見出し画像

自分史コラム 10年目に語られる「希望」

人類史上、同じ自分史は2つとしてない

私は自分史活用アドバイザーとして、これまで多くの人に自分史講座で「自分史に一つとして同じものはなく、生きた人の数だけある物語です。」とお伝えしています。

ただ現実は幸せな自分史の人ばかりではなく、幸せじゃないと思う人のほうが多いのかもしれません。

そうしたことも踏まえたうえで、私はさらにこう伝えています。
「それを無理に受け入れる必要はなく、ただ向き合うだけでよいのです。それをどう解釈して未来に活かすか、それが大事なのです。過去は変えられないけども、未来は自分の在り方次第で変えられるからです。」と。

もちろんそれは簡単なことではないとも思います。しかしそう思わなければ、生きる気力や前向きな気持ちをどう持てばいいんでしょうか。
 
私自身、本当に長い間なにかが満たされず、自分のいのちを生きている実感がない期間がありました。

あとから振り返ってみて、それは、世の中の不条理や、自分のありたい姿のようなものに目を伏せたまま、自分だけが「経済的に幸せになること」をめざしていたことが理由だと思います。

しかし2011年3月11日に起きた東日本大震災での原発事故をきっかけに、私は自分の過去に向き合い、そこから自分の本当にありたい姿になるために、思うことをSNSで発信したり、実際に行動に移し始めました。

なぜそうだったのか、は自分の生い立ち(本コラム「カルマと向き合うこと」)に関係があったからなのですが、それに目覚めた私は、周りにどう思われるかとか、自分の仕事がどうなるかなどほとんど考えもせず、無我夢中に自分の生きることに集中したのです。

そして気がつけば、私の周りには信頼できる友人らばかりになっていました。お金はそんなにないけれども、いま私は心から幸せで豊かな生き方をできていると言えますし、さらにそういう仲間を増やしていきたいという思いが強くなっています。

私のように、10年前のあの日に生き方、あり方、自分史を変えた人、変えざるを得なかった人はたくさんいるでしょう。

前置きが長くなってしまいましたが、今日はそんな一人の女性を紹介したいと思います。

大震災からきっかり10年目の2021年3月11日、「わかな十五歳 中学生の瞳に映った3・11」という一冊の本が発売されました。
著者は2011年3月11日福島の中学の卒業式で震災に遭遇したわかなさんという女性。彼女が十年を経ていま語る自分史を読み、感動と同時に、大人として気持ちが引き締まる思いに包まれました。

中学卒業式に起きた原発事故 激変した少女の自分史

画像1

この本は、原発事故を通じて見えてきたさまざまな軋轢や葛藤という試練を乗り越え、力強く成長してきた一人の女性の自分史であると同時に、原発事故がどれだけ人類にとっての災厄なのか、データとともに解説されている貴重な資料です。

2011年、養護教師という目的のため猛勉強のすえ志望高校に合格した著者のわかなさん。明るい未来にむけて中学校を卒業した日に起きた原発事故により彼女の人生は一転します。
放射能を避けるため山形県に移動し避難生活をはじめたことにより、家族のあいだに軋轢がうまれただけでなく、高校も転校せねばならないことに。
 
その後、心身を病み、一時期は自殺する寸前までいったそうです。
小学生のときから「自分はなんのために生きているのか」と考えるほど早熟で多感だったわかなさん。
避難生活を通じてそれまで自分が信じてきた大人たちや社会への不信、やり場のない怒りが、彼女をそこまで追い込んでしまったのです。

しかしtwitterを通じて北海道の原発に反対する人たちと交流するようになり、その誠実さや優しさに救われた彼女は、高校二年のときに北海道への移住を決意。
それを目標にひたすら頑張り、短大二年のときに両親の反対を押し切ってひとり移住、自立して生きることをはじめます。

この本はそうした激動の自分史のなかで彼女が感じたこと、社会に伝えたいことや問いたいことが、素晴らしい文章力で綴られています。
彼女はこれまでも自身の体験を、講演活動などを通じて語ってきたそうですが、この本にはそれだけでは語り尽くせなかったであろう、思いのこもった言葉が散りばめられています。
また各所に振られたふりがなに、いま生きにくさを感じたり、死にたいと思っている子どもたちを励ましたいという彼女の願いが感じられ胸を打ちます。

「福島原発事故とはなんだったのか」を知るために

またこの本には、放射能の測定活動や子どもたちの保養をしている方のコラムやデータ解説なども掲載されています。
多くの人の人生を狂わせ、今も続く福島原発事故とはなんだったのか。
この本は、10年経ってあたかも収束したように見せられている原発事故の真実を改めて知る資料でもあるのです。

ご存知の方もいるかと思いますが、10年経っても爆発した原子炉のなかには未だに人が近づくことができません。
生活の営みを突然奪われた人は、全国で幸福権や生存権をかけて訴訟を続けていますが、未だその権利は認められていません。
除染され、取り除かれたと報道される放射性物質は、現実的に各地の土壌にまだ残っています。オリンピックの聖火リレースタート地点となったJビレッジでも、市民による測定でかなり高い数値の場所が実際に測定されているのです。

さらに先日発表になった、高濃度汚染水の海洋放出問題。
これまでのセシウムなどだけでなく、ストロンチウムやトリチウムといった、まだ人類が直面していない放射性物質の影響も検証しないまま、世界の海に汚染水を流そうとしています。

このように全てにおいて未来にそのツケを回すだけの日本政府と電力会社は、極めつけになんと40年以上経った老朽化原発をどんどん再稼働するという信じられない方針を打ち出しているのです。
 
この本を読み、私をふくめ多くの大人たちが社会的な矛盾に目をむけず、安穏とただ日々を過ごしていること、自分だけの都合で生きてきたことが、結果として原発事故という社会的人災を起こしたのだという、大きな自責と自戒の念が湧いてきます。

かといって、ただ黙って反省だけ、絶望だけしているわけにはいきません。
このままでは日本で必ず第二、第三の原発事故が起きますし、もし起きたら新たに膨大な犠牲者が出ることがわかっている以上、私たちにはやらねばならないことがまだまだあるのです。

彼女は文中でこう書いています。
「今私は、理想とする未来を実現できるかどうか、考えて悩むよりも、理想を描く自分に対して誠実に行動したいと思っています。自分の中にある希望を見失わずに、進んでいきたいのです。」と。

原発事故の現実についてあまり知らなかった大人、日々を絶望や不安のなかで生きている若い人、思春期のお子さんをもつ親御さんなど、ぜひ手にとって読んでほしいです。
一人でも多くの人に、自らの生命を全うし、明るい自分史を創造する勇気と覚悟が湧いてきますように。

ここから先は

0字
1.映画監督松井久子と読者との双方向コミュニティに参加できる。2.ワークショップ(書くこと、映画をつくることなどの表現活動や、Yogaをはじめ健康維持のためのワークショップに参加できる)3.映画、音楽、アート、食と暮らしなどをテーマに一流執筆人によるコラム。4.松井久子が勧めるオンライン・セレクトショップ。

鏡のなかの言葉(定期購読)

¥1,000 / 月 初月無料

映画監督松井久子が編集長となり、生き方、暮し、アート、映画、表現等について4人のプロが書くコラムと、映画づくり、ライティング、YOGA等の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?