なぜ日本はボランティアが少ないのか?
「日本人はボランティア精神が無い!」
東京オリンピックの前にメディアが頻繁に「欧米に比べて〜」等と騒いでいたのはまだ記憶に新しいでしょう。
☆ 本記事では「日本って本当にボランティア精神の無い国なのか?」という疑問に対する私の見解をまとめました。
結論から言うと、日本のボランティアは決して少なくはないし、ボランティア精神が無い訳でもありません!
しかし、欧米と日本の社会的背景を見比べると、ボランティアのあり方自体が違うことに気が付きました。
<考察は以下の通りです>
・ボランティア団体の数
→ 日本🇯🇵は世界で数少ない1億人超の巨大国家であり、規模や活動範囲の差はあれど各市町村に必ずボランティア団体が存在します。私自身、電車が1時間に1本無いド田舎出身ですが、いくつか団体を知っています。
メディア等で目立たないだけで、実は日本にはかなり多くのボランティア団体が存在しているのです。
・日本人の言葉の解釈問題
→ そもそも、言葉の定義ですが「ボランティア」=「タダ働き」は大きな間違いです。英英辞典では「volunteer」=「自発的な行為・活動」等の意味であり「金銭」を伴うかどうかは明記されていません。
まぁ、「ボランティア」以外にも英語とカタカナで意味合いがズレている言葉は多数ありますが、世の中には「有償ボランティア」も存在します。ボランティアが盛んな欧米も実は「有償案件」もかなり含まれていたり。
・待遇の違い
→ 上記の内容と少し被りますが、欧米はお金の発生しない無償ボランティアであっても、参加者の食事や宿泊所を提供してくれる場合がよくあります。
しかし、日本🇯🇵のボランティアだと募金をした上で、食費・宿泊費・交通費・道具費などの活動費用が完全自腹パターンも珍しくありません。参加者の負担金額が大きい故に、ボランティア=金持ちのすること、みたいなイメージを持つ人も少なくありません…。
・東京五輪が特殊すぎる件
→ 10日間の宿泊所や食事なども一切用意されず、10万〜20万かかる活動費用を補助金も無く完全自腹とか明らかに狂っています。都内在住者でもキツいのに、そんなの地方から集まる訳ないだろ!って話です。まー、競技場やらの建設費が当初の何倍と膨れ上がっていたので、あっ⋯⋯(察し)でしたが…。
志願者が不足する事態について、偉そうなコメンテーターは当時「日本人のボランティア精神ガー!」とか騒いでいましたが、ボランティア精神云々よりも、負担金額がデカすぎて学生とか若者には無理があるし、欧米人の富裕層でもおかしいと思うレベルだぞ…。
ちなみに、冬の長野五輪の学生ボランティアでは食事・宿泊所が用意されていて、給与の出た人もいたとか。(※ただし、勤務地によって待遇差が大きかったとの話も… )
・キリスト教の影響?
→「助け合いの精神」を何よりも重んじるキリスト教、やはり欧米圏でその思想はかなり根付いているのか、実際に住んでみて困っている人や弱者を迷わず助ける光景はよく目にしました。
私自身も何度も現地の見知らぬ人に助けられ、お礼を言う度に「困っていたら助け合うのは当然でしょ?」という反応でした。もちろん、キリスト教にも色んな種類がありますが、この様な考え方は少なからずボランティア精神に影響を与えているようです。
・社会の格差問題
→ これは少し闇に触れる話ですが、アメリカ🇺🇸は大国でもあり、貧富の差が大きい国でもあります。医療負担も大きく、能力が無いと即クビになる社会のため、簡単に貧困家庭やホームレスが誕生します。
そのため、それらの人々を助けるためのボランティア団体も多く存在します。つまり、「ボランティア活動」=「生命に関わる事」と認識する人が多いのも事実です。
日本🇯🇵の「自己責任論」の根源って何だ?と考えると、それはやはり格差の少ない国だからと言えるでしょう。(もちろん格差が存在しない訳ではありませんが…)
・移民問題
→ 移民の多い多民族国家には当然、格差も多く存在します。競争社会において移民が不利になることは言うまでもありません。同時に、移民の貧困率も高い傾向になりがちです。そうです、貧困層を助けるボランティアって実は移民問題も関連しているのです。特に英国🇬🇧・米国🇺🇸に顕著に見られます。
・教育スタイルの違い
→ 特に北米🇺🇸🇨🇦に多いのが、学校のカリキュラムにあらかじめボランティアの時間が組み込まれているパターンです。日本🇯🇵でも総合学習の時間にボランティア体験などはありますが、学期に1,2回程度なので時間としては多くはありません…。
また、部活動についても欧米は日本🇯🇵みたいに毎日休みなく活動することは無く、あくまで息抜き程度の学校が多いので、放課後は自由時間が多く、ボランティア活動などに参加する生徒も珍しくありません。逆に、日本🇯🇵の学生さん忙しすぎ問題…。
・大学入試への影響
→ 日本🇯🇵の大学入試は筆記試験重視ですが、アメリカ🇺🇸はIvyみたいな名門大学も含め基本的に人物像や書類選考重視です。もちろん、筆記試験や評定平均の基準もありますが、ボランティアなどの社会貢献活動やスポーツ・芸術活動の経歴はそれ以上に合否を大きく左右します。
そのため、米国🇺🇸の友人曰く、真面目にボランティア活動に取り組む学生もいれば、経歴書の肩書きのために形だけ参加している学生も意外と多いとか…。まぁ、日本でも履歴書を盛りまくるアホな就活生いるけどね…
しかし、評価する人はちゃんと見ています!
アメリカ🇺🇸の大学は学費が高く、貧しくて進学をためらう学生も多いですが、ボランティア先での働きぶりが評価されたり、バイトでお店に大きく貢献したりすると、団体やお店から学費の申し出をされたり、或いは常連客や同じボランティアに大学関係者が偶然いて、その学生を気に入って「学費免除でウチの大学おいでよ!」と願ってもいなかったチャンスが舞い込んでくる事案も毎年どこかの州で必ずあります。
【まとめ…】
・何に対するボランティアが多くて、何に対するボランティアが少ないのか、なぜその様な現状があるのか、という物事の背景にあるものを分析しなければ、その国のボランティア事情の違いは明確に見えてきません。
・ボランティアに参加するのに越したことはないですが、「ボランティアの数=勝ち負け」というのはあまりに短絡的で、その国に与える印象も大きく変わります。
日本🇯🇵は欧米に比べ、ボランティアが少ないようにも見えますが、それは世界的に見て貧困率も低く、極度の格差も存在しない国だから自然なこととも言えるでしょう。
今回、お伝えしたかったことはズバリ…
ボランティアに限らず、その問題に至るまでの社会的背景を考察することによって、隠れていた実態が明るみになることは世の中にはたくさん存在するんですよ〜というお話でした。
〜Thank you for reading!︎💕︎〜