【TEALABO channel_16】遊び心のある経営と長期的な視点が紡ぐ、当たり前の光景-しもの茶園 下野幸樹さん-
鹿児島のブランド茶である「知覧茶」の作り手を直接訪ねて、その秘めたる想いを若者に届けるプロジェクト「Tealabo Channel」。
日本茶は全国各地に産地があり、各産地で気候や品種、育て方が違います。そんな違いがあるから「知覧茶」が存在します。一年を通して温暖な気候がもたらす深い緑色と甘みが特徴である知覧茶の作り手の話を皆さんにおすそ分けします。
第16回目は、『しもの茶園』代表の下野幸樹さんにお話をお伺いしました。
未知なるお茶の世界へ
「私はお茶農家育ちでもなく、元々茶業に従事するつもりはありませんでした。」
「農大にも行っていないし、県外で修行したわけでもありません。だから、今回の取材のお話をいただいた時、少し戸惑ったんです…。」
取材冒頭でご自身の気持ちを打ち明けてくださった下野さん。
ご実家は車の修理工場を営み、そこの長男として生まれ育ちました。
高校卒業後は県内の自動車関連の会社にて3年勤務されたといいます。
20歳の時、茶業をされていた叔父が余命宣告を受け、その流れで「お茶をしないか?」と声をかけてもらったそうです。
「将来何をしたいと決めていなかったことや、お茶を通して地域に貢献できるのもいいかもしれないと思ったのもあり、22歳からお茶の世界に踏み入れることにしました。」
「お茶の世界は全く未知の領域でした。叔父に色々教えてもらいながら2人で作業を行い、基本的には栽培したお茶の生葉を茶工場に持っていくことがメインでした。」
しかし、2年後には叔父が他界。
24歳の若さで『しもの茶園』の経営を引き継ぐことになります。
下野さんの中で特に不安に感じたのはお茶や経営に関する知識が不足していたことでした。
経営者として力不足だからこそ
茶業の世界に入ってからの2年間。
叔父と周辺の農家以外から知識を得る機会が少なかったこともあり、今後の経営方針を見直したいと考え、『頴娃茶業青年部』(以下:茶業青年部)に入ることにしました。
そこで横の繋がりができつつも、経営者としての力不足を痛感することも多かったといいます。
「もっとお茶の勉強をして視野を広げなきゃと感じ、30歳を過ぎてからは『KEファーマーズ』(※)にも入り、同業者と切磋琢磨しながら勉強をしました。」
「例えば、今までのお得意様だけではなく、別のお客様にも自分たちが作ったお茶を飲んでもらいました。そうすることで、どんな味を求めているのか、自分たちのお茶の評価はどんなものなのかを学ばせてもらったんです。」
「他にも技術面においても数値的な根拠を元に学ばせてもらいました。この得た知識や経験を周辺の仲間たちにも共有したい。そんな気持ちで臨んでいました。」
経営者になり10年経ち、茶業青年部の会長へ就任。
それまで学んできたことや感じてきたことを活動の幅を広げることになります。
皆でひとつのものを
茶業青年部の会長になってからは川辺・知覧・頴娃といったエリア関係なく、南九州市の茶業青年部が交流する場を積極的に企画したといいます。
さらに、鹿児島茶商青年団とも求評会や飲み会を通して交流を深めていきました。
学びに対する姿勢もですが、このように活動の幅を広げる等のハングリー精神の根源はどこからきているのでしょうか。
「同じ南九州市とはいえ、エリアを越えて一緒に何かをするということはそれまで無かったことだと思います。だから、色々なご意見をいただいたり、失敗してしまったりすることもありました。」
「本当、色々な人に助けてもらってばかりだったので、全力で甘えるのではなく、自分で切り拓かなければという感覚でした。」
「知覧茶の良さを世界に広げていくためにはエリアは関係ないと思っていて。知覧茶という1つの括りなのだから、皆で発信していくことを大事にしたい気持ちがあります。」
「だからこそ、今までやってきた活動に間違いはないと思っています。10年後なのか、20年後なのか、皆で一緒に1つのものを作っていける環境になれたら嬉しいですよね。」
遊び心のある経営
取材の途中で新しい品種を育てている茶畑にも案内していただきました。
「今、苗木の植え替えをして3年目になる新しい品種を育てています。幼木なので、台風等の自然災害の影響で手間もかかり管理は正直言って大変です。」
「手間がかかった分、収穫できた瞬間はとても嬉しかったです。芽かぶが密集して出ているのを見ると「わー!」という気持ちになります。」
「利益になるのは数年先未来の話です。でも、その手間って非常に大事だと思います。」
『しもの茶園』として管理している面積は6.5ヘクタール程。
基本は奥様と2人で作業をされ、繁忙期にはシルバー人材センターに手伝いを依頼しているといいます。
「これ以上管理するのは難しいので、良いお茶を作るために規模は現状を維持している状態です。」
「それでも、まだ植えたことがないとか、市場で評価がそこまでない品種に飛びつくのは遊び心でしかないんですよね。勉強のためにやっているんです。」
「「これ、やったら面白いかも」と思って実践しているので、趣味の範囲かもしれませんね。そんな気持ちで経営ができることは、ある意味面白いことなんだと思います。」
長期的な視点で考えていくことで
「空気の澄み具合によるのですが、離島がハッキリ見えることもあります。」
お客様が来れば連れてくるという場所にも案内していただきました。
「これまでの人たちが残してきたこの景色をどう維持していくか。そこが大事だと思っています。」
「後継者不足もあって、農地を管理する人も減り、耕作放棄地が増えてきています。次世代に残せるように経営規模やお茶づくりを考えていかないといけないと思っています。」
「私はこの景色が当たり前で仕事をしていますが、それが一番ありがたいことなのかもしれません。」
最後に今後の展望について伺いました。
「様々な分野の方と手を組んで、できないことは委ね、知覧茶として広げていきたいと思っています。私たちは良い品質のお茶をお客様へ届けることが役目かなと。」
「品質向上のための動きは続けていて、堆肥を簡単に撒ける設備を自分で作ったりもしました。数値的や化学的な根拠についても勉強は続けています。」
「今までの失敗や学ぶが少しずつ形として返ってきていると実感しているところです。だからこそ、長期的な視点で考えていかないといけないと意識するようになりました。それが経営に繋がり、その積み重ねで世界ができていると思うと面白いですよね。」
ふとしたことで歩み始めた道には
たくさんの戸惑いや不安があったかもしれません。
その中でもハングリー精神で道を切り拓き
地道に積み重ねてきたから下野さんだからこそ
当たり前に見える景色や日常があるんだと感じました。
そして、その感覚は
新しい道を歩み続けてきた人たち
これから歩むでろう人たちにも
通じるものではないでしょうか。
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