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結婚相談所に行ってみた その4

「え?」とZ君は強く反応した。「C子さんじゃないの?」
「そう。C子さんを『B子さん』って呼んじゃったんだよ」
「名前間違えたの?」
「そうだよ」
「うわ。。。終わったわ」
「その時、訂正しようと必死に思い出そうとしたけどな、名前が出てこなかったわ」
「プロフィール見てたんじゃないのかよ」
「文章を見てばっかりで、名前は見ていなかったわ」
「1番大事なとこじゃん!」
「かなり不機嫌そうで、せっかくの美人が台無しだったわ」
「W男のせいだろ!」
「そのあとはもう、地獄だったよ」

僕は焦りながら、なんとか会話を繋いだ。
よくここら辺に来るんですか〜? とか聞いたりして、平静を装った。
ただ、土曜日の夕方ということで、どのカフェも混んでいて中に入れなかったので、再び焦ってしまった。
店に入っては出て、を2回ほど繰り返した。
カフェ探しと会話を繋ぐことのマルチタスクは、中々難しかった。
C子さんも、B子さんほどではないが165センチと身長が高く、若い美人さんだったので一緒に歩くだけでドキドキしたが、それ以上に、彼女が僕の質問に単調に答えるだけで、ピクリとも笑顔を見せなかったことにドキドキした。名前を間違えたこと、中々座れないことで、C子さんの笑顔という花を咲かせる難易度は増す一方に感じた。
途中、会話にそこまで神経を使えずに、「よくここら辺に来るんですか?」と、さっき聞いたことと全く同じ質問をしてしまった。「あ、あんまり来ないんでしたね」と自分で訂正した。
まだ2月なのに、変に汗をかいていた。

駅から少し離れたところで、席の空いているカフェチェーン店をようやく見つけ、少しホッとした。
C子さんに先に座ってもらい、欲しい飲み物を教えてもらって、僕が一人でレジに並ぶことを伝えた。
歩かせて申し訳なかったこともあるが、ちょっと一人にもなりたかった。
並んですぐにスマホを開き、C子さんの名前を確認した。
あー、この名前だったな、と思い出した。
会った時のことを思い出し、再び血の気が引く感覚がした。
それから、飲み物を注文をして会計を済ませた。
だが、飲み物を待つ列が随分長く、中々待ちそうだった。
ここで一度、席に戻ってC子さんに「ちょっと時間がかかってるみたいです」と伝えるべきかな、と逡巡したが、「戻りたくないな」とふと思い、注文受け渡しカウンターで待ち続けることにした。
その間、この話をするか、あの話を聞くか、と必死に考えていた。

自分たちの飲み物がついに来てしまい、僕は恐る恐るお盆を持ってテーブルに向かった。
C子さんは「ありがとうございます」と礼儀で言ってくれるも、笑顔ではなかった。
ここは、C子さんに好きなことについて話してもらおう、と思った。
誰でも、自分の好きなことを話している時には、笑顔になるもんだしな。
「C子さんは、週末どういうことをしているんですか?」
「週末ですか? 推し活ですね」
「・・・何を推しているんですか?」
「アプリゲームですね」
「ゲ、ゲームを推してるんですか?」
「アイドリッシュセブン、っていう」
「アイドリッシュ?」
「男のアイドルのゲームで」
「あ〜」
友人Z君が、女のアイドルを育成するゲームやアニメにハマっていたことがあった。それの男版があるということか。
「推し活、っていうのは、具体的にどういうことを」
「グッズ買ったり、ライブに行ったり、ですね」
「なるほど」
それって毎週するもんなのか? 僕には想像できない世界だった。
一切話を広げられない。C子さんの笑顔という花は咲かずに、蕾のままだった。
むしろ、蕾はさらに閉じたような感じがした。
C子さんの表情が「別にあなたには理解できないでしょ」と言っているようでもあった。
「あ、友だちと一緒に行ったりするんですか?」と僕は聞いてみた。
「まあ、たまに地元から遊びに来る友だちとかはいますけどね。基本的に一人で世界に浸りたいので」
「へえ」
「まあ、推し活は本当に一人でやっていることで・・・週末のリフレッシュに必要なんですよね。あんまり口を出されたりはされたくなくて」
僕は、再び頭の血がサッと引いた気がした。
わーお。
C子さんの名前を間違えて以来のこわい思いだった。
でもおれ、そんなに間違ったこと言っただろうか。
そんなに間違った表情をしていたのだろうか。
まぁ、しょうがない。
とにかく、この場を盛り上げねば。
僕は話題を変えることにした。

「ちなみに、仕事はどういうのを」と恐る恐る聞いてみた。
「理系ですよ。エンジニアです」
「プログラム書くんですか?」
「そうですね」
「大学で勉強したんですか?」
「私、高専に行ったんですよね。そこから大学に編入して」
「へえ、女性には珍しいですね」
「父が、『理系なら就職に強いぞ』と言って、その通り理系に進んだら、大企業に難なく就職できちゃいました」
「なるほど」

その話を聞いて、C子さんのことが少し分かってきた。
この人は異常な面倒くさがりなのかもしれない。
言い方を変えると、超効率重視。
エンジニアにピッタリである。
効率重視な性格の男性はよくいるが、女性でここまで突っ切っている人は初めてだった。
そして興味深かったのは、「父に就職に有利と言われたから理系に進む」は、僕が選んだ道とは真逆のことだった。

僕はその話をした。
そこまで効率重視って、エンジニアにめちゃ合ってますよね。
僕はC子さんのように振り切れないんで。ああ、だから僕はエンジニアとしては微妙なんですよね。
ちなみに、僕も父に全く同じこと「理系の方が就職に有利だぞ」と言われたんですよね。でも、僕はこれからは英語だと思ったんで、そっちの方に進んだんですよね。

C子さんはここで初めて、僕に興味を持ったような表情をした。
「効率重視」と言った時、「よくぞ分かってくれました」かのような笑顔を覗かせた気がした。
そして実際、「英語、できるんですか?」と聞いてきた。
今日、初めての質問だった。
「まぁ、今同僚がみんな外国人なんで。インド人多めの」
「インド人、ですか? エンジニアですもんね」
「彼ら、ヤバイ面白いですよ。『ありがとう』言わないですし」
「え?」
彼女はこれにも興味を持ったようだった。
「前の上司がインド人で、『通訳してくれ』って言われて、僕がとあるカスタマーセンターに電話したんですね。ああして欲しいとかこうして欲しいとかお願いしたんですが、どれもダメって言われて、電話を切ったんですよ。割と長引いたので僕は疲れて。なのでここで、『ありがとう』を期待したんですよ。『電話してくれてありがとう』的な。。。無かったんですね。まぁ思い通りに行かなくてイライラしてたんでしょうけど、通訳をしたこと自体に対して『ありがとう』が無かったんですよ。後から本読んで知ったんですけど、どうやら彼ら、あんまり『ありがとう』を言う文化があんまり無いっぽいんですね。別に悪い人たちじゃないんですが」
彼女は、さらに自分の知らない世界に興味を持ったようだった。
「ちなみに、海外旅行とか行くんですか?」とさらに聞いてくれた。
「まぁ、それなりに」
「何カ国くらいですか?」
「うーん、10以上20以下くらいですかね」
「1番良かったのはどこですか?」
「難しいですね。。。まぁニュージーランドではないですね。草サッカーしてたら、ラグビーマンみたいなゴツい人がエゲツないタックルしてきて、足首の靭帯損傷したんで」
僕が笑いながら話すからか、彼女は笑いそうだった。
あとひと押しで花が咲きそうだ、と思った。
「オーストラリアでもないですね。横断歩道を渡ってたら、鳥が横から顔にぶつかってきたんで」
「鳥??」
彼女は完全に笑った。それがしかも可愛かった。少しキュンとした。ツンデレの魅力が分かった気がした。
完全に閉じて開かないと思われた蕾を咲かせたことで、僕は安堵と達成感に満ち溢れた。

それから、僕の海外旅行失敗談や、彼女の仕事での面白い話で盛り上がった。
いつの間にか、駅で会ってから1時間ほど経っていた。
じゃあそろそろ、と僕は言った。
席を立とうとした時の彼女の表情は、その席に座った時の表情とはまるで違っていた。ポジティブなオーラをありありと感じた。
最初のミスを考えると、よくぞここまで立て直したな、と自らを褒めたくなった。
駅まで歩く道でも、他の話で盛り上がった。彼女も、質問に不躾に答えるだけではなく、自分で話を広げるようになっていった。

けれども、今回でC子さんとはさよならかな、と確信していた。
僕がここまで盛り上げようと頑張ったのは、正直、恐怖心からだ。
自分にも落ち度あるとはいえ、美人で若いC子さんの不機嫌な表情が恐かったからだ。
恐いから頑張る、不機嫌そうだから盛り上げようとする。そういうやる気が1番疲れて続かないのは、よく分かっていた。
文句ではないが、僕がミスしたにも関わらず、「そういうこともありますよね」的な感じで愛想良く振る舞ってくれたら、もう惚れてしまっていただろう。
でも、C子さんはそうしなかった。
そういうことをする性格ではなさそうだった。
別にその性格を否定する訳ではない。
でも、C子さんとトライアル交際になったとして、自分が不機嫌にならないように怯えながらメッセージをして、怯えながらデートをすることをすぐに想像して、それは嫌だな、とすぐに思った。

駅の改札に入り、「じゃあ僕はこっち方面なので」と指を差した。
「私はこっちなので」とC子さんも言った。
C子さんがエスカレーターに足を乗せた時、僕はすでに解放感に包まれかけていた。
そして最後に言った。
「ありがとうございました! じゃあまた!」
振り返った彼女は、この日1番の笑顔で会釈をしてくれた。
やっべ。
「また」って言っちゃった。
もう会う気ないのに。
頭の血がサッと引いた気がした。
ものの1時間で、3度目のことだった。

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