言いたいこと分かるよな!…分かるわけない!!
コミュニケーションにおいて、相手に何を伝えたいのかを明確に伝えることは、良好な人間関係や職場環境を築くための基本です。
しかし、日本では「言わなくても伝わる」と考える傾向が強く、これがコミュニケーションのズレや誤解を生むことがあります。
これは、ローコンテクスト(低文脈)文化とハイコンテクスト(高文脈)文化という視点で理解することができます。
ローコンテクスト文化では、言語そのものが多くの情報を伝える手段として機能し、すべてを明確に言葉にすることが求められます。
一方、ハイコンテクスト文化では、背景や状況、暗黙の了解が大きな役割を果たし、言葉にされていない情報が重要とされます。
◾️ ローコンテクストとハイコンテクストの違い
ローコンテクスト文化では、伝えたい内容をすべて言語化し、直接的に伝えることが基本です。
例えば、アメリカやドイツのような国々が該当し、ビジネスの場では「分かりやすさ」や「正確さ」が重要視されます。
曖昧さを避けるため、具体的な指示や説明が常に求められるのです。
一方で、ハイコンテクスト文化では、言葉にしなくても相手が理解することを期待します。
日本はこの文化に属しており、状況や関係性、過去の経験に基づいて相手が自ら気づくことが重要とされます。
そのため、「言いたいこと分かるよな?」という表現は、言葉にされていない部分を読み取ることが前提になっています。
▶︎ 日本がハイコンテクスト文化である理由
日本がハイコンテクスト文化に分類されるのは、主に歴史的、社会的な背景に起因しています。
日本社会では、長い間、集団主義が重んじられてきました。
個人の意見や主張よりも、調和や集団の利益が優先される傾向が強く、これがコミュニケーションの特徴に大きな影響を与えています。
まず、日本は農耕文化を基盤とする歴史を持ち、共同体での協力が必要不可欠でした。
そのため、集団内での暗黙の了解や共通の価値観が強く根付いており、言葉にしなくても状況や関係性に基づいて相手の意図を察することが重要視されてきました。
「阿吽の呼吸」のように「空気を読む」文化は現代の職場でも顕著で、相手が言葉にしなくても何を考えているかを理解しようとすることが期待されることが多いです。
また、日本語自体がハイコンテクストなコミュニケーションを促す言語です。
敬語や婉曲的な表現が多く、相手との関係性や文脈によって意味が大きく変わるため、直接的な表現を避け、曖昧な言い回しが使われることがしばしばあります。
このような言語の特徴も、日本のハイコンテクスト文化を形作る要因の一つです。
さらに、日本は比較的同質的な文化を持つ国であり、長い歴史を通じて価値観や習慣が共通しているため、個々の間での「理解の前提」が多く共有されていることも特徴です。
そのため、あえてすべてを説明せずに暗黙の了解を期待することが、コミュニケーションの基本になっているのです。
◾️ 心理的安全性とコミュニケーション
心理的安全性を高めるためには、明確で開かれたコミュニケーションが不可欠です。
しかし、ハイコンテクスト文化では「言わなくても分かるはず」と期待する傾向があり、その結果として意思疎通のギャップが生じることが多いのです。
相手が本当に理解しているかどうかを確認することが少なく、「言いたいことが伝わっている」と思い込んでしまうことが多々あります。
このようなギャップを埋めるためには、特に職場においてはローコンテクスト的なコミュニケーションの重要性を再認識し、「言わなくても分かるはず」という前提を手放す必要があります。
▶︎ 「きっかけ言葉」の重要性
その一環として、「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」の活用が効果的であることが知られています。
* 「きっかけ言葉」
相手に具体的な行動を促すための言葉であり、「〜してください」など、分かりやすく明確な指示が含まれるものです。
心理的安全性の高い環境では、スタッフが行動しやすくなるように「背中を押す」ような言葉かけが重要です。
「新しいプロジェクトを進める際に、この部分のリサーチを手伝ってください」といった具体的な依頼をすることで、相手は何をすべきかを理解しやすくなります。
一方、明確でない言葉かけは、行動を促すのが難しくなり、心理的安全性を損なう可能性があります。
例えば、
「いい感じでやっておいて」や「なんで終わっていないの?」といった抽象的な表現は、相手を萎縮させ、結果としてコミュニケーションのギャップを生むことがあります。
詳しくは、こちらの記事をご参照ください。
◾️ 心理的安全性とローコンテクスト
心理的安全性を高めるためには、職場でのコミュニケーションが明確で、誰もが理解しやすいものである必要があります。
ローコンテクスト文化においては、言葉そのものが伝えたい情報の中心であり、言語化された内容が曖昧さを排除し、誤解や不安を生じさせない環境を作り出します。
特に、心理的安全性を構築するためには、ビジョンや仕事の基準をはっきりと伝えることが重要です。
▶︎ 生み出されるモノ
全員が同じ方向性を共有できる
ビジョンや目標、期待される基準が明確に伝えられることで、チーム全員が同じ方向に向かって動くことができます。これは、曖昧なコミュニケーションを避け、誤解が生じないようにするために不可欠です。例えば、上司やリーダーが「このプロジェクトの成功に必要な要素は3つあります」と具体的な基準や期待を明示することで、スタッフは迷うことなくその基準に沿って行動できるのです。安心して質問や提案ができる
明確な基準が存在することで、スタッフは何を期待されているかがわかりやすく、疑問や提案を遠慮なく表明することができます。心理的安全性の高い職場では、スタッフが「この点が曖昧なので確認したい」「新しいアイデアがあります」と発言できる雰囲気が生まれます。ローコンテクストな職場環境は、こうしたオープンなコミュニケーションを促進し、スタッフの積極的な関与を引き出します。フィードバックが明確で建設的
ローコンテクストなコミュニケーションを行う職場では、フィードバックも具体的で、改善点や成功点が明確に示されます。例えば、「今回のレポートでは、特にAの部分が素晴らしかった。ただし、Bの部分についてはもう少し具体例を入れると、さらに説得力が増すと思います」といったように、明確で建設的なフィードバックがスタッフの成長を支えます。心理的安全性が確保されている職場では、こうしたフィードバックが受け入れやすく、改善に繋がります。誤解や不健全な衝突を避けやすい
ビジョンや基準がはっきりと共有されていると、チーム内での誤解や無用な衝突が減少します。特に、日本のハイコンテクストな文化では、あえて曖昧な表現を使うことがしばしば見られますが、それが心理的安全性を脅かす要因にもなり得ます。ローコンテクストなアプローチを取り入れることで、誤解を避け、健全な対話が促進されるのです。
健全な衝突(ヘルシーコンフリクト)については、こちらの記事をご参照ください。
ローコンテクストなコミュニケーションを前提とした職場環境は、心理的安全性を高めるために非常に効果的です。
ビジョンや仕事の基準、期待される行動を明確に伝えることで、スタッフが安心して意見を述べ、行動に移しやすくなります。
このアプローチは、組織が一致団結して成長し、進化していくための強固な基盤となります。
◾️ さいごに
心理的安全性を高めるためには、ローコンテクストなコミュニケーションで明確に伝えることが重要です。
「分かるはず」という期待を捨て、相手に対して具体的かつ明確に伝える努力をすることで、無駄なストレスや誤解を避け、チーム全体のパフォーマンス向上につながります。
職場における心理的安全性は、すべてのメンバーが安心して意見を交換し、共に成長していくための基盤です。しかし、日本のハイコンテクスト文化では、暗黙の了解や言葉にされていない情報に頼りすぎることで、誤解や不安が生じ、心理的安全性を損なうことがあります。
「言いたいこと分かるよな?」という表現に対して、「分かるわけない!」と感じる場面は、まさにハイコンテクスト文化のコミュニケーションのギャップが原因です。だからこそ、ローコンテクストなアプローチで、相手に伝えたいことをはっきりと言葉にし、全員が同じ理解を共有できる環境を築くことが大切です。
ビジョンや目標を明確にし、具体的なフィードバックを行うことで、スタッフは安心して挑戦でき、より良い結果を目指すことができます。
心理的安全性を高めるためには、コミュニケーションのギャップを理解し、「伝えているつもり」ではなく、「伝わっているか」を確認しながら対話を続けることが不可欠です。それによって、より強固なチームが形成され、組織全体が成長と進化していくのです。
次回は、「望ましい行動」を促す「言葉を意識することで変わる「行動」をテーマに考察したいと思います!
◾️引用・参考
ピョートル・フィリクス・グジバチ.(2023).心理的安全性 最強の教科書.東洋経済新報社.
エリン・メイヤー.(2015).異文化理解力 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養.英治出版.