藤井風主演 映画『藤井、伝説作るってよ』 2024.8.24日産スタジアム劇場にて公開予定
2024年8月16日。
朝からスマホが騒がしい。
ひっきりなしに台風情報が更新されていくなか、不意に藤井風さんの公式アプリからお知らせが届いた。
そこに何が書かれているのかはわかっている。どんよりした気持ちで、私はそのページの前でしばし佇んでいた───
数か月前、藤井風さんの日産スタジアムでのライブ開催が発表された。お知らせを受け取ったその日から、私は毎朝、自宅の神棚に手を合わせお祈りをした。
「どうか、藤井風さんのライブに行けますように」と。
やがて、一次先行予約が始まった。
申込み、そして外れた。
それからしばらくして二次予約。
申込み、そして外れた。
この時点で「今回はきっと行けないのだろう。私は風さんに選ばれなかったんだ」と思いながら、それでも最後の望みをかけ、おそらくラストチャンスであろう「チケットトレード」に申し込んだ。
その顛末がこちら。
そして先日。
私は「チケットトレード落選」のお知らせを受け取った───
ついにここまで来てしまった。
藤井風さんのライブに参加出来ないという、絶望の淵に。
来るつもりなど、なかったのに。
14万人という、とてつもない人数が参加する日産スタジアムライブに参加できない未来を想定していなかった私は、日々大人として「顔で笑って心で泣いている」つもりが、どうやら「能面のような顔で心は号泣」していたようだ。その憔悴ぶりに、友人から本気で心配された。
無邪気なまでに行けると信じて疑わなかったために、ダメージが大きかったのである。
そんな状態の私に届いた公式アプリからのお知らせ。内容はきっと「スタンド席の抽選申込みについて」だろうと思った。
「スタンド席とはいえ、ライブに参加出来る!」という喜びは確かにある。ただ・・・ステージが見えづらく、音を体感する、いわば参加券になるだろうという触れ込みの「スタンド席」。
ファンとはいえ、その席に申し込むにはちょっと・・・というのが正直なところ。それに、今まで以上にわずかな席数だろうから、一次、二次、そしてチケットトレードを外した私がそこで当たることが想像できない。
このようなネガティブマインドで、私は何の期待も抱くことなく公式アプリからのお知らせ、「最新情報」のページを開いた───
一つめの情報は「バンドメンバーの発表」だった。
「・・・いいなぁ」
思わず心の声が出る。
ライブに行ける人にとって、この情報だけでテンションが上がる。
すぐにスクロールする。
私にとって大事なのは「スタンド席」についての「念のための確認」である・・・が、
───ん? YouTube生中継決定?
まさか、ライブをYouTubeで生中継するってこと?? いやいやいや、そんなわけない。
きっとライブ当日やライブ直前とかに風さんが「これからライブでーす!」みたいなのをやるんだろうな、と思った。
「ライブ生中継」と書いてあるので「ライブ自体を生中継」するとも読めるけれど、現実的に考えればやはり楽屋の様子だったり、ステージ裏でのことを生中継するのではないかと思うのが常識的判断である。
だって、24日当日は高いお金を払って現地でライブに参加する人がいるのだ。それも7万人。なのに、それを無料生配信するなんて、見たことも聞いたこともない。
私もいい歳をしたオッサンである。
いくら生粋の田舎者だからといって「うまい話なんてそのへんに転がっていない」ことぐらいはわかっている。
そう、
私はこの時点で24日のライブをYouTubeで生中継&生配信するとは思っていなかった。というより、そんなことあるはずがないと思っていた。ただ、
それが楽屋からの中継であれ、ライブ直前の風さんの様子であれ、ほんの少しでもそのライブの空気を感じられるのであれば、それはそれで感謝しなければいけない、そう思って私はその日を終わろうとしていた───が、
深夜にさしかかろうとしていたその時、藤井風さんの公式アプリからまた「箇条書きの補足です。」というお知らせが届いた。
どうせまた、現地で観戦する人たちへのお知らせでしょ、半ば不貞腐れながらページを開いた私がそこでみたもの、それは───
「・・・嘘でしょ?」
それは、ライブに行けない悲しみと絶望の淵にいた私たち落選組に救いの手が差し伸べられた瞬間だった。
なんと、24日のライブを最初から最後まで「ライブ生中継」する、というお知らせだったのだ。
そこにはこう記されていた。
実は、今回当選していたら一緒に藤井風さんのライブに行く予定だった友人と「今回、相当数の人が落選しているから、もしかしたら救済措置でライブ配信があるかもしれないね」と話していた。配信ならきっと、チケットの半額程度だろうと金額の予想までしていた。
配信は想定内だったけれど、まさかの無料生配信である。そんなこと常識ではあり得ない。頭の中はもはやパニックである。
日産スタジアムは収容人数約7万人。
2日間なら14万人。
なのに、YouTubeやSNSは「藤井風ライブ落選者」で溢れかえっていた。
おそらく今回、相当数の応募があったのだろう。もしかしたらそれは、風さんたちの想像をはるかに超えるほどの。
YouTubeで藤井風さんについて配信している筋金入りのファンすら落選しているこの状況に、
「せめて配信があれば・・・」
ファンなら誰もがそう思い、そして願っていたこと。それを叶えてくれたどころか、無料って・・・
あるYouTuberさんは「世界一、課金させてくれない風さん運営」と言っていたけれど、本当にその通りである。
だって、私のような落選したファン的には「ライブと同額の金額でもいい、お願いですから配信してください」という思いだった。だから生配信してくれるだけで感謝しかないのに、まさかのYouTube無料生配信。
驚きを通り越して、あっけにとられてしまった。だって、そんなの聞いたことがない。
7万人収容の日産スタジアムで、有料ライブを行う傍らで、その模様を無料配信するのだ。いい意味で、正気の沙汰ではない。
風さん運営曰く、今回のライブが企画された当初から「YouTubeでの生中継」が想定されていたというが、それをよく会社が許したな、と思った。だって、有料配信にすることだって出来たのだし、そうするのが当たり前。
配信だけで数十万人規模の人が視聴するであろうと考えると、それだけで億単位の莫大な収入になる。なのに、それをしないという。
もちろん二日間で14万人を動員するライブチケットがソールドアウトしている時点で相当な利益は出ているのだろうけど、普通だったら目の前にあと数億の利益が転がっているとなれば、それに飛びつくのが当たり前である。
逆に、有料にしない選択肢はない。
なのに、風さんはそれを拒み、無料生配信することを選んだ。
けどきっと、カレはこう言うのだろう。
「大事なのはお金じゃない」
「みんなで楽しみましょう」と。
みんなに喜んでもらいたいから。
女にモテたいとか、お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか。カレのファンであれば、カレがそういうことに頓着していないことはわかっているけれど、24日にやろうとしていることは、現実離れしすぎていて私のような凡人には到底理解出来ない。
ただただ、自分がいいと思う曲を作り、歌いたい。
そしてそれで人を喜ばせたい、多くの人の心を救いたい。
こんな常識外れで規格外なことをやろうとしているアーティストが今までにいただろうか?
今から3年前、カレは同じ場所で観客を入れて無料ライブをしようとした。しかしコロナの再拡大によって、無観客ライブへと変更し、その模様はYouTubeで無料生配信された。
ゆうに7万人を収容する日産スタジアムのグラウンドにピアノ一台、そして風さん一人がいた、あの日。
コロナ禍で荒み、傷ついた人々の心を癒すために降り立った、奇跡のアーティストが、そこにはいた。
サンダル履きでTシャツ姿の若者が、そこにいた。
雨のなか、傘もささずに。
あれから3年。
その若者は今、世界的なアーティストへの階段を駆け上がり続けている。
私たちファンが寂しさを感じてしまうほど大きく、そして遠い存在になりつつある。でも───
カレはどれだけ凄いアーティストになろうとも、私たちファンを見捨てることなく、常に寄り添う姿勢でいてくれようとしている。
その意思の表明が今回の「YouTubeでのライブ生中継」に繋がったのだろう。
「チケットが取れんでも、ガッカリせんでええで」
「ワシら、ずっと友達やし仲間やで」
そう言われているような気がした。
屈託のない笑顔の風さんが、そこにいるような気がした。
一次先行予約で外れ、二次も外れ、そして三度目の「チケットリセール」もダメだった。
ああ、終わった・・・そう思った矢先のとんでもないサプライズ。
正直、会場へ行けない寂しさがないと言えば嘘になるけれど、カレはずっと私たち落選組やお留守番組のことも気にかけてくれていたのだということがわかっただけで心が熱く、そして温かくなる。
公式アプリからのお知らせ、最後にはやはり「スタンド席」の申込みページがあった。と同時になんと「一般席の申込み」もあった。
おそらく先日のチケットトレードで当選したものの、チケット代を払い忘れてしまったり、何らかの事情で参加を取りやめた人の分だろう。きっと枚数にしたら数百、いや数十枚程度かもしれない。が・・・
私は申し込んでしまった。
つくづく、私は欲深い凡人だと思いながらも、やはり申し込まずにはいられなかった。
「無料配信をしてくれるのだから、行けなくてもいいじゃん」という考え方もあるけれど、やはり私は風さんが好きだ。もし現地に行けるものならやはり行きたい。往生際が悪く、欲深い、そして凡人なアラフィフおじさんであることは自覚している。煩悩の塊で情けない限りである。ただ、
もちろん当たるはずはないだろうけど、なんだかここまで来たら本当に「最後の最後の最後まで」チャレンジしてみたくなった。
なんだか、諦めずに頑張ってみたくなったのだ。
ま、頑張るとはいってもただ、申し込んで結果を待つだけだけど、すべてをやり切った上で私はカレのライブに参加したいと思った。
同じ空の下、カレが日産スタジアムという大きなステージで躍動する姿を、私はきっと、小さな屋根の下で見守るのだろう。
*映画『藤井、伝説作るってよ』はフィクションです。