見出し画像

お酒嫌いな私は、リベンジするためにお酒を飲むことに決めた


季節は冬まっただ中。

その日の朝、私は友人宅での新年会へ行くために、いつもより少し早起きして出かける準備をしていた。

暖かい時期はそれほど気にならないのだけれど、寒いと関節や筋肉が固まっていることをつくづく実感する。寒い部屋で寒さにこわばるカラダを鼓舞しながらせっせと準備にいそしんでいたその時───

事件が起きた。

たまたま椅子から立ち上がり数歩あるいた時、突然カラダに電流が走ったのだ。

私は一瞬にして「それ」が何かわかった。なぜなら、過去に何度か経験していたからだ。

「それ」は「ギックリ腰」。ただ、さいわいなことに、症状はまだ軽い。

私はゆっくりと姿勢を正して椅子に座り、そしてすぐに痛み止めの薬を飲んで、腰には湿布を貼った。

出かけるまでにはまだ一時間ほどある。
とりあえず三十分ほど様子を見て、もし歩けなさそうなら新年会参加は断念しようと思った。

三十分後───
腰の痛みはほとんどない。部屋の中を少し歩いてみたが何とか大丈夫そうである。それに、勝手知った友人宅での気心知れた友人たちとの集まりである。

友人宅ならもし痛みが出たり動けなくなってもすぐに休むことが出来るので、とにかく現地に到着出来ればいい。痛み止めの薬も飲んだし、湿布も貼った。それに、完全にギックリ腰になったわけではないので歩くことも出来る───

よし! 
私は覚悟を決め、家を出た。

腰に違和感を抱えながらも痛みを感じることはほぼなく、無事に友人宅へ到着した。ただ、ギックリ腰についての話はしないと決めていた。

せっかくの新年会でみんなに余計な心配をかけたくなかったというのもあるけれど、実はそれよりもっと大きな理由がある。それは───

メンバー全員がアラフォー&アラフィフだったからだ。

ある程度の年齢を超えた人が集まると、気づけば話題が「健康ネタ」や「病気ネタ」になっている。

スポーツ観戦の話をすれば、誰かが四十肩や五十肩、動悸どうき息切れについて語り出し、スイーツの話をしていたのに、気をつけないと糖尿病になるとか、カラダが酸化するとか。

楽しいはずの話題がことごとくシリアスネタになっていく。

そんな時、異変に気づいた人がさりげなく、話題を楽しいほうへ持っていこうとするのだけれど、多勢に無勢、一度そのネタが出てしまうと他の人たちもどんどんその話題へと引っ張られていってしまうのだ。

もし私が新年会早々、「いやぁ、今朝いきなりギックリ腰になりかかってさ、大変だったよ」などと軽々しく発言してしまえば、今年の新年会は腰痛の痛みとその苦しみをみんなで分かち合う会になってしまう。それだけは回避しなければならない。

幸い、その日の私は「ギックリ腰ネタ」を吹き飛ばす「小ネタ」を持っていた。そのネタとは、

マクドナルドがエヴァンゲリオンとコラボして抽選発売した変形ロボット

なんと私は抽選に当たり、新年会直前にゲットしていたのだ。そのロボットを友人宅に飾り、みんなで楽しもうと持参していたのだけれど、この時私はつくづく思い知らされることになる。

「油断」が禁物であることを。

そのロボットはマクドナルドのハンバーガーやポテト、ドリンクなどが変形してエヴァンゲリオンになるのだけれど、みんなが変形させながら肩を伸ばしてとか、腰の部分をとか、ひざを曲げてとか、「肩」とか「腰」とか「ひざ」といったワードを出すたびに「ギックリ腰」のことが頭に思い浮かび、私は何度も何度も「そういえば今朝・・・」と口を滑らせそうになった。

カルピスを飲みながら冷静に話をしていたから何とか踏みとどまれたものの、もしお酒が入っていたら、きっと酔った勢いで間違いなくギックリ腰の話題を何度も振ってしまっていただろう。

お酒好きじゃなくて、本当によかった。

そんなトラップだらけの会話を何度もすり抜け、健康ネタや病気ネタが出ることはほとんどないまま、無事に新年会は終わった。

気づけば、腰の痛みはなくなっていた。

だが、ここで油断してはいけない。家に帰りついた私はいつもよりも長くお湯に浸かりながら、改めて今朝の出来事を思い出していた。

年齢を重ねて、知らず知らずのうちにゆっくりとカラダが衰えていくというのはきっとこういうことなのだろう。そして、だからこそカラダを冷やしてはいけないんだな、と思った。まさに「冷えは万病のもと」である。

冷えを甘く見ていると今朝のようにギックリ腰になりかける。それに、私は慢性的に肩が凝っている。だとしたら、これからますます固くなっていくであろう関節や筋肉をほぐし、カラダを温めなきゃいけない。

運動が必要なことはよくわかっているけれど、その他にも何かカラダの内側から暖かくなる方法がないものだろうか、と考えてみた。そこで思い浮かんだのは「お酒」だった。

お酒を飲むことによって血管が拡張し、血液の流れが良くなるので血行が改善される。その結果、体が温かくなったり疲労回復に効果があったり、血管が詰まりにくくなったりするようだ。ただ───

私は、お酒が好きではない。

実家が居酒屋だったために、幼少の頃から酔っ払い客にはウンザリしていたし、親父がお酒に呑まれて人生を終えた影響もあって、私はどこかでお酒のことを憎んでいた。

私にとってお酒は「悪」であり「毒」、ずっとそう思って生きてきた。でも───

分別のつく大人になった今ならわかる。
お酒は毒ではないし、悪いのはお酒ではない。

お酒を毒にしているのも、お酒を悪者しているのもすべて人なのだ。

きっと私はお酒を悪であり毒だと思いたかったんだと思う。お酒のせいで親父がダメになった、と。でないと親父が浮かばれないと思っていたのかもしれない。けど、

そうじゃない。

車も包丁も、そして言葉も、きっとどんなコトやモノも使い方次第で善にも悪にもなり得る。

親父はお酒を毒にしてしまったけれど、私はお酒を薬にしようと思っている。それは、

お酒へのリベンジであり、そして勝手に逆恨みしていたお酒への謝罪でもある。

お酒を毒にするか薬にするかは、まさに呑む人次第。そう、私次第だ。

親父はお酒という魔物に取りつかれ、そして取り込まれてしまったけれど、私はその魔物を飲むことで自分に取り込み、そして利用するのだ。

お酒は呑まれるものではなく、呑むもの。そして、ヤケ酒ではなく、祝いのお酒がいい。

まずは今年一年、続けてみようと思う。
ずっと「毒」であり「悪」だと思っていたお酒を。

来年の今頃、私は健康だろうか?
元気だろうか? 
そして───

楽しく人生を生きているだろうか?

来年の今頃、もし今よりもっと自分をよりよく生きていられたら、その時は亡き親父のことを酒の肴に、ひとり、お酒を飲もうと思っている。

猪口ちょこを二つ用意して。


いいなと思ったら応援しよう!

teaまるお
あなたのチップでteaまるおを育てて下さい。応援よろしくお願いします。