え込んでいるような表情をしていた。
「あの・・・それでね」
「ん?」
「フォーカス期間中に、やって欲しいことがあるんだけど・・・」


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