【#7】A:地域エコシステム-燕三条の同業者間連携の変遷
新年あけましておめでとうございます。
2023年も皆様にとって良い年となることを、心から願っております。
本年もぜひ記事を楽しんでいただきますよう、よろしくお願いいたします。
さて少々間が空いてしまいましたが、前回記事#6では、
燕三条の地域の先天的要因から導き出された産業クラスターの成功要因の仮説
その仮説が現代においても成り立っているかどうかを検証する
独自のフレームワーク
を論じてきました。
今回の記事では、検証フレームワークの一角をなす「地域エコシステム」について、特に、燕三条の金属加工産業の最大の特徴である「同業者間連携」について、紐解いていきたいと思います。
燕三条における同業者間連携のあり方の変遷
燕三条の金属加工産業は、戦後から高度成長期を経て、プラザ合意・バブル経済崩壊前までの時期と、バブル崩壊後から現代に至る時期とで、産地において主体となる最終製品、産地におけるビジネスモデル、同業者間連携のあり方を大きく変容させてきました。
まず、プラザ合意・バブル経済崩壊前(1990年前後まで)は、国内外の金属洋食器・金属ハウスウェアの需要が全盛であり、燕三条は世界的にも有数の金属洋食器・金属ハウスウェアの産地として大きな発展を遂げました。この1990年くらいまでの時代を「金属洋食器・ハウスウェア全盛時代」と呼ぶこととします。
次に、プラザ合意・バブル崩壊後は、国内需要の低迷、急速な円高の進行、中国など新興国産の安価品の台頭により、燕三条における金属洋食器・ハウスウェアの需要が低迷期を迎え、燕三条における金属加工産業企業は、徐々に主力業態を、BtoBビジネス(金属部品製造、金型製造)にシフトしていきました。この1990年代以降の時代を「BtoB部品・金型中心時代」と呼びたいと思います。
金属洋食器・ハウスウェア全盛時代における同業種間連携のあり方
金属洋食器・金属ハウスウェアは、主に大衆向け(BtoC)の商品であり、製品の種類やデザインは、定番のものが長期間にわたり大量に使われるという特色を持ちます。また、普段の生活の中で日常的に使用される「最寄品」に近い存在であり、それほど高額ではなく、顧客の趣向に応じた付加価値が生じる商品特性ではありません。
故に、この金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代における顧客のKBF(Key Buying Fuctor)は、「良いものをより安く安定して大量生産する」ことであり、産地におけるKSF(Key Success Fuctor)は「大量生産・規模の経済によるコストダウン、それを生み出すためのコストリーダーシップ戦略の実現」であったと言えます。
このKSFの充足をするため、燕三条では地域内に近接した専門企業同士が加工製造工程の棲み分けを行い、地域全体で工程分業を行う「製造ライン型連携」による垂直統合を、産地におけるビジネスモデルとして確立していました。
この形態における、燕三条の集積メリットは以下です。
リードタイム、輸送コストの減少
各工程に各社が特化することによる品質安定・不良減少
工程にボトルネックが生じた場合の代替・補完可能性
また、工程間の分業については一般的に最終製品を市場に販売する問屋・商社が分業体制の組織化を行う場合が多く、この時代においてはビジネスマッチングを専業的に行う、いわゆる「プラットフォーマー」機能の必要性は薄かったと考えられます。
BtoB部品・金型中心時代における同業種間連携のあり方
金属加工部品や金型のBtoB商材は、BtoBの顧客の最終製品(例えば自動車、家電、産業機器など)の品質・性能に影響を与える場合も多く、金属加工の技術レベルは高精度なものを求められることが多いです。また顧客の最終製品は定期的なモデルチェンジが図られるため、金属加工部品や金型は、金属洋食器やハウスウェアと比較して、短期間で製品ライフサイクルが終了するという特徴を持ちます。
故に、BtoB部品・金型中心時代における顧客KBFは、「他社の差別化ができる、高精度の部品を、モデルチェンジの都度に合わせてほしい」であり、産地におけるKSFは「製品ライフサイクルにより都度変わる新しい部品要求技術に対応し、高付加価値を追求した差別化戦略の実現」であると言えます。
このKSFの充足をするため、燕三条では、BtoB案件で都度変わる高難度の技術要求に応えるべく、受注案件に応じて柔軟に外注連携相手を組み替える「ソリューション型連携」を、産地におけるビジネスモデルとして確立していきました。
この形態における、燕三条の集積メリットは以下です。
技術要件のすり合わせのしやすさ
技術バリエーションの多さ
技術交流・共同研究
大量受注時の共同受注対応
また、ソリューション型連携のビジネスモデルを産地として成立させるためには、製造ライン型連携とは異なり、要求技術に対応する企業をマッチングさせる「プラットフォーマー」の存在が必須となります。
この場合のプラットフォーマーとは、燕三条地場産業振興センター、磨き屋シンジケート(燕商工会議所)、ファクタリウム(燕市)などが該当します。
主力産業が変遷しても同業者連携のあり方を変化させてKBF、KSFを満たし続けた
以上のように、1990年前後を境に「金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代」から「BtoB部品・金型中心時代」へと、時代背景と共に産地における主力産業が大きく変遷してきました。
しかし、主力産業が変遷しても、燕三条における同業種間企業連携のあり方、産地型産業クラスターとしてのビジネスモデルを変化させることで、変化するKBF、KSFを産地全体で満たしてきました。
そして、燕三条に立地する各企業にとっては、主力産業の大きな変遷に直面しつつも、同業者連携の恩恵を享受できる燕三条の地がアドバンテージとなり続け、多くの企業が燕三条の地での事業継続を選択したこととなりました。
これが、燕三条の産地型産業クラスターのエコシステムがサステナブルに発展してきた主要因であると考えられます。
同業者連携の成立要因と、地域の6つの資本との関係
金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代
ここでは、金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代において、燕三条の産地型産業クラスターがなぜ地域における分業制(製造ライン型連携)を構築するに至ったのか、その理由を考えてみたいと思います。
前述の通り、金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代におけるKSFは、大量生産・規模の経済によるコストダウン・コストリーダーシップ戦略です。この場合、資本主義社会においては、特定の資本力のある企業が全製造工程における積極投資を行い、垂直統合を実現することで、個社による規模の経済・コストダウンを実現し、競合他社の駆逐および市場の寡占化が行われるような競争原理が働くのが一般的であると考えられます。
しかし、燕三条ではそのような状況は生まれず、各中小企業が製造の一工程を担当し、燕三条地域全体での製造ライン分業を行う形態が成立するに至りました。その理由は一体何だったのでしょうか?
私たちは、燕商工会議所 所長の高野雅哉氏へのインタビューに基づき、その理由を下記の通り分類し、当時の燕三条地域の「資本」の制約条件との関連性を考察しました。
【1.工程環境の違い(製造資本の制約)】
重要な工程である「研磨工程」は、研磨の過程において「粉じん」が発生する。粉じんが作業環境内に充満すると、例えば同作業環境内にプレス加工が存在する場合、粉じんによるプレス加工の仕上がり劣化の発生が問題となる。よって研磨は他の工程と同一建物での実施はできず、別の建屋での作業を余儀なくされるため、投資負担が重くなる構造にある。
【2.大量生産体制の早期構築必要性(製造資本の制約)】
第二次世界大戦後、金属洋食器・金属ハウスウェアの需要が急増し、大量かつ早期に製品量産体制を構築する必要性に迫られたため、単独企業の一貫生産でまかなう時間的・物量的余裕がなく、おのずと分業となった背景があった。
【3.リスクの分散(財務資本の制約)】
各工程において必要となる技術・設備が大きく異なっており、当時小規模事業者が他工程に新規参入するにはリスクが存在していた。
【4.好況による財務安定(財務資本の状況)】
当時(昭和50年代くらいまで:バブル崩壊前まで)は仕事が豊富にあり、分業していたとしても一社一社が十分稼げており、分業体制の中でも連帯感があった。
以上のように、金属洋食器・金属ハウスウェア全盛時代において分業制となった背景には、製造資本・財務資本における制約が主にあったと考察されます。
また、製造資本・財務資本の制約に加え、先天的要因により燕三条で培われた「気質」についても、この分業制に至る根底に影響を与えているのではないかと考えられます。
【5.影響を与えた燕三条の「気質」】
● 新潟人の気質である「競争意識の低さ」
米・海産物が豊富に取れ、何もしなくても食べ物に困らない土地柄であるが故の「競争意識の低さ」が起因し、特定企業が競合を駆逐して大規模化を図ることなく、共存共栄の道を地域全体で選択したのではないかと考えられる。
● 燕人の気質である、「小さきもの連合の団結」
度重なる洪水被害、協力して治水した成功体験から、中小零細の企業同士が一致団結して、大きなビジネス機会に協働で取り組むことが当たり前である土壌が存在していたのではと考えられる。
BtoB部品・金型中心時代
プラザ合意・バブル経済崩壊を経て、燕三条がBtoB部品・金型中心時代に変遷しても、「ソリューション型連携」を、産地におけるビジネスモデルとして確立し、同業者間連携を成り立たせている要因について、燕商工会議所 所長 高野雅哉氏や、燕三条のものづくり企業へのインタビューを元に、燕三条の6つの資本との関連性も含めて、下記の通り考察しました。
【1.地域全体で顧客の技術要求レベルへの対応ができている】
(製造資本・知的資本・人的資本)
■ 試作品提供のスピードが速く受注につながりやすい
自社もしくは地域の他の企業が、過去の金型などを組み合わせて、試作をすぐにやってくれる環境にあるため、BtoBビジネスにおいてスピードと品質の両立が命の試作品提供において有利である。また、新潟県内に青海製作所のような、金属加工の試作専門業者も存在していることが強みとなっている。
■世界的にも希少な表面処理の専門業者の存在(磨き、メッキ)
最終工程で磨きを入れなければならない時に、高度な技術を持つ磨き専門の業者が豊富に地域に立地している。また、表面処理でメッキが必要となる場合もあるが、メッキ工程の場合、水質汚染・土壌汚染等の環境規制の問題により、東京や中国などにも専門業者が少ない傾向にある。その点、燕三条においては「高秋化学」など世界的にも高度なメッキ技術を持った専門業者が立地している。
上記のように磨き・メッキという高度な技術を持つ表面処理業者が近接して立地し、成形してすぐに表面処理に入れるため、不良削減(Q)、コスト抑制(C)、リードタイム短縮(D)というQCDすべてにおいて有利に働くというのが、燕三条の競争力の源泉となっている。
■技術の多様性が存在し、各社の得意分野がちょっとずつ異なる
燕三条の各企業において、得意技術がちょっとずつ異なっている。技術が完全一致で競合しないため、異なる加工技術を組み合わせながら一つの部品を作っていくことができ、同業者間で協働できる構造にある。
その多様な技術のすり合わせの結果、表面粗さが一桁くらい高い精度を実現できるようになり、それぞれの燕三条の企業が県外の大手顧客からの受注につなげていく好循環を生んでいる。
【2.生産キャパの分散化により、需要の急増に納期対応しやすい】
(製造資本)(社会関係資本)
■ 同業他社の保有技術をお互いが熟知しており、自社キャパがいっぱいでも製造可能な他社を紹介可能
「この研磨だったらこっちに聞いた方がいいよ」という会話がどこからでも聞こえる分業制の地域であるという共通理解がこの地に存在している。
■ 地場産センター・磨き屋シンジケートなどによる一括受注機能の存在
上記の機能がハブとなり、地域内外の空き生産キャパをかき集め、地域全体で受注の急増に対応することが可能
【3.特定顧客への依存度を下げたポートフォリオ経営を個々の会社が行っている】
(財務資本)
■各企業が特定顧客に依存せず複数の発注先から豊富に仕事がある状況
特定顧客への依存度を下げた経営が成り立っている。B2B案件の切り替わりにより、連携先の仕事が他に行ったとしても、わだかまりは生じない。
【4.つながる「場」の存在】
(社会関係資本)
■ 燕三条青年会議所などにおける交流
若手経営者にとって、燕三条青年会議所(JC)あど地域の他経営者とつながる重要な交流の場が多数存在している。
■ 「燕三条ものづくりメッセ」 など共同展示会の存在
例えば、燕三条ものづくりメッセは、地域内外に非常に好評なイベントであり、出展者において大きな成果が出る場所となっている。ただし、来場者は毎年5000人くらいで、特段多くの来場者が集まるわけではないが、外向けのビジネスマッチングが中心というよりも、出展者同士で見積もり依頼・受発注できる「場」となっている。そういった「場」の存在により、連携がよりしやすい状況となっている。
■プラットフォーマーの存在(磨き屋シンジケート・ファクタリウムなど)
ビジネスマッチングや場づくりを行う存在が豊富に存在している。
以上のように、BtoB 部品・金型中心時代の同業者間連携においては、製造・財務資本に加え、人的・知的・社会関係資本の存在が大きな役割を果たしていることが考察されました。
また、上記に加えて、BtoB 部品・金型中心時代の同業者間連携において、6つの資本に分類できない要素が、成功要因の根底に影響を与えていることを、地域の方々とのインタビューを通じて把握した。
【5.6つの資本では分類できない要素】
■仲間との絆
藤原商店(燕市の金属スクラップ業、プレス業)の藤原社長は、「この地の特徴は仲間とのつながりの強さ。仲間の絆。先代たちからの絆もある。全然違う業態同士でも仲がいい。こんなんできない?の紹介がつながっていくようなネットワークができている。外から見ても燕三条は変わっていると思う。」と語っている。
「この地域では、社長同士のつながりの強さはもちろん、専務・常務レベル、その下の社員レベルでのつながりが強い」とも語っている。
その背景には勿論JC(燕三条青年会議所)や地域団体などの活動など「社会関係資本」が影響しているが、それだけでは説明できない長い時間軸で培われた、心の奥底での他者との深いつながり、言語化できないような無意識レベルでの連帯感が感じられる。
■共通の「誇り」の存在
エステーリンク(燕市の産業機器製造、プレス業)の齋藤隆範社長は、「同世代でオープンマインドが芽生えている。地域のブランディングを強くして世界にアピールすることで、大きな案件を地域全体で獲得し、地域の高い技術を世界に訴求していこうという共通意識がある。」と語っている。
また、燕商工会議所の高野雅哉氏は、「より良いものを作りたいという共通価値観がこの地にはある。中国など安価品との国際競争において、絶対いいものを正直に作ることで地域のものづくりを守っていこうとする空気がある。」と語っている。
根底にあるのは、この地のものづくりに対する「誇り」が共通認識として息づいていると考えられる。
■燕三条の「気質」
金属洋食器・金属ハウスウエア全盛時代の分業に関する考察と同様に、
穏やかで競争心がなく、地元愛が強く、困難において助け合う新潟県人としての気質が影響している。また、特に燕においては、水害・治水を共に乗り越え、弱い者同士で団結しようとする、燕人の気質が、同業者連携の成功要因の根底にあると考えられる。
同業者連携の具体的成功例 ツインバードのワクチン保冷庫
燕三条における同業者連携の具体的な成功事例として、2020年の株式会社ツインバード(燕市)が、新型コロナウィルス対策としてワクチン早期接種を目指す日本政府(厚生労働省)と武田薬品工業からの依頼を受け、燕三条の中小企業との連携により短期間で開発・納入した「ワクチン保冷庫(SC-DF25 ディープフリーザー)」の事例が挙げられます。
低温運搬・保管が必要なコロナ用ワクチンに関して、当時、国内におけるワクチン供給面でのボトルネックが生じていた状況の中で、ツインバード社によるワクチン保冷庫の短期間での開発・納入の実現は、国難を救った偉業と各メディアから賞賛されました。
株式会社ツインバードの2021年統合報告書では、以下のような記述にて、ワクチン保冷庫の当時の開発・生産状況について語っています。
また、株式会社ツインバード ソリューション部 江部明弘氏は、インタビューにて以下のように語っています。
以上の資料や言及より、今回のツインバードおよび燕三条地域の中小企業・職人の連携によるワクチン保冷庫開発・納入の実現は、第一に、燕三条地域における6つの資本に分類される要素が結集した結果であると言えます。具体的には、以下の通りです。
ツインバードおよび燕三条における製造技術・ノウハウ(製造資本・知的資本)
思い切った設備投資・開発投資(財務資本)
燕三条中小企業との日ごろの取引関係(社会関係資本)
地域の職人の存在(人的資本)
しかしながら、上記に加えて、6つの資本では説明できない
どこにも負けない伝統の技術 という「誇り」
世の中の劇的な変化を不死鳥のように幾度となく乗り越えてきた歴史から影響を受けた「気質」
地域がワンチーム、職人技術のネットワークと地域の協力という「絆」の概念
も同時に大きく作用し、今回の偉業につながっていることは明らかであるといえます。
さて、いかがだったでしょうか?
燕三条の地域エコシステムの根幹をなす同業者間連携は、主力産業の変遷を経ながらも連携のあり方を変化させて、ビジネスのKBF、KSFを地域全体で満たすことで他地域・他企業との競争に打ち勝ってきたこと、そしてその背景には地域に存在する資本が大きく影響していたことを、具体的事例と共に紐解いてきました。
次の記事では、地域エコシステムの同業者連携以外の外側に存在する、産学官連携や地域住民・移住者・観光客との関係性についてほりさげていきたいとおもいます。
Team想 髙橋佳希
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