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結婚相談所に行ってみた その6

「W男、甘いよ」
ため息をつくように言うZ君に、僕は反論した。
「いや、キツいって。まだ早いって。音楽とアニメの話して、なんでその次が『結婚に何を求めていますか?』なんだよ」
「いやいや、これ結婚相談所だからな? そういう質問は当然だよ。むしろ遅いくらいだよ。そういう質問でな、もしW男が求めているものを、A子さんが無理だと感じたら、じゃあもう無理ですね、ってなるだろ」
「うーん、そういうのさ、俺的にはさ、間接的に知りたいんだよね。そんな直接的に聞くことじゃないだろ」
「間接的に、って、たとえば?」
「たとえばな、タプタプした腕を見て、『ああ、この人は、脂肪がつきやすい夜8時以降に結構ご飯を食べちゃって、さらにそこまでカロリー燃焼しないんだな』ってなんとなくわかるだろ。そういうので『合わないな』ってわかるんだよ。そうやってな、会話の切れ端から情報を拾っていくんだよ」
「いやいや、それ、時間かかるから。たとえばな、もし相手が『子ども3人欲しいです』って言って、W男が『いや3人はちょっと』ってなったら、もうそれで終わりだろ。『はい次』ってなるんだよ」
「うーん、そういう交渉みたいなのはちょっと」
「甘いな〜。まだね、W男はね、普通の恋愛みたいにアプローチしてんのよ。まだ振り切れてないのよ。これ、結婚相談所だよ? みんな、命かけて結婚相手探してっから」

わりかし僕に寄り添うように話を聞いてきたZ君と、珍しく意見がぶつかった。
そういう条件的なもので、足し算引き算で結婚相手を探す、という発想が、あまりしっくりと来ていなかった。
「まあ、もうね。俺は冷めちゃったよ。その後もさ、『年上は大丈夫ですか?』とか、『どんな人が好きだったんですか』とかさ。キツいって。そういうのは、『年上のお友達いるんですか?』とか、『好きだったテレビドラマはなんですか』とかで、なんとなーく分かれば良いじゃん」
「まわりくどいのが嫌なんだよ、きっと」
「でもね、俺、A子さんのこと分かってきたわ。一個おさらいすると、A子さんの仕事、人材紹介関連でさ、営業もするんだけどさ」
「そうだったね。人材紹介で管理職だったね」
「そういうのもあってね、なんか、話が仕事っぽいな、セールスっぽいな、って思っちゃった」
「あー、営業マン的な」
「もう会話の中身もそんな覚えてないけど、『ああ言ったらこう言う』みたいなさ、どうやってもこの商品を売ってやるぜ、的な印象だったんだよね。『求めているものはなんですか?』の後に『私それ、提供できますよ』が続いたんだよな」
「はあ? 言われてえわ!」
「え?」
「んなこと言われたことねえよ。俺もそんなセールスされてえわ」
「まあとにかく、その仕事感が一番冷めたわ」
「そうか」
「んで、もうトライアル交際をやめるつもりだったから、『チッ、金出したのに』みたいに思われたくなかったから、全額出して。そしたら、『えっ、良いんですか?!』って逆に喜ばせちゃって」
「まあ、しょうがないな」
「そのあと駅でお別れしたら、すぐにメールで『今日はありがとうございました! また是非会いたいです』って来て」
「良い人だな・・・A子さん、俺は良い人だと思うんだけどな」
「でも俺はそれに返信せず、すぐに担当者にメールを書いて、『A子さんとこういう理由でトライアル交際やめます』って送信して」
「今回は一晩寝かせなかったんだな。理由はなんて書いたのよ」

それがかなり悩んだ。
今回は、システムではなく、担当者にメールで交際終了を伝えなくてはならない。
だから、ちゃんと具体的に理由を書かなくては「そんな理由でやめんなよ」と言われるかも、と不安になってしまったのだ。
なので、しっかりとこう書いた。

気軽に笑い合って、徐々に仲良くなって、それから結婚の話をする、とイメージしてましたが、割と真剣なトーンの質間が多く(どういうことを求めてますか、どういう人が好きでしたか、年上は大丈夫ですか、など)ちょっと私のA子さんへの温度的に、トライアル交際をYESにしたことに申し訳なくなりました。
その会話になってからあまり楽しめなくなり、再び会うのは、温度差的にプレッシャーを感じて難しいな、と思ったところです。

翌朝、すぐにメールが担当者から返ってきた。
「わかりました。それでは、A子さんの連絡先を削除してください」と定型文のような内容だけだった。そしてそれにホッとした。
ここで、再び結婚相談所のシステムに感謝した。
もし、交際終了を直接A子さんに伝えなければいけないとしたら、とてつもなくキツかっただろう。
もしかしたら、セールスのように「いや、でも」と来ていたかもしれない。
でも、結婚相談所なら、担当者にだけ伝えれば良い。
「いや、でも」とはならない。
「なんでですか」と聞かれない。
それが精神的に助かった。
もちろん、反対に、好印象な相手の前で何かヘマをして、担当者から交際終了のお知らせを受けたら悲しいな、とも思った。どっちもどっちだから仕方ない。

「W男、お前どうすんだよ。もしさ、次の女性、ABCと来たからD子さんにさ、『初めまして、D子です』『W男です』『結婚に何を求めてます?』ってなったらさ」
「あー、そのD子さんなんですけどね。もう会いましたよ」
「ああ、そうなの」
「A子さんとは真逆、っていう感じの、静かめな人だったよ」

A子さんとの交際が終了し、残りがB子さんだけになってしまったので、もう一人くらい会うか、と検索して見つかったのが、D子さんだった。
身長165センチで年齢が一緒なので、条件は合っている。運動はしていなさそうだが、そこは目をつぶろう。
D子さんが静かで優しそうなのは、プロフィールの文章から伝わってきた。
写真も、スタジオで撮ったもので、清潔感が溢れていた。
自然な笑顔が印象的で、生で見てみたいな、と思った。
また、お笑い好き、というのが良いな、と、話が盛り上がれそうだな、と感じた。
もしかしたら静かな人が合うのかな、と謎にポジティブに考えるようになり、「会いませんかリクエスト」を送ってみたら、OKが返ってきた。
土曜日の11時に待ち合わせとなった。この時間なら、カフェにすんなり入れるのでありがたい。

待ち合わせの場所であるデパートの前に来たが、週末ということで人が多かったため、D子さんらしい人を見つけるのに苦労した。
やがて、同じようにキョロキョロしている女性がいたので、きっとD子さんだと思い、話しかけた。
「すいません、D子さんですか? W男です」
「はい、そうです」
この時、僕は衝撃を受けてしまった。
「結婚に何を求めてます?」と聞かれた訳ではない。
D子さんの顔が、写真と全然違っていたのだ。
驚きで口が開いたのを、僕は必死に閉じた。

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