#081 『ステータス』 娘に贈る99の言葉
社会的地位を手に入れることに憧れるのは、万国共通なのだろう。
ステータスをもっと上げたいと思って生きるのは、あたりまえのことなんだろう。
ステータスを上げようとすると、お金や名声が必要になる。
だから、人はお金持ちや成功者を目指すのだろう。
お金持ちの人が、成功者の証として、豪邸に住んだり、高級車に乗ったり、高級時計やアクセサリーを身につける。
社会的な地位が高い人間ですよ!とわかりやすく教えてくれる。
「あなたたちより地位が上の人間ですよ」とハッキリと教えてくれる。
ブランド物を買い続け、世界で何点しか入らないものを欲しがる。
ステータスを上げた人たちは皆、そういう階段を上がらなければならないのだろうか?
目立っているステータスの高い人たちしか見ていないから正しい判断ではないかもしれないけれど、社会的地位を目指す人のほとんどに私は憧れることができない。
それどころか、社会的地位が低くてよかったとさえ思う。
おそらく私のステータス(社会的地位)は普通。
ちょうどいいと思っている。
社会的地位が上の人のような影響力も権力もないから、結構自由だしね。
ステータスが高い人には高い人なりの言い分があると思う。
社会的地位が高い人たちによって国は守られている部分もあるから、尊敬している部分も多い。
ただ、ステータスが高いからといって、幸福度が高いとは限らない。
社会的地位が高いからこそ大変な思いをされている人たちもいるってことは覚えておきたい。
ステータスは人を狂わせる部分もあると思う。
私よりはるかにステータスが上の人が、まだ上のステータスを目指して、まだまだと突き進む姿は、もはや憧れることもできないほど苦しそうにしか見えない。
当事者じゃないから偉そうなことは言えないが、ステータスが高くても本当に求めていた幸せはないことだってあるんじゃないかな。
社会的地位がなくて苦労することは多いけれど、社会的地位があるからこその苦労もあるから、見た目の派手な部分だけ見て憧れるのはやめたいね。
ステータスは目指すものではなく、自分らしく生きていたらおのずと自分に与えられるものなんじゃないかな。
本当にステータスの高い人は、人の目に触れるところには出ないだろうしね。
憧れるなら、真のステータスを持っている人にしたほうが良さそうだね。
2023.12.29
ばたち
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