【エッセイ風連載小説】Vol.18『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』
Vol.18
延長十回表「趣味とは、純粋なる本能と不純な欲望の合わせ鏡」
東京に住んでいても、東京タワーや東京スカイツリーには行ったことがないという人は意外に多い。
いつでも行けると思うがゆえに、その機会を先延ばしにしていた場所、カレにとってそれは三宿であり、その場所へとカレの背中を押し誘ったのが「世田谷ものづくり学校閉鎖」のお知らせだった。
施設内にある「スノードーム美術館」を鑑賞したカレは、初めての来館でありながら、施設の閉館を寂しく思った。そんなセンチメンタルなカレの気持ちを包み込み、そっと優しく招き入れてくれたのが三宿のカフェ『N』だった。
カフェのコンセプトは「もし現代美術コレクターの自宅を訪ねたら」。友人の家でアート鑑賞の続きを楽しむように、カレはドリンクメニューを見ていた。
「料理とかペットを趣味にしてるオトコには気をつけて」
隣のテーブルでは女子ふたりによる「アート談義」ならぬ「オトコ談義」が始まっていた。カノジョたちが見ているその絵のタイトルは「女子ウケする趣味」、そのサブタイトルは「料理とペット」である。
カレは少し離れた場所から、その絵を見てみる。まずはカノジョたちの見解をじっくり聞かせてもらうことにした。
カノジョたちの会話を聞きながら、カレは改めて「女子ウケする趣味」を検索してみる。
スポーツ、ドライブ、旅行、グルメ(食べ歩き)、映画鑑賞、読書、そしてカノジョたちの会話のただ中にある料理やペットなど、どれもがその理由を読むと納得感がある。
だからこそ、カレは改めて思った。
───料理がデキるオトコはモテるのでは?
ペットを飼っているオトコについても「動物好きに悪い人はいない」という文脈で語られがちである。
「何で?どっちもモテ趣味じゃん」
友人のその感想、カレも同感である。
「じゃ、もし相手の趣味がドライブだった場合、気をつけなきゃいけないのはどんなこと?」
「バカにしてる?ドライブってことはクルマに乗るわけで、クルマに乗るってことは密室だから、いろんなリスクがあるってことでしょ?」
「料理もペットもそれと同じじゃない?」
もしオトコが料理をふるまってくれるとしたら、そのオトコの部屋に行くか、あるいは自分の部屋にそのオトコを招き入れることになる。
ペットも同じ。イヌなら外での散歩もあるが、ネコや部屋でのみ飼育するタイプのペットならオトコの部屋に行くしかない。
オトコ側からすれば、女子を自分の部屋へ招き入れる絶好の口実となり得るのだ。うまく下心を隠したままで。
「けど、料理やペットが趣味のオトコ全部がそういうわけじゃないんじゃない?」
「もちろん」
「どうやって見分けるの?」
「簡単だよ」
カレには全く想像がつかない。
「料理やペットの話題が出た時、オトコから『今度食べにくる?』『今度見に来る?』っていうのは基本的に危ないと思う。ってか、わかりやすすぎてバカ丸出しだけど、そういうオトコ結構いるからさ」
例えば趣味が料理の場合、料理をするのは誰かのためでなく、自分のため。
そもそもが誰かに食べさせたいというよりまず、自分が作りたくて、そして食べたいからこその趣味『料理』なのに、料理の話が出た途端に相手を誘うのは、女子に好かれるためだったり、女子を部屋へ誘うために料理を趣味にしている可能性があるのだ。
ペットも然り。自分が動物が大好きがゆえに飼っているのであれば、ペットの話が出た時、まず真っ先に出る言葉はどんなにそのペットがかわいいかについての熱い語りであり、写真や画像を見せて自慢するだろう。女子の気を惹くために飼っているわけではないのだ。
「今度、食べに来る?」
「今度、ウチのコ見に来る?」
その第一声が見極めポイントなのだ。
「料理の場合は他にも見分け方があってさ。得意料理とか、よく作る料理聞くとわかることもある。パスタはいいとしてアヒージョとか、カプレーゼとか、いわゆるイタリアン系の料理やお酒のアテ系が多くて、女子ウケしそうな料理名ばかり出してくるオトコはほぼアウト寄りだと思っていいんじゃない?」
「なるほどね、確かに」
「逆に、チャーハンとかカレーとか、生姜焼きとか豚キムチとか豚汁とか、いわゆる男子が好きそうなものがたくさん出てくるオトコは、純粋に自分が食べたいものを作ってる気がする」
アヒージョ?カプレーゼ?
カレにとっては呪文のような、馴染みのない料理名である。
「モテようとして料理を趣味にしたり、ペットを飼うことは全然いいと思う。けど、いかにしてオンナを部屋に連れ込むか、それしか考えてないようなオトコって、モテたいよりヤリたいだけだからさ。そのために料理やペットをダシにするのは、なんか卑怯だし、マジダサい」
女子ウケする趣味、そして敬遠されがちな趣味があることはカレも何となくわかってはいたが、カレの中では趣味というのは自分の衝動や欲望から生まれるものだと思っていた。そもそも、自分が本当にやりたいわけではないのに、それを趣味と言えるのだろうか。
「あと、趣味ドライブって言ってるオトコって、笑っちゃうくらい、ほぼほぼいいクルマ乗ってんだよね。ホントはドライブが好きなわけじゃなくて、オンナを誘き出すためにいいクルマ乗ってるんじゃないかな」
いいクルマを見せることで表面的にはさりげなく、そしてわかりやすく財力をアピールできる。貯金がいくらあるか、月収や年収がどのくらいかというのを披歴するのはイヤらしく嫌味だが、いいクルマを見せれば、それを買えるだけの財力がある、つまり俺はお金持ってるよ、とアピールできるわけだ。
「あと、お金がかかりそうな趣味も同じ」
「ゴルフとかスキューバダイビングとか?」
「始めるのにお金かかるし、始めてからも結構お金かかるし。お金がなきゃ出来ない趣味だから、わかりやすく、でもさりげなくマウントしたいヤツが多いんだよ。オトコなんてしょせんマウントしたがる生き物だから」
「クルマもそれなりのに乗ってる人が多いしね」
「オンナ的には、オトコのそういう短絡的思考をバカだと思ってても、昭和あたりで思考停止してる超バカなオトコはそのへん全くわかってないから逆にウケる」
いいクルマや、お金がかかる趣味を持つオトコに飛びつくオンナは少なくない。しかし、お金さえあればどんなオトコでも簡単に手に入れられるようなクルマや趣味に対して虚しさや憐れみを感じているオンナも実は少なくない。
「金さえあれば誰でもすぐに手に入れられるものじゃなくて、その人だけが持ってるモノって魅かれない?ちょっとベタだけど優しい人柄とか、あったかいココロだったり、その人にしかない特別な才能や能力だったりさ」
「モテたいのはわかるけど、マウント取るための趣味は人としてダサいわ」
ふと思う。
少し前から始まったカレの趣味、カフェ巡り。
その動機はモテたいから。
悪気なく放たれたカノジョたちの言葉がココロに刺さる。
「なんか、聞けば聞くほど純粋にモテる趣味ってないもんだね」
「あるよ」
「あるの!?」
「知りたい?」
───もちろん!
思わずカレは叫んだ。
もちろん、ココロの中で。
「女子ほぼ全員が食いつく趣味なんじゃないかな」
「そんな趣味あったっけ?」
カレは改めて「女子ウケする趣味」の検索画面を見返す。仮に、ほぼ全員の女子が食いつくような趣味がホントにあるのなら、ネット上でも話題になっているはずである。しかし・・・どれだけスクロールしても、それに該当するような趣味は見あたらない。
そもそも、そんな凄い趣味があるのだとしたら、なぜすぐに思いつかないのだろう。自分が非モテだからなのか・・・カレは改めて「モテる趣味」「話題の趣味」を検索するが、やはりピンとくる結果は得られない。
「自分の未来って気にならない?」
「なに突然?」
未来?もしかして・・・
つづく