結婚相談所に行ってみた その5
「うーん」
僕とC子さんとの話を、Z君は食い入るように聞いていた。
「・・・わかるわ」
「え?」
Z君に怒られると思ったので、意外な反応だった。
もう次会おうと思っていないのに「じゃあまた!」と言ってしまったことに、まさか共感されるとは。
「きっとねー、あれなんだよね。カッコつけちゃったんだよね、W男」
そして、心を読まれた気がして、びっくりした。
「そう! それなのよZ君。良い男感を出したかったんだな、って、振り返って思ったのよ。この子違うかな、って思ってても、良い印象を与えたい気持ちがさ、なんかあるんだよね。わかんね、若い子なら尚更なのかも」
「おれもね、街コンとか出たことあるけど、カッコつけてばっかりだったよ。なんなんだろうね、あれ」
「そうか、街コンでZ君もそんな経験が」
「で、結局、なんちゃら交際、YESにしたの?」
「とりあえず、一晩寝かしたよ」
「出たよ。お得意の、一晩寝かせる」
「いや、その日はもう疲れたんだわ・・・。NOのつもりだったけど、一晩寝たらさ、変わるかもしれないと思ってさ」
「それで、風呂入って、寝て、起きて、どうしたのよ」
「心を痛めつつも、NOにしたわ」
「あ〜・・・『また』って言っちゃったから、『しゃあねえ、YESにすっか!』ってなるかと思ったけど、しなかったんだな」
「そうだね。やっぱり、もう一回会うのこわいな、ってなったわ」
「そうか、揺るがなかったんだな。でも、気をつけたほうがいいよ、これから」
「そうだな・・・。自分を良く見せるのをやめたいわ」
「C子さん・・・多分今、世界で一番絶望してるよ」
「やめろ」
「人間不信になってるよ」
「やめろ」
「笑顔で終わって、『また』って言われて、でもNOだなんて、もう誰も信じられなくなってるわ」
「・・・まあC子さんはまだ若いし、大丈夫っしょ。自分に合う人を見つけて欲しいですね」
「なんだよそれ、急に人生の先輩みたいに」
「まあ、せめてもの罪償いと思ってさ、C子さんに合う人を見つけられる助けになるよう、NOの理由をな、正直に丁寧に書いたよ」
多様性が謳われる時代、色んな男女関係、パートナーシップの形がある。
その中で結婚という道を選ぶ人にだけ会える、というのが結婚相談所の良いところ。
だが、結婚にも色んな形がある。
僕の中で結婚とは、相手と密な関係を結ぶこと、二人で花に水をあげ続けること、それに関わる面倒な作業を避けずに向き合い、一緒に乗り越えること。
その過程を楽しみ、深い幸せを感じること。
C子さんは可愛くて魅力的だが、彼女とそういう関係を築くのは無理だ、と確信した。
賢く効率的に生きたいC子さんは何も間違っていない。ただ、僕のライフスタイルと彼女のライフスタイルが、完全に合わないのだ。
「まあW男は、余裕を楽しむ的なところがあるからな」
「そう、そうなんだよ・・・楽しむ、ってところがさ、すげー違うと思ったわ」
「なるほどな。ちなみに、これ、直接C子さんが読む訳じゃないよね?」
「そうだね。C子さんの担当者がもみほぐす感じよ」
「だよな」
「その分、相手を傷つけることを怖がらずに正直に書けてさ、そうすることで、『違うな』って思った後に、『なんで違うんだ?』って考えさせられて、その結果、なんか自分のことを知れたわ。なんか良かった」
「で、次は? A、B、Cと来て、次はD子さんかい?」
「いや、その前に、明日、A子さんとの2回目だわ。んで、B子さんとデートの約束したから、それが来週土曜日」
「すごいな。ずいぶん忙しいね」
「またZ君に話すのを楽しみにしてるわ。多分、また色々起きるから」
「まあきっと、W男のことだから、何も普通に事は進まないだろうな。何一つとして」
「ありがとな、長い話を聞いてくれて」
「おれもおもしろかったよ。また聞かせてくれい」
最初に結婚相談所のことについてZ君と話したのは、土曜日にB子さんとC子さんとのダブルヘッダーをこなした2日後の月曜日だった。
たくさん笑いに昇華され、しかも良い視点をくれた僕は、かなりスッキリした。
そして、それからあらゆる予定を消化して1週間が経ってから、再びZ君に電話した。
「こんばんは、Z君」
「どうもこんばんは、W男」
「いやー、色々ありましたよ」
「楽しみにしてたよ。この1週間」
「ええ?」
「A子さんとB子さんの話、楽しみにしてたんだよ」
「そんじゃあ早速、A子さんの話からするわ」
1回目、初めてA子さんに会った時、主に仕事の話で会話が盛り上がり、トライアル交際でメールのやり取りを始めたA子さんとは、2回目のお食事だった。
火曜日の夜7時半に、駅で待ち合わせの約束だ。
ぶっちゃけ、この時点でちょっとテンションが低くなっていた。
平日の7時半開始は、僕にとっては遅い。
夜8時になる前に全てを食べ終え、11時には寝たいタイプだ。そうしないと、翌日の仕事に支障が出てしまう。
ただ、「仕事後に飲みに行きませんか」「すいません、火曜日しか空いてなくて」「じゃあ、火曜日の6時半ごろで」「すいません、6時半に会社を出るので、早くても7時半です」となったので、7時半になった。
とはいえ、8時以降は軽くつまみだけを食べたかったので、事前に家でご飯と味噌汁を食べてから向かった。
「お疲れ様です!」とA子さんは満面の笑みで待ち合わせ場所の駅前に現れた。「今日楽しみにしてました!」という一言も添えていた。
「僕はそうでもありませんでした」とはもちろん言わなかった。自分がこの時どういう表情をしていたのか、よく分からない。
二人で歩いて、僕が予約したクラフトビールの店に向かった。
店の前に来ると、「あ、私、この店に来たことあります」とA子さんが言った。
「どうだったんですか?」
「あんまり覚えてないですけど、すごくビールの種類がありました!」と嬉しそうに言った。
カウンターの席に座り、早速ビールを頼もうとした。確かに、ビールの種類がものすごくあり、メニューの全てに目を通すだけで時間がかかりそうだった。
ビールをまず注文し、食事を選んでいる時、僕がおつまみばかり選んでいることにA子さんは気付いたようだった。
「あれ、あんまり食べないんですか?」
「あ、ちょっと食べてきたんで」
「えっ?」
A子さんは少し機嫌を損ねたみたいだった。
「せっかくなのに」と囁く声で、口を尖らせて言ったが、顔は笑顔だった。
「まあ、ビールメインの店なんで!」と僕は自分を援護するように言った。
僕らは音楽やアニメの話など、当たり障りのない話を始めた。
出会って2回目ならではの、よくネタになる話である。
その間、僕は二つのことが気になった。
まずは、席の周りが狭いこと。
カウンター席の後ろはすぐ壁で、店員や他の客が通ったりすると確実に背中が当たる。
隣の女性客にも、肘がすぐぶつかりそうだった。
おまけに、高めの椅子は木製でガタガタしており、ちょっとでも重心をずらすと椅子もずれる。
リラックスできないな、これ。
ちなみに、食べ物も塩が強い。
もうこの店には絶対来たくないな、と思った。
次に、A子さんの腕である。
店の人口密度もあって暑かったのか、酔いが回ってきたのか、上着を脱いだ。
そうしたら、まだ3月なのに二の腕がよく見える服装になった。
暑がりなのかもしれない。
そしてその腕が、とてもタプタプしていた。
とても。
前回気になった鼻はそこまで今回気にならなくなっていたが、今回は腕が気になり、目が行ってしまう。
久々に女性の二の腕を見たのもあるのかもしれない。自分の細めな腕を見慣れているせいかもしれない。とにかく想像以上すぎてびっくりしてしまった。
別に、細ければ良い、と思っている訳ではない。
問題は健康的かどうかだと思う。
人は、本能的に健康そうな人に惹かれるという。
筋肉がなく、脂肪だけで太そうな腕が、感覚的に不健康そうに見えてしまった。
この時点で僕のテンションはかなり下がっている。この夕飯のポジティブな要素は、ビールがそこそこ美味いくらいだ。
そこに追い討ちをかけるように、A子さんから爆弾が放り込まれた。
酔いが回って本心が出てきたのかもしれない。今まで見たことないような、真面目な表情をしている
「聞いて良いですか?」
「・・・はい」
「結婚に、何を求めています?」
えっ・・・今?
ちょっと今はそれどころじゃ・・・。
僕は頭を必死に動かした。なんて答えたら良いんだろう。
会社の会議で、急に鋭い質問をされた時のようだった。
A子さんと目を合わせられず、空になったグラスに視線を落とした。