自分史コラム 人の自分史に励まされた
この世の中、多くの人が「できるなら他人の役に立ちたい」とか「他人を元気づけてあげたい」ということを漠然とでも考えているんじゃないかと思います。自分はそう思いたい。
ただそうは言っても、それを狙って実現するのは簡単じゃありません。
なにより自分自身に、その思いや状況などを含めた準備がないといけないし、それを相手が感じ、受け取ってくれるかどうかだって分からないから。
そんな私は先日、あるご夫妻に、心から励まされました。
もちろんそのご夫妻はそんなことを狙っていたわけではありません。
しかし、想像できないような苦しみを乗り越えて強く明るく生きる姿に、本来なら励ます側の私が励まされたのです。
今日は私が体験した、そんな自分史の1シーンについて書きたいと思います。
幸せなふたりを突然襲った悲劇
友人の写真家 川名マッキーさん。
「家族の肖像」という素晴らしい写真撮影サービスや、外車メーカーのカタログ、かわいらしい動物の写真などを撮影されてきた、横浜で大人気のフォトグラファーです。
数年前には相撲部屋での稽古に私を誘ってくれたり、横浜市の金沢工業団地で開催された「会社まるごとギャラリー」というアートプロジェクトのときに公募のモデルに選ばれた私を撮影してくれたりしたのです。
そのマッキーさんが、昨年6月30日、脳出血で倒れたと奥様のあきこさんのFacebookで発見し、衝撃を受けました。
「あんなに元気に活躍していたマッキーさんが!?なぜ!?」
マッキーさんは一命をとりとめたものの、右半身に大きな障害が残り、その後半年間の入院生活を始められたそうですが、コロナ禍の折、ご家族のことを思うと、メッセージで状況をお聞きすることすらためらっていました。
しかし9月3日、あきこさんはその日の状況を記述したnoteを開始されました。許可を得て転載します。
またあきこさんはその後、ご自身の投稿に加え、倒れて2ヶ月目にして少しずつ、少しずつ回復の兆しを見せているマッキーさんのメッセージを聞き書きで投稿する「マッキーからのメッセージ」も始められました。
ここで20回にわたり、ご自身の身体の状況や気持ちの変化、あきこさんやお友達、病院の方への感謝など、仔細にわたって様子を伝えてくれています。
右半身の麻痺よりなによりも、言葉がうまく話せないことが一番つらいとのことですが、書かれている内容は至って冷静で、前向きなものが多いです。
しかし12月27日の投稿を見ると、すでに9月3日の時点で「元には戻せない。だったらそこから何をするか」と病院で宣告されたと記されています。
コロナ禍で面会もできない状況のなか、このメッセージが私たちと唯一の接点だったことや、ここには書かれていない10月、11月のお二人の絶望感を思うと、胸が締め付けられるような思いです。
しかしここからが彼の凄いところ。
入院してからわずか3ヶ月後の8月、慣れない左手でカメラを再び手にとり、写真の撮影を始められたのです。
さらに2020年の暮れに退院、2021年年初からリハビリセンターに通い始めるとき、すでにゴールデンウィークに写真展の開催を決めていたのです。
ついにふたりに再会
そして訪れたゴールデンウィーク。
写真展「破壊と創造」開催の知らせを受け、気持ちのいい五月晴れのなか、横浜山手の高台にあるステキな古民家のフレンチ懐石「此のみち」に到着しました。
開催にあたり、マッキーさんはこの写真展のタイトルについてこう語っています。
「倒れる直前に撮った【記憶】、倒れてから三ヶ月後『カメラを持ちたい』という気力だけで撮った【破壊】、そして退院前後に撮った明るい兆しの【復活】、そして今の自分を見つめた【創造】。人生の大きな分岐点に、左手でカメラを持ち、左指でシャッターを押し、何かを写したのです。」
先に行った友人の話では、広くて立派な会場がこのテーマにもとづき4つのスペースに分かれ、写真が展示がされているとのこと。
よく知っているとはいえ、倒れる前もかなり長い間会わなかったおふたりに、どういった言葉をかけていいのか、私はちょっと緊張していました。
芳名帳には、横浜の友人知人の名前が多数記されており、いかにふたりが慕われていたかが分かります。
入り口でまずあきこさんに再会。
想像できない苦悩や絶望を乗り越えて、この日を迎えたあきこさんの顔はとてもスッキリとしていました。
「大変だったでしょう…」などという私のトンチンカンな質問にも明るく答えてくれる彼女の笑顔に「本当の意味で強いってこういうことなんだ」とまず感激。
そして日差しの明るい広間でついにマッキーさんと再会しました。
傍らに杖を置き、椅子に座っていた彼は、私らを見つけ、立ち上がって力強く「ありがとう」と迎えてくれました。
私は思わず歩み寄り、彼にハグしました。
入院前と比べると一回り痩せたけど、まぎれもなくそこにいたのは、絶望を乗り越え復活した以前のマッキーさんでした。
これまで生きてきて一番響いた「覚悟」
その後妻とふたりで彼の話を聴きました。
一番大変だったという構音障害(声を出す部位の障害)により、ちょっと聞き取りにくいところもありますが、しっかりと意味は理解できます。
そのなかで「写真展を開いて、たくさんの人に会うのはとても怖かった。でもこのままでいたらなにも変わらないと、ある時覚悟を決めたんだ。」という彼の言葉にハッとしました。隣の妻も涙を流しながら聴いています。
「覚悟」という言葉はたびたび聞いたり、時には自分も話したりしてきましたが、今回聞いたこの言葉ほど胸に響く「覚悟」はなかった。
心が引き締まるのと同時に
オレもこうして頑張っているんだから、君ならもっとやれるだろ!
と彼に強く励まされる思いを感じたのです。
お土産に大好きなシマエナガの写真集「豆大福が飛んで行く」のラスト1冊をゲット(今後は増刷予定、下記ECサイトで購入できるそうです)し、記念撮影をして会場をあとにしました。
コロナ禍で入院中はもちろん、リハビリの間もほとんど人と会えなかったであろうおふたり。
1週間の会期中、300人を超えるお客さんが彼らに会いにきて、その全員とこうした話をするのはどれだけ大変だったことでしょうか。
特に私たちは最終日1日前だったので、恐らく疲れのピークだったかと思われます。
しかしこの表情を見てください。
ふたりで力を併せて力強く生きていく「覚悟」と、それを決めたことによる輝きが感じられますよね。
その日の晩、あらためてこの写真を見て、私は素直にこのふたりを「とても美しい」と感じました。
これからも彼らは、二人三脚で、しかしそれぞれの自分史を生きていくことでしょう。
その一生懸命に生きる軌跡、つまり自分史が、他人の生きる励みになるんだと、彼らはその生き様で教えてくれました。
だからこの投稿が、いま何らかの障害にぶち当たっている人が、私が感じたように、生きる覚悟とか励みになってくれたらと、心から思います。
最後にあたり、この投稿を書くことを快諾してくれたマッキーさん、あきこさん、本当にありがとうございます。
許諾依頼のメッセンジャーにマッキーさんの「ありがとうございます。もちろんOKです!うれしいです!内容はなんでもOK、NGはありません。」という返事、あきこさんの「ありがとうございます!そう思っていただけるのが何より嬉しいです。」という返事に、あらためて信頼と愛情、覚悟を学ばさせてもらいました。
自分ができることなんて、こうして私が感じたことを書いて他の人に伝えるくらいしかできないけれど、これからもおふたりの自分史に励ましてもらいながら、なにかしらのお力になれたらと思っていますので、いつでも声をかけてください。
引き続きのお付き合い、よろしくお願いいたします。
追記:おふたりを応援するよ!といっていただける方、こちらのサイトからマッキーさんの写真が購入できます。彼の魂と愛がこもった作品をぜひお手元でご覧になってみてください。
クレジット及び文中の作品解説
写真:川名マッキー(集合写真以外)
作品解説:
生きろ。(猫)
今日は何かを訴えている。普段は人間のことなど無関心なはずなのに。こちらを向いてじっとしている。堂々とした風情を保ったまま、長い時間を見つめ合った。絶対に媚は売らない。まるで「生きろ。」と言っているようだった。この子はわが家のすぐ横のお弁当屋さんの看板猫。そのまた隣りは開運印鑑の風間印房さん。明日、天気が良かったら挨拶に行ってみよう。
Nikon D500
AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR
ISO800、f/5.6、1/640
不自由である自由
Inconvenient freedom
今の自分に撮れるものって何? 今の自分にしか撮れないものって何? そう、それは今の自分自身。補装具を付けただけの裸の自分。誰にも邪魔されずに、じっくりと向き合えるはず。ひとりきりで、時間に束縛されずに、好きなように。不自由である自分の身体は、今、僕だけの自由を手に入れたんだ。
Nikon D850
AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G
ISO64、f/10、1/200
草
杖をついて苦手な歩行練習をしたバルコニー。夕方の光と風が心地よいバルコニー。そのバルコニーはくたびれていて、アスファルトはあちこちがめくれ上がっている。そこに根を張った植物が、芽を出し、葉を伸ばし、復活から創造へと羽ばたく象徴に見えたのだ。
iPhone 8
※プロフィール及び上記3作品はすべて退院後に撮影
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