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結婚相談所に行ってみた その11

金曜日の夜、実家で在宅ワークを終えた僕は、商店街に佇む昔ながらの居酒屋に歩いて向かった。
今回は、Z君と、同じく地元に住んでいる同級生のK吉とG也の4人で会うことになった。
僕の名前で居酒屋を予約したので、今回はギリギリではなく10分前に着いた。
すると、なんとK吉がすでにいて、座敷の席に座っていた。
「よお、W男」
「早いな、K吉」
「久しぶりにW男に会うんだから、早めに来たよ」
「マジで久しぶりだな。5年ぶりくらいか」
家業の日本酒作りを継いだK吉が地方紙に取り上げられたことを、新聞が大好きな父が教えてくれて、間接的にK吉が地元に帰っていることを知った。
将来の社長にとって、10分前に着くことなど当然なのかもしれない。
K吉と近況について話していると、Z君が暖簾をくぐった。
「ああ、K吉」
「おお、Z君」
「K吉、こっちに帰ってきたなら言ってくれよ〜」
Z君は大袈裟に大きな声で言いながら、僕の向かいに座った。
後から聞いたことだが、Z君は、学生の時にあまり喋らなかったK吉と、一体何を喋ればいいか分からず、盛り上がらなかったらどうしようかと、緊張していたらしい。
だが、Z君と僕がいたら、話すことは一つだ。
「K吉、聞いた? W男の結婚相談所の話。マジで面白いよ」
すると、ガラガラ、と戸が開いて、もう1人の参加者、おしゃれな格好をしたG也が入ってきた。
「よおW男。Z君から聞いたぞ。お前の婚活の話、めっちゃ面白いんだけど」

Z君とよく遊ぶG也には話が筒抜けだったようなので、主にK吉の方を向いて、これまでにあったことを、お酒を飲みながら話した。
まず、結婚相談所のシステムが世に知られていないので、そこから説明をした。
入会する時に、年収や学歴、独身を証明する書類を提出する。
ウェブサイト上で「会いませんかリクエスト」を送り、それがOKなら一度会ってみる。
会う場所や日時も、ウェブサイト上で選択肢から選び合う。
最初は、カフェで30分から1時間ほどだけ話すことが推奨されている。
その後、ウェブサイト上でトライアル交際しますか? と聞かれるので、YESかNOを選ぶ。
トライアル交際と言っても、複数の人と同じ関係を結べるし、ボディタッチやお泊まりはできない。
このシステムがとても安心感を与えてくれるのだ、と僕は付け足した。
「へえ、そんな感じなんだ」とK吉とG也が興味深そうに頷いた。
ここで、K吉とG也が彼女なしであることを確認し、興味があるか聞いてみた。
彼らの返答は「今は仕事でいっぱいいっぱいでさ」「趣味の時間が大事だからさ」といったものだった。
彼らのような良い友人に、結婚相談所を通して良い出会いがあればと願ったが、それぞれの事情からそう簡単にはいかないようだ。

それから僕の活動歴を話した。身長165センチ以上と年齢3歳以上までで検索をかけて6人の女性と会い、高身長のバスケ女子であるB子さんと、低身長の憧れ通訳であるF子さんとトライアル交際中。そう説明する横で、Z君が「仕事の話が合うA子さんにめっちゃ押されたのに、こいつ冷めたんだよ」とか、「若いオタクのC子さんに『また会いましょう』とか言っておいて、結局交際拒否して、人間不信にさせたんだよ」などと茶々を入れていた。
それらが一通り終わってから、「写真、見せてよ」とK吉が言ってきた。「今、そのなんちゃら交際中っていう、B子さんとF子さんがどんな人か見たいな」
ここまで話した段階で、各々のお酒を2杯飲んでいて、酔いも回っていた。
僕が少し渋ると、「あ、俺もまだ見てないな」「そうだよ、見せろよ」とZ君とG也が続いた。
しょうがないな、と、ウェブサイトにログインして、まずB子さんのプロフィールを見せた。
白いニットを着て、青空の下で笑顔を見せている写真だった。
「美人じゃん!」とG也。
「B子さん、めっちゃ良い!」とK吉。
そ、そう? と僕がニヤけると「照れてんじゃねーよ」とZ君に突っ込まれた。
続いて、F子さんのプロフィールを見せた。
宣材写真のようにジャケットを羽織って、白い歯を見せている写真だった。
「あー、なるほどね。仕事っぽい写真ね」とG也。
「え、B子さんだよ! B子さんにしなよ!」とK吉。なぜか、F子さんの感想を言わずにB子さんに引っ張られた。
「へえ、F子さん、この見た目で押しが強いのか」とZ君が言うと、「え、押しが強いの?」とK吉が興味を持ったようだった。
「そうだよ。W男の仕事中に電話してくんだよ」とZ君が僕から聞いたことを軽く歪んで伝えた。
「え、良いね、そういう年上の感じ」とK吉。
「しかも、通訳の仕事の話が面白いのよ。英語関連の話ができるのが良いね」と僕が言うと、「あ〜、W男からしたら、それ大事だよな」と、G也が納得したように言った。
だが、もう一度K吉が「もっかいB子さんの写真見せて」と言ったので見せると、すぐさま「いや、W男、B子さんだよ。B子さんめっちゃ良いよ」とK吉が確信を持ったように言った。
写真を見ただけで何を読み取ったんだよ、とみんなで笑った。

そんな時、ちゃぶ台に置いていた僕のスマートフォンが鳴り始めた。
電話がかかってくるなんて珍しいな、と思って手に取って画面を見たら、「あ」と僕は言葉を失ってしまった。
そのまま画面を見ながら、僕は凍りついていた。
それを見かねて、「どうしたW男、電話か? 外に行って出て良いんだぞ」とG也が諭したのに対して、僕は真面目な顔で「F子さんだ」とつぶやくように声を出した。
「え?」
「は?」
「マジ? あのF子さん?」
「そう」
「何してんだよ」
「早く電話出ろよ」
「俺らはマジで気にしなくて良いから」
「あ、いや・・・その・・・あ、切れた」
スマートフォンが鳴り止むと、すぐさま批判の集中砲火に遭った。
「W男、正気か?」
「なんで出ないんだよ」
「俺らのこと気にしなくて良いのに」
「いや、ちょっと、よくわかんないけど、流そうと思って。後で折り返そうかな、って」
「流すってなんだよ」
「そうだよ。引っ張れよ」
「引っ張るってなんだよ」
「流し打ちじゃなくて、引っ張れ、ってことだよ」
「訳わかんねーよ」
冷静に振り返ると、おそらく、久々に会った同級生と笑い合っていて、しかもB子さんとF子さんの話で盛り上がっていた時に、F子さんとまともに話せる気がしなかったのだと思う。
きっと、同級生で話している時の自分の顔、あるいは声と、F子さんと話す時の自分の顔や声は違っていて、それを切り替える自信がなかったのだろう。
「F子さんって、本当に押しが強いんだ」とK吉がつぶやいてから、この店の名前を冠した巻き寿司がちゃぶ台に運ばれてきたので、みんなで一斉に箸を伸ばした。

「久々に会って楽しかったね、Z君」
地元から関東に戻った僕は、Z君と再び電話をしていた。
居酒屋でみんなと会ってから、10日後の月曜日だった。
またしても色々と話したい出来事があったので、Z君に聞いてもらうことにした。
「そうだな。あそこで、F子さんの電話を取らなかったことが、いまだに衝撃だよ」
「しょうがないよ。流したかったんだ」
「その後にちゃんと電話、したのか?」
「いや、その日は眠かったからやめたわ」
「眠いって・・・睡眠欲に負けたのね。W男らしいけども」
「次の日の昼、電話したよ」

F子さんは、どうやら仕事の件で相談したかったらしい。
インドの中学生のサッカーチームが大阪に遠征しにくるので、その引率をお願いされたとのことだった。
ただ、インド人を相手に仕事をするのはF子さんにとって初めてだったので、同僚にインド人エンジニアが多いと話していた僕から、何かアドバイスがないか聞きたかったという。
あの居酒屋で電話に出なくて良かった、と胸を撫で下ろした。
脳の使う部分が違いすぎて、とてもまともに話せなかっただろう。

「へえ、W男、インド人がお得意様なのか」
「なんか、キャリアアップを目指して行ったら、いつの間にかインド人に囲まれていたよね。最初は嫌な思いをしたりしたけど、よく見たら純粋な人たちばかりで、今は好きだな」
「それじゃあ、先輩としてF子さんに色々教えられたんだ」
「まあ、多少は」

F子さんは、「ありがとう、すごい参考になった」と嬉しそうに言ってくれて、僕も嬉しくなった。
これで電話も終わるかな、と思ったところで、F子さんが「あの・・・ダメもとで聞くんだけど」と話を切り出した。
「え?」
「再来週の火曜日、大阪でサッカー日本代表の試合があるんよ」
「ああ」
「そこに、インドチームを連れて行くんよ」
「へえ」
「でね、チケット余ったから・・・観に来たりする?」
「えええ?」

「えええ、マジかよ、もうF子さんとタメ語で話してんのか」
「そこかよ! 日本代表の試合観戦にお呼ばれしたんだよ。マジでビビったわ」
「やべーじゃん。ここでサッカー大好きでフットワークの軽いW男くんは、あれだろ、『大阪なんて、インドに比べたらすぐそこなんで、すっ飛んで行きますよ』とか言うんだろ」
「まあ、そんな言い方はしなかったけど、『ありがとう、有給取って行くよ』って答えたよ」
「有給とんの? やべーな」
「こういう時のためにあるだろ、有給って。だから明日、大阪に行ってくるわ」
「明日? すごい、急展開だな」
「なんかねー・・・F子さんだと、こういう予期しないことが急に起きるんだな、って思ったよね」
「へえ」

サッカー好きとはいえ、自分が日本代表の試合を現地観戦することは、あまり考えたことすらなかった。
チケットが入手しづらいだろうし、値は張るだろうし、スタジアムは混むだろうし、一緒に行くような連れはいないし。
でも、そんな想像もしてなかったことが、いきなり舞い込んできた。
結婚相談所に登録して良かった、F子さんとトライアル交際YESにして良かった、インド人と働いてきて良かった。
過去の自分の決断に感謝したい思いだった。
「趣味や仕事を犠牲にしても、結婚相談所に登録すればこういうこともあるぞ」とK吉やG也に言いたくなった。

「B子さんの方は、何か進展があったのかい」とZ君が聞いてきた。
「そうだね。Z君との前回の電話から、合計3回会ったよ」と僕が話を始めた。
まず、カラオケの時に約束した、水曜日の仕事後にご飯を食べてから散歩、を無事に楽しく遂行した。
軽めの夕飯を食べてから、夜景を楽しみながらおよそ3キロほど歩いた。
最初のデートの時と同様、臨機応変に行き先を変えながら一緒に楽しめたことが嬉しかった。
仕事後に3キロ歩いたにも関わらず、B子さんは相も変わらず元気そうだった。
帰りの駅に向かって歩いている時、翌週の火曜日、春分の日に会うことを約束した。
ただ、何をするかは決めていなかった。
「何しよう」とつぶやいた。
新聞博物館や夜の散歩など、B子さんとやりたかったことを何個か終え、すでにアイディアが尽き始めていた。
「私、岩盤浴に行きたいな」とB子さんが言った。まるで、喉がカラカラで水が欲しいような言い方だった。
「岩盤浴?」と僕が驚いた。

「岩盤浴?」とZ君が驚いた。「スーパー銭湯とかに入っているやつだよね。え、これ、何回目のデートだっけ。4回目? 早くない?」
「あー、確かに、よく考えたらそうかもしんないな」
「っていうか、デートって言っても、一緒に入るわけじゃないでしょ? 離れ離れになるじゃん」
「温泉は離れ離れだけど、岩盤浴は浴衣を着て入るから一緒だよ」
「ああ、そうだったか。ってか、浴衣って! 色々とはだけたりするだろ」
「それどころか、化粧も落ちるから、すっぴんだよね」
「そうじゃん、すっぴんじゃん! すごいな、B子さん。いくら岩盤浴行きたいからって、結婚相談所で会っている男の人と行くもんかな」
「・・・言われてみたらそうだな」
「いつもバスケの後によく岩盤浴に行っていたのかな。知らんけど」
「まあ、B子さんからしても、『私の素を見てみなよ』みたいな感じがあるんじゃない?」
僕は言いながら笑ってしまった。B子さんがそういう風に考える訳がないと思いつつ。
「自信満々だな。B子さん、急に勝気なキャラじゃん」とZ君はふざけて言った。
「まあ、そんな深く考えてないよ、きっとB子さんは。岩盤浴行きたいから行こう、みたいなさ」
「そんでW男も何も考えずに『岩盤浴? イイじゃーん』って言ったんだろ、どうせ」
「いや、俺は岩盤浴が何か知らなかったから、『岩盤浴ってなに?』って聞いたんだけどさ」
「なんじゃそりゃ」

僕たちはスーパー銭湯に到着してから、まず別々で温泉に入り汗を流した。
それから浴衣を着て合流し、5種類ほどある岩盤浴の部屋の中から、空いているものから順に入っていった。
小さい石の上に雑魚寝のように寝そべる部屋だったり、天井がプラネタリウムになっているドーム状の部屋だったり、様々なものがあった。
どれも会話は厳禁だった。岩盤浴初心者としては、大の大人が集団で静かにじっと寝そべっている風景を見るのは異様だった。
また、いつもB子さんとは喋ってばかりなので、ただじっと横にいるのが不思議な心地がした。
最初の部屋で、「しばらく経ったけど、もしかして、B子さんはもう部屋から出たいのに、俺がもっと居たいと思って遠慮してるのかな」と急に不安になり「そろそろ?」とささやき声をかけたら、「え、もう少し居たい」と言われたりした。
ただ、だんだんとタイミングがわかってきて、目配せや頷きだけで一緒に退出したりするようになった。

充分汗をかいた後、スーパー銭湯の中にある居酒屋風レストランで夕飯を食べた。
2人でビールを飲んだ。次の日が仕事だと大体アルコールを避けるのだが、喉の渇きで今日はブレーキが効かなかった。
スーパー銭湯内のレストランにも関わらず、食事メニューの選択肢がかなり広くて、和洋中韓、色々なものを頼んだ。
中でも、珍しい韓国料理メニューがあったのを見てB子さんが嬉しそうに頼んでいた。
そこで僕は思いつき、「今度、韓国料理屋行きたいね」とふんわり言ったら、「行きたい!」とこれも嬉しそうに反応してくれた。

かいた汗をビールで補給したからか、酔いが回るのも早かった。
だんだんと話の内容が頭に入ってこなくなり、B子さんの目をじーっと見ていた。
化粧をしていないB子さんの目も、ぱっちり開いて素敵だった。
右目のクマが少し気になったが、逆に言えばそれくらいしか化粧で隠されていた部分は無いようだった。
両目にクマがうっすら出てきて、こめかみの周りに白髪も増えてきた僕よりも、きっと若く見えるかもしれない。
すっぴんを見てガッカリする、とはよく聞くことだが、B子さんのすっぴんは、化粧をした顔とはまた違う純粋な魅力を持っていて、僕は引き込まれた。

それからすぐに浴衣を着替えて帰る気にもなれず、2人で漫画喫茶コーナーへと向かった。
少女漫画のコーナーで立ち止まり、B子さんが読んでいたという漫画を手に取ったら、大きくて柔らかいクッションがちょうど二つ近くにあったので、その上に寝そべった。
ちょうどクッションの位置が縦にずれていたので、互いを向いて横になると、僕の目の前にB子さんの膝が来るような格好になった。
少女漫画のページをめくり、キャラクターの目がやたら大きいなあ、とか、文章が少ないなあ、とか思っていると、僕はまぶたの重さに抗えず、目を瞑って眠りに落ちた。
それから少し経って目を開いた。B子さんの顔の方を見ると、まだ熱心に漫画を読んでいた。
目の前を見ると、B子さんのひざとスネとふくらはぎが浴衣から見えていた
バスケで何度もジャンプを繰り返しているのが分かるような、そんな脚だった。
その中で、僕はなぜかふくらはぎに目を奪われた。
ああ、ふくらはぎか。
ふくらはぎ、手に取りたいなあ。
揉みたいなあ。
B子さんのふくらはぎ、揉みたいなあ。
岩盤浴で一緒に汗をかき、一緒にビールを飲んで、一緒にたらふく食べ、一緒に横になった。
きっと、ふくらはぎくらい揉んで良いだろう。
少なくとも僕の脳は、そう判断した。
寝転びながらそっと伸ばした手は、B子さんのふくらはぎに達した。
モミモミモミ。
ああ、柔らかい。すごく良い。
モミモミモミ。
僕は、天にも昇る気分だった。

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