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結婚相談所に行ってみた その16
僕はすぐに言葉が出なかった。
このタイミングでこういうことになるとは、夢にも思っていなかった。
なんと言っていいか分からないものの、まずは「ありがとう、伝えてくれて」と感謝した。
異性に、それも女性から男性に、好意の気持ちを伝えると言うのは勇気のいることだ。
僕なんかのために勇気を出してくれたことに感謝した。
だから、僕も勇気を出して、しっかりと気持ちを伝えなくてはいけない。
「俺も・・・F子さんと一緒にいるのは楽しいよ・・・」
僕は必死に頭を回転させて、言葉を連ねた。
「でも、やっぱり、結婚相談所にいる以上、結婚のことを考えなくちゃいけなくて」
「うん、もちろん」と相槌を打ったF子さんの声は、かなりしっかりしていた。
真剣に僕の話を聞いているのがよく分かった。
「でね、俺の中では、結婚って・・・体力とか、精神力とかがめちゃくちゃ大事だと思っていて。そこがないと、いろんなことを一緒に乗り越えられないと思っていて」
「うん」
「F子さんと一緒に過ごして・・・そこがちょっと違うかな、って思ったんだ」
僕は丁寧に丁寧に言葉を選んだ。
端的に言うと、「すぐ疲れて面倒くさがりなので、お断りします」なのだが、それをやんわり、それでもちゃんと理解できるように伝えたかった。
「うん、分かった」
F子さんの声は、最初と変わらず元気そうではあった。
何かスッキリしたような、そんな明るさがあった。
そして、「じゃあまた、何かあったら」と言ってくれた。
お断りしたのに、そういうことを言ってくれて嬉しかった。
通訳のことで何かあったら話をするかもしれない、と頭をよぎったのもあり、「うん、また、是非」と言ってしまった。
トライアル交際をしてお別れになった場合、お互いに連絡先を消さなきゃいけない。
F子さんは、そのことを知っているのだろうか。
まあ、僕のように「フォーカス期間に入りましょう」ではなく「付き合ってください」と言うあたり、結婚相談所のシステムをそこまで気にしていなさそうなので、ルールを把握していないのかもしれない。
何にせよ、F子さんとはこれで終わった。もう後戻りはできない。
もう僕には、B子さんしか残されていない。
「ああ、F子・・・」
Z君は、F子さんの気持ちを想像して、打ちひしがれているようだった。
「ってかW男、お前モテてんな」
「あははは」
「F子さんに好かれて、B子さんともうまく行って。そんなにモテたこと、俺ないぞ」
「いや、俺だって初めてだよ。人生で初めて告白されたわ。Z君と違って」
「俺だって無いよ」
「え?」
「なんだその勘違い。傷つくな」
「あれ、Z君、無いっけ? あるだろ」
「告白されたこと? ・・・無いよ。振り返ってみたけど、無いよ」
「あー、無いか」
「『無いか』じゃねーよ。なんだお前」
僕と話している後ろに、もしかしたらZ君の妻がいるかもとも思い、Z君の過去にはあまり深く突っ込まないことにした。
「とにかく、かなり心が痛んだわ、これには」
「いやそりゃそうだよ。これはね、バックアップとか言って、手元に残しておいたW男が悪いよ」
「・・・そうだね」
「W男がね、思わせぶりな態度をとってきた結果ですよ」
「ああ!」
痛いところを突かれた僕は、苦しさのあまり声にならない声を出した。
「いやー、Z君の言う通りなんだよね。デートもね、良い感じの、おしゃれな場所に行っちゃってるし」
「W男、そこはちゃんとF子をバックアップ扱いしないんだよな。そこは良い奴なのよ」
「そうなのよ・・・。全力しか出せないのよ」
「かっこいい言い方やめろ」
「いやー、出張のついでとはいえ、わざわざ来てくれたからには、全力出しちゃうよね」
「京都に住んでるんだもんな。関東に来たからには、おもてなしをしちゃう、と」
「そう」
「F子はホテルに真っ直ぐ帰れば良いのに、わざわざW男に会いに来てくれるし」
「そう」
「F子さん、面倒くさがりなんだけどな。そこは面倒くさがらないもんな」
「あー! やめろ」
「まあW男の言っていることも分かるよ。今は、W男のことが好きだから頑張るけども、時間が経ってその気持ちが落ちていったとき、普段の生活で面倒くさがりっていう部分は出てきちゃうから」
「そう! そうなんだよ、Z君」
「だから、それが理由でお断りします、ってしっかり言ったところは、男気があると思うよ」
「ありがとう」
「まあ、結婚相談所のルール通り、ちゃんとその場で関係を断ち切らなかったのは男気がなかったけど」
「それはしょうがない」
「断っただけすごいよ。告白されたことない俺だったら、『好きです』って言われて嬉しくて、『はいっ!』って言ってたかもしんないし」
「地獄だろ、そんなことしたら」
「とにかくW男はね、F子の分ね、B子さんを幸せにしないといけないよ」
「そうだなぁ」
「これで、B子さんとのドライブデートがうまくいかなかったらおもしれーわ」
「あははは、それ言うな」
F子さんをフッてから、そのドライブデートのことが不安で不安で仕方がなくなった。
僕がF子さんの面倒くさがりな点を見つけたように、B子さんも僕のネガティブな点を見つけたらどうしよう。
それも、フォーカス期間前の最後のドライブデートで。
だが、Z君がそれを冗談にしてくれたら、不思議と心は軽くなった。
「バックアップ無しでのドライブデートが怖いから、さっきまで経路とか寄る場所とかめっちゃ調べてたわ」
「W男、運転するの?」
「そりゃな、ドライブデートだからな」
「カーブ、できる?」
「できるわ!」
「ハの字で曲がれる?」
「それはスキーな!」
「いやー、一体どうなるんだろうな。まるで恋愛リアリティ番組を見てるみたいだわ。正直ね、ドライブデート、後ろからついていきたいもん。録画して、30分くらいの動画にまとめたい」
「やべーな、それ」
「クライマックスはアレでしょ、箱をパカって開けて」
「いやいや」
「『フォーカス期間』って書いてあるみたいな」
「あはははは!」
そんなふうにアホなことを言い合っていると、電話を切る頃合いになった。
「Z君、今日も電話ありがとな」
「ああ、おれも楽しかった」
「ここまで来れたのも、Z君との相談のおかげと言っても、過言ではないから」
「過言ですね」
「いや、自分の行動や言動を、見つめ直すことができて良かったよ」
「太ももを揉んだ時点で終わったと思ったけど、まあ無事に進んで良かったよ」
「ふくらはぎな」
「どっちでも同じだわ」
「全然ちげーよ」
「お前気をつけろよ! 車の運転疲れて休んだ後とか、『アレ、目の前にふくらはぎが』とか言って触るなよ」
「やんねーよ」
「F子をフッたんだから、F子の分も頑張れよ」
「そうだな・・・今日もありがとう。また来週」
「はいよ」
Z君と話して多少気が楽になったものの、ドライブデートまで日が近くなるほど、不安は大きくなってきた。
果たしてドライブデートはうまく行くのか?
僕がしくじることはないのか?
そして、うまく行ったとして、B子さんと結婚する方向で進めて良いのか?
まだ知り合って1ヶ月くらいだけなのに、そこまでお互いのことを知らないのに、それで良いのか?
そんな人と、一生、これから50年以上添い遂げられるのか?
暇さえあればそういうことを考える日々が過ぎ、当日の朝になった。