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歯医者選びを間違えたら、歯なんて簡単になくなる ~ある日突然、インプラントしかないと言われたら~ 

 
ある日の夕方、私はメントスを食べていました。
 
しばらくすると口の中に違和感が・・・咀嚼そしゃくを止めて舌で口内を確認したところ、奥歯の詰め物が取れていました。
 
ため息をつきつつ、私の口の中で熱く情熱的な抱擁ほうようをしているメントスと詰め物を引きはがし、すぐにメントスを口から追い出しました。

今までずっといいヤツだと思っていたのに・・・メントスは私の大事な詰め物をキズモノにしたとんでもないヤツです。

 私はすっかり「ウチの娘に何してんだ!」の親父の気分。
 
とりあえず詰め物を洗い、そして口をゆすいで再び詰め物を元に戻してみました。つい数分前までピッタリと私の奥歯にハマっていたのです。もちろん、何の違和感もなく元の位置へと戻ってくれたのですが、一度取れてしまった以上、状況的に今はほぼ上に乗っているだけ。メントスのような粘着性の高いものでなくても、またすぐに取れてしまうでしょう。
 
私は無駄な抵抗をやめ、歯医者に行くことを決意しました。ちなみに、かかりつけの歯医者はありません。そして歯医者に行くこと自体、おそらくほぼ10年振り。
 
歯医者、それはすなわち、私が最も行きたくない場所
 
あの音や痛みはもちろんですが、過去に行った歯医者でビックリするくらいイヤなことしか経験していないため、私は歯医者が大嫌いなのです。
 
とんでもなく横柄な歯医者だったり、間違いなく1~2回で終わるはずだったのになぜか半年近く通わされたり、治療後に確認したら、被せ物の歯が子供の作ったおもちゃの歯のような仕上がりで、食べ物が挟まり放題だったり、抜歯するはずが、おじいちゃん歯医者の不手際で歯が割れて途中で抜けなくなり、血を流しながら救急で別の口腔外科に行かされたり、大学の歯学部に通い始めたばかりの素人未成年息子を治療に立ち会わせ、その息子に解説したり会話しながら治療しているオバサン歯医者だったり、私は今まで一度もいい歯医者に出会ったことがないどころか、自分でも引くほどさんざんな目に遭ってきました。
 
なので、本当に大変な状況にならなければ歯医者へ行くこともなく、それゆえ行く時はほぼ例外なく重症。毎回、虫歯などの痛みと治療の痛みの二重苦に耐えなければならなくなるという、絵に描いたような悪循環を繰り返してきました。
 
ただ、今回は痛みがあるわけでなく詰め物が取れただけ。とにかく奥歯の詰め物を何とかしないことにはゴハンを美味しく食べられないので、ため息をつきつつも、私はネットで近所にある歯医者を探しました。
 
ネットで検索すればさまざまな情報が手に入ります。歯医者についても、いい歯医者かどうか、それは口コミを見ればわかります・・・と言いたいところですが、実際は口コミってあまり当てにならない気がします。
 
最近は匿名での書き込みに対する規制が厳しくなったこともあり、本名や電話番号登録をして書き込みをしなければならない場面が多くなりました。そして、書いたことが嘘偽うそいつわりない真実であっても、相手への悪口に聞こえてしまえば削除されたり、最悪の場合、相手から名誉棄損で訴えられる可能性があります。
 
実際に治療を受け、絶対この歯医者には行かないほうがいいと思ったとしても、それを書いてもし歯医者側から「営業妨害だ」などと因縁をつけられてしまえばこちらが悪者になってしまうという、なんとも理不尽な危険性をはらんでいるのです。

そんなリスクを背負うくらいなら、不都合な真実にはふたをして、自分がその歯医者に二度と行かなければいいわけで、もし他の人がひどい目に遭ったとしても、せいぜい同情することぐらいしかできないという歯がゆさ。
 
口コミがたいして当てにならないとなると、あとは自分の勘に頼るしかありません。
 
とりあえず、詰め物が取れないようにしてもらえればいい。もし万が一、その詰め物が経年劣化でもう使えないとしたら、型をとってもらい新しい詰め物を作って入れてもらう。

運が良ければ1回、運が悪くても2~3回通えば大丈夫だろう。そんな思いで近所の歯医者を探し、そして翌日の午前中に予約を取りました。
 
取れた詰め物を元に戻すだけだから楽勝だ、と思いながらも、歯医者に対する大きなトラウマと不安を抱え、浅い眠りのまま私は翌日の朝を迎えます。
 
早めに目が覚めてしまった私は、時間にゆとりがあったことで軽めに何か食べてから行こうと、前日に買っていたパンを食べたのですが・・・
 
───ガリッ!
 
違和感を感じた私は咀嚼をやめ、口の中を確認すると、また詰め物が取れていました。ガリッという音は、取れた詰め物を、詰め物が取れた奥歯で噛んでしまったことで起きた音だったのです。
 
前日と同じように、詰め物を洗い、口をすすぎ、そして奥歯へ戻そうとハメてみました・・・が、
 
───ん?
昨日とは違い、ピタッとハマりません。もしかして、詰め物が取れたそのすき間に食べかすが詰まっていたり、何か引っかかっているのかな、そう思った私はもう一度詰め物を洗い、小さな袋に入れて歯医者へ持っていくことにしました。
 
そして私は予約したA歯科医院へ。
待合室で問診票を書き終えてすぐ、診察台へと呼ばれました。
 
「詰め物が取れてしまったので直して欲しい」
そう言って、取れた詰め物をA先生に渡します。
 
「確認しますので口を開けてください」
A先生は私の奥歯を確認します。そして、
「では、詳細な状況を確認しますのでレントゲン撮りますね」
 
レントゲン画像を待つこと数分。
画像が私の目の前に映し出され、そしてA先生は言いました。
 
奥歯、割れてますね
 
「・・・えっ?」
すぐにさっきの出来事が蘇ります。
パンを食べていた時のあの「ガリッ」あれだ!と。
 
そして、A先生はトーンを変えることなく言いました。

「これだと詰め物を入れることが出来ません
 
A先生の説明によると───
歯が割れてしまっているので、その歯は土台として機能せず、上から詰め物を入れることができない。よって方法は3つ。
 
1 入れ歯にする
2 インプラントにする
3 そのまま放置する
(神経は抜いてあり、痛みがないため)
 
ちなみにブリッジ(欠損した歯の両隣の歯を支持として使い、欠損した箇所を補う治療)は出来ないとのこと。なぜなら今回割れた奥歯は一番奥の歯だったからです。
 
突然そう告げられ、私は絶句。
しかし、何かを言わなければ、話が前に進みません。
 
あの・・・それ以外の選択肢はないということですか?
ええ
 
自分が思っていたより大変な状況になっているらしいことを悟り、私は恐る恐る、それぞれの治療のメリット・デメリット、そして予算的なことを訊きました。
 
まず、1つめの入れ歯
保険適用なので比較的安価で出来るが、今までの2~3割ぐらいの力でしか噛めない。
 
そして、2つめのインプラント
保険適用外で自費のため高額であり、A歯科医院だと土台で20万円、歯が20万円で合計40万円。ただし、今までとほぼ変わらない感じで噛める。
 
最後、3つめの何もしないについては、穴が開いている状態なので何か食べればそこにモノが詰まる。
 
「・・・先生的にはどれがオススメですか?」
消え入りそうな声で私が訊くと
「ストレスがない点でインプラントですね」
 
───だろうな・・・私もうっすらそう思っていたし。
 
しかし・・・その額40万円。
貧乏ライターの私にはとてつもない大金です。
 
ストレスなく噛むためのインプラントを入れる前に、すでに私は「40万円の出費」というとんでもないストレスを感じ、そして絶望感にとらわれていました。茫然自失ぼうぜんじしつとはまさにこのこと。かといって入れ歯にするというのは、それはそれでなかなか勇気がいります。そもそも力を入れて奥歯で噛めないのはストレスが大きすぎます。
 
「・・・じゃ、インプラントの方向で」
この時はもう、そう答えるのがやっとでした。
 
ただ、このインプラント、さらに詳しく話を聞くと金銭面だけでなく、その治療自体にかなりの期間を要するとのこと。
 
まず、割れた奥歯を抜いて、歯茎や骨の再生を三か月ほど待つのですが、骨の再生が遅かったり、きちんと再生しない場合、神経にかなり近い部分にまでインプラントの土台を入れないといけなくなるため、舌にしびれが出る可能性もあります、と言われました。
 
いろんな意味でのショックと恐怖で、A先生の説明を完全に把握出来ていたとはいえず、多少のニュアンス違いはあるかもしれませんが、内容としてはこんな感じでした。
 
40万円という費用、そして最低でも半年、あるいはそれ以上かかるかもしれない治療期間
 
───何で、歯医者行く前にパンなんか食べたんだろう・・・パンさえ食べなければ、奥歯が割れていなければこんなことにはなっていなかったのでは・・・
 
絶望のなか、どうやって家に帰ってきたのか。気づけば自分の部屋の机に座っていました。そして、大きく深いため息をついていました。
 
「どうしよう・・・」
数十分、途方に暮れていたと思います。しかし、どれだけ途方に暮れても、状況は何も変わりません。
 
そこからさらに数十分後、私はパソコンを開き「インプラント」について調べていました。
 
素朴な疑問・・・
インプラントって、ホントにそんなお金がかかるものなの?
 
検索した結果、20万円ほどで出来るという歯医者もありましたが、平均的には30~40万円が相場だということがわかりました。

となると、先ほどのA歯科医院では40万円と言われたけれど、もしかしたら30万円ぐらいのところもあるのかもしれない、ということです。
 
早速私は、近所の別の歯医者を検索。

A先生が言うように、私の奥歯の状況では治療法はインプラントしかないようなので「インプラント」と自分の居住エリアを頼りに別の歯医者を探しました。

そしてインプラント治療経験が豊富で熟練していると思われるB歯科医院を発見。すぐに電話をし、状況を説明すると、運良く数時間後に診察してもらえることになりました。
 
私は人生二度目の「同じ日に2つの歯医者をはしごする」という珍記録を作ってしまうことに。

はしごと言えば飲み屋です。歯医者のはしごなんて聞いたことがありません。
 
ただ、前回は口から血を垂れ流しながら電車に40分ほど乗っての移動でしたが、幸い今回は奥歯に穴が開いたままではありますが、痛みもなく電車にも乗らなくていいので全然マシです。
 
数時間後、本日二軒目の歯医者であるB歯科医院に到着した私は、治療台に座り、まずはB先生に今日ここに来るに至った経緯を話しました。
 
A歯科医院で、治療法は3つしかない、と告げられたこと。その中で、現実的な選択としてインプラントを検討していること。
 
まずはレントゲンを撮りました。これも本日二度目です。そして、撮ったレントゲン画像を見ながらB先生が言いました。
 
詰め物が外れた奥歯のその奥に親知らずがありますね
 
───ん?
そんなこと、A先生は一言も言ってなかったけど・・・?
 
B先生の解説によると、仮にインプラントをするにしても、その親知らずを抜かないままインプラントを入れると、親知らずとインプラントのすき間が化膿かのうしたりするリスクが高いため、インプラント自体に不具合が出るかもしれない、とのこと。

さらに、今の状態でインプラントを入れると、神経にかなり近い部分まで土台となる金属を挿入することになるので、神経を圧迫し、A先生が言っていた「舌の痺れ」などが出るかもしれない。しかも、それは一時的なものでなく、一生、麻痺として残るといいます。

A先生の口ぶりだと麻痺は一時的なのかと思っていましたが、まさか一生残るような重いものだったとは・・・この時点で、そんな大事なことを言ってくれなかったA先生にはもはや不信感しかありません。
 
さらにB先生の話は続きます。
 
治療法としては、まず奥歯と親知らずを抜き、それらの部分の骨が再生するのを待つ。再生されれば金属を挿入する厚さが確保できるので、舌の痺れなどが出るようなことはなく、安全にインプラントを入れることが出来る、とのこと。
 
そして費用は───
「ウチはトータル30万円です」
 
その言葉に私のハラは決まりました。ここでお願いしよう、と。
 
A先生とB先生、二人の歯医者が治療法は3つしかないと言っている以上、その3つから選択するしかなく、その知識や経験値、そして費用を比較すれば選ぶべきはB先生によるインプラント治療、その一択です。
 
もちろん気持ちは沈んだままですが、とりあえず一生麻痺が残るという可能性と費用が下がったことに、少しだけホッとしました。
 
皮肉な話ですが、もし私がそこそこお金持ちだったり、たまたまその時お金にゆとりがあったとしたら、最初のA先生のところで何の疑問を抱くことなくインプラント治療をスタートしていたでしょう。

しかし、もしそうしていたら、最悪の場合、舌に一生麻痺が残ったかもしれない。そう思うと「俺、貧乏でよかった」と、ほんの少しだけ思いました。
 
貧乏がゆえに少しでも安くならないものか、と調べて「セカンドオピニオン」を受け、そのおかげで、おそらく「スキル不足であろう歯医者A」を避けることが出来たのです。
 
インプラント費用が40万円から30万円になり、より腕がいいと思われるB先生を引き当てたことで、私は少しだけ落ち着きを取り戻しました。
 
とはいうものの、やはり気持ちが晴れるわけではなく・・・
 
その数時間後───
その日の夜、私は近所に住む友人と食事をする約束をしていました。

待ち合わせ場所で私の顔を見た友人は開口一番、

まるおさん、なんかあった?
 
さすが、付き合いの長い友人です。
私の顔を見た途端、異変を察したようです。
 
「実は・・・」
 
私は今日一日の出来事を友人に話しました。
友人には本当に申し訳ないですが、その日の私はどうしても元気が出ず、終始暗い表情で食事をし、そして早々に解散しました。
 
翌日の夜、その友人から「今、話せますか?」とLINEが来ました。
 
電話の用件は、私のインプラントについての話でした。

友人は私があまりに落ち込み、そして暗い顔をしていたために心配し、何とかならないものかと、いろいろ調べてくれたのです。

その優しさに私は泣きそうになりながら友人の話を聞いたのですが、その内容はその時の私にとって、まさに一筋の希望の光が灯った瞬間でした。それは・・・
 
もしかしたら、親知らずを奥歯に移植できるかもしれないよ
 
友人は「インプラント」だけでなく、「歯を残す」というワードも使って調べた結果、「歯牙移植」という治療法に辿り着いたようです。
 
「歯牙移植」とは、むし歯や歯周病などで失ったところに、違う歯を移し入れる方法のことで、ほとんどは自分の歯を利用する「自家歯牙移植」のことをいいます。

インプラントや義歯とは異なり、自分の歯なので、生体に対して優しく、歯の機能を生かした方法で、条件が合えばとても有効なようです。そして、自分の親知らずであればたいていの場合、保険適用になり、うまくいけば数万円ほどで出来るらしい、とのこと。
 
「調べてみたんだけど、その治療をしている歯医者さん、意外にたくさんあって、まるおさんちの近くにもあるよ」
「・・・ホントに?」
「インプラントの前に、ダメもとで行ってみたらどう?」
友人はそう言っていくつかの歯医者のHPを送ってくれました。
 
友人に何度も感謝の言葉を伝え、私は早速、C歯科医院を予約。

A先生とB先生からは、治療法は3つしかないと言われたのに、何で?? 

私は少し混乱していました。
 
歯のプロである歯医者二人が、わざわざレントゲンまで撮って私の歯の状況を確認した結果「治療法は3つしかない」と断言していたのに、これっていったいどういうこと??
 
しかし、今はそれを検証するよりまず、友人からもたらされた第4の治療法が有効なのかどうか、それを確かめることが先決です。
 
ただ・・・
今までの私の人生という歴史の中に、素晴らしい歯医者は存在しませんでした。よって、その歴史の流れでいけば今度の歯医者にも期待は出来ないでしょう。

悲しいですが、昔から歴史は繰り返すのです。

しかしここまで来たらもう、開き直るしか道はありません。やらないで後悔するなら、やって後悔したほうがマシです。

私はまさにわらにもすがる思いで第4の治療法を求め3人目の歯医者の元へ向かったのでした。
 
 
つづく

完結編はこちらです↓


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