結婚相談所に行ってみた その8
「良いですよ!」とB子さんは言ってくれた。
予定を変えることに対してポジティブでよかった、とホッとした。
相手を間接的に知る、とはこのことだ。
きっと、ざっくり予定を決めてあとは臨機応変に、という人なんだろう。
「5時まで、ってとのことだったんで、5時から予定があるのだと思っていました」
「あ〜、最初の方はね、短い時間で刻んでいこうと思ったんですよね」
「そうなんですね。お気遣いありがとうございます」
最初から長い時間を一緒に過ごすと、お互いに飽きてしまい、次に会おうと思わなくなってしまうんじゃないか、という不安があった。
だから、今日夕飯を一緒に食べるべきかどうか、それ自体を結構悩んだ。
でも、B子さんともっと一緒にいたかった。
ビールを飲みたかった。B子さんと一緒に。
いや、B子さんと一緒にビールを飲みたかった。
一方で、夕飯まで行くことは多少想像していた。
サッカーの監督は、試合前、ありとあらゆる展開を想定しておくという。
味方にレッドカードが出るかもしれない。早めに1点取られるかもしれないし、取るかもしれない。
そういう想定から、先発の選手や交代策を考えるとのこと。
僕も、夕飯に行くことになるのを想定して、周辺の店に目星をつけていた。
なので、その店に向かって歩いて行った。
まだ時間は5時半。一般的には早いかもしれないが、僕は早めに飲み始めるのが好きだった。
「夜は8時までに食べ終わりたいんですもんね」とB子さんは茶化した。そういう、僕の「健康こだわりトーク」はすでにしていた。
そんな話をしていた後だったので、「お酒、飲むんですね」と驚かれた。
しばらく歩いて店に到着した。
だが、まだシャッターが閉まっていた。特に貼り紙がしてある訳でもない。
Googleではもう開店していると書いてあったが、現実ではまだのようだった。
W男監督、そのような想定はしていなかったので、どうするかを少し考えた。
「じゃあ、もうちょっと歩いてお腹を減らしますか」
B子さんの体力を信用して、500mほどある商店街を往復することにした。
その間、B子さんは歩き疲れるでもなく、ずっと楽しそうに喋っていた。
自分の話をするだけではなく、僕から話を聞くのも楽しそうにしていた。
「最初の時にも思いましたけど、B子さんには知力を感じるんですよね」
「あ、体育会系だから脳みそ筋肉だと思ってたんですか?」
「いやいや、そういうんじゃないんですけど」
「あはは、冗談ですよ」
30分ほど経って、再びその店に到着した。いまだにシャッターは閉まっていたので、他の店を探すことにした。
少し歩いていると、赤いペンキの店構えをしているトルコ料理屋があった。
こじんまりしていて、数テーブルだけ空いてるようだった。
「ここにしましょう」と僕は自信を持って言った。世界三大料理なのだから、美味しいに決まっている。
一方、B子さんは「トルコ料理?」と疑問符がついていた。
でもすぐに、「W男さん、プロフィールに『海外の色んな料理を食べるのが好き』って書いてありましたもんね」とB子さんに納得された。
僕自身、プロフィールにそう書いたことを忘れていたので、ここでもまたその知力というか記憶力に驚いた。
入店して、トルコ人シェフと日本人女性のスタッフに迎えられて席につき、トルコビールやフムスを注文した。
ケバブ以外のトルコ料理は食べたことのないとのこと。そんなB子さん相手に、僕の好きな海外料理を話したりしながら、色んな種類のトルコ料理をいただいた。
たくさん歩いて喉が渇いていたからか、お互いに小さいビール瓶を3本ほど飲んだ。
B子さんがお手洗いに行っている間に僕が会計を済ませ、店を出た。
「全部出してもらうのは悪いですよ」
「じゃあ、次の店で出してくれたら。あ、さっきの店、もう一回だけ行ってみませんか?」
ということで、もう一度、あらかじめ目星をつけていた店に行ってみた。
すると、シャッターが上がっていて、7人ほどのカウンター席が全て埋まるほどになっていた。
ずいぶんな盛況ぶりだ。
4人がけのテーブルに座ってメニューを見たら、どうやらアルコール度数の高い飲み物がメインのバーのようだった。
入店してから、最初はトルコ料理にしてよかったですね、と二人で小声で笑った。
アルファベットを3つ並べた店名が、とある国の公共放送局と同じで面白そう、というしょうもない理由で目星をつけていたので、それ以上深く調べていなかった。
最初は二人ともビールを、二杯目でB子さんはマシュマロチョコレートなるものを注文。
僕はかなり酔ってしまって、二杯目はアルコールの無い飲み物を注文するしかなかった。
酔うと僕は眠くなってしまい、あまり喋れなくなる。
B子さんの話を聞きながら、相槌だけは必死にして、顔をじっと見ていた。
ああ、かわいいな、と思っていた。
ただ、一つだけ覚えているのは、「自分を一つの英単語で表すとしたら、なんですか?」と僕が聞いた時のこと。
「えーなんだろ。Aggressiveかなぁ」
「え、Aggressive?」
優しくて、笑顔が素敵で、気遣いができる、B子さん。
意味、分かってますか? と聞き返したくなった。
それほど、B子さんから、積極的とか、攻撃的、というのは想像できなかった。
「仕事で、プロジェクトを推し進める、とか。バスケで、周りを引っ張る、とか」
「ああ、なるほど」
僕の経験上、バスケットボールをやっている女子に、温厚な人はあまりいない。
今の姿は100%素じゃないんだろうな、とは薄々は感じていたが、それをまた強く感じた。
その素を早めに見たいな、と思った。
そろそろ帰りますか、と僕は言った。
入店してから2時間以上経ち、10時を過ぎていた。
B子さんは元気そうにしていて、いつまでも飲んでいられそうだったが、僕が限界だった。
しかし、外に出ると、空気がかなり冷たくなっていてB子さんの表情が苦しくなった。
まだ3月上旬なので、太陽の出ていた昼間に比べて夜は寒い。また、デートが5時までと思っていたB子さんは、上着を持ってきていなかった。
寒がりで、しかも夕飯を食べる想定もしていた僕は、真冬のコートを着ていた。
「電車に乗るまでこれ、貸しますよ」
「いやいや! 大丈夫ですよ」
「背が高いんで、絶対似合いますよ」
「え、それじゃ」
僕の予想は当たり、本当に似合っていた。女性が男物のコートを着るギャップに萌えてしまった。
お互い、電車は反対方向だった。駅でお別れである。
プラットフォームに着いて、B子さんがコートを脱ぎ始めた。寒い空気に不釣り合いな薄い服が覗いた時に、「薄着のまま帰らせてはダメだ」と心の中で叫んだ。
「それ、家まで着て行って良いですよ」
B子さんの目が点になった。
「ああ、よくあるやつだね」とZ君は冷めた声で言った。「あれだろ、『次返してもらえればいいんで』みたいな」
「え、Z君もやったことあるの?」
「いや、ないけど、よく聞く話ってことだよ」
「そうなのか。まあ、実際に次返してもらうことになったよ」
「え、じゃあ、もう」
「今週金曜日、仕事終わりにビールを飲みに行きますよ」
「おお〜B子さん、オッケーしたんだ」
「したよ。まあせざるを得ないよね。財布をコートに忘れたから」
「はあ?」
「外出用の小さめのサブ財布だったから大丈夫だけど。現金と、身分証明用のマイナンバーカードが入ってただけで」
「あれじゃないよね」
「え?」
「B子さんと別れた後、家帰って、結婚相談所のサイトにログインして、そんで、『薄着で見えた腕が太すぎました。トライアルやめます』って書いてないよね?」
「書いてねえよ。腕はそんな見えなかったし。ってか、金曜日に会うって言っただろ」
「申し訳ない気持ちでA子さんに夕飯を奢ったように、B子さんにもコートと財布をあげたのかなって」
「んなわけあるかよ」
「想定想定言うから、コートを貸すことを想定して、財布を入れたままにしたのかと」
「完全にたまたまだよ。酔ってたからさ」
「いやー、でもすごいな、順調で」
「順調すぎて少しこわいけどな。やっぱり、どんどん間接的に試していかないと。渋滞になったらどうなるか、とか、迷惑な客がいたらどうなるか、とか」
「そういう状況をわざわざ起こすのもどうかと思うけどな。もう『渋滞になったらどうしますか』って直接聞けよ」
「んなこと聞くかよ」
「なんにせよ、ここまで長い時間会話が盛り上がるのはすげーよ」
「そうだな」
「見た目も中身も相手に求める、ハードルの高いW男を、ここまで喜ばせるとは」
「・・・まあそうかもな」
「それじゃあ、言い方悪いけど、弾数で言うと今はB子さん一本と」
「あ〜、それなんだけど」
A子さんとのトライアル期間が終了し、「ああ、B子さん一本か」「もしB子さんとうまくいかなかったらどうしよう」と不安になった。
165センチ以上、年齢が3歳以上までの女性はもう検索し尽くしていた。
結婚を考えられなさそうな人となんとなく会うのは嫌だし、でも、もう少し他の女性と会った方が良いだろうし。
そこで、「会いませんかリクエスト」をもらった女性の中から、二人と会うことにした。
それが、E子さんとF子さん。
土曜日、3週連続のダブルヘッダーだ。
「すごいな、本当に。スケジュールが」
Z君は、本当に驚いたふうに言った。
「A、B、C、D、そしてEとFだよ、もう」
「まあ、せっかく複数の人と公然とデートできるからな」
「またさ、あのミスしちゃうんじゃない」
「なに」
「B子さんって呼んじゃうんじゃない?」
あはは、と僕は笑ってしまう。
「いやー、それはもうしないよ」
「会う前に、ちゃんと名前も確認するんだぞ。これまでたまたまW男が断ってるけど、ヘマをしたら逆もあるんだからな」
「それはそれでしょうがないよ」
「でも、改めてだけどさ、頻度よく会えて、しかも似たフィーリングの人と会えるのは良いね」
「みんな真面目レベルが高くてさ、適当にやっている人はいないよね。まぁA子さんはちょっとレベルが高すぎたけど」
「A子さんなー。あと一回会えば気にしなかったと思うんだけどな。仕事の感じとか合ってるように聞こえたけど」
「まぁ、B子さんには負けるから」
「でもさ、来ちゃうんじゃない、ついにB子さんからも」
「何が」
「シリアスな質問」
「あ〜・・・いや、まあ、B子さんならいいよ。人によんのかな? B子さんに聞かれたら、むしろ嬉しいよ」
「聞き方とか、その時の雰囲気もあるもんな。それじゃあ、今週金曜楽しみだな」
「そうだな。金曜日、間違ったことがあっても、次の日にEとFのバックアップがあるんで」
「おまえ・・・。次はB子さんって呼び間違えるんじゃなくて、『バックアップさん』って呼ぶんじゃねーだろうな」
「んなわけあるか!」
それから、話はZ君の今までの失敗や後悔に及んで盛り上がった。
話が落ち着くと、じゃあまた来週月曜日に、と言い合って、電話を切った。