見出し画像

八ヶ岳(西岳)登山ルポ

せっかくの山梨長期出張だから、駆け込みで八ヶ岳でも行こうかなぁ。何となく思いつきで考えていたが、八ヶ岳は公共交通機関でのアクセスが難しく、標高も高めのため単独の登山は危険だ。登山をする友人にも「八ヶ岳より登りやすくて、富士山もきれいに見れる三つ峠とかの方がいいかもね。」とおすすめされていた。

山梨県、長野県の県境に位置する八ヶ岳連峰

9連勤後の平日の半休と1日休みは、軽く渓谷ハイキングと三つ峠と決めていたが、半休当日になって難しい方に挑戦したくなった。映えよりも未知への遭遇を選んだ。冬の単独の八ヶ岳登山だ。八ヶ岳の西岳、編笠岳ルート、三つ峠の山の地図はあらかじめ携帯にダウンロードしておいた。登山道から外れるとアラートも鳴るし、オフラインでもGPSの位置から迷うことなく登山道に戻れる。危険だったり、体力、気温的に厳しければ途中で引き返してもいい。

登山道までの動線に入り、最初に目に付いたのは熊出没注意の看板だ。人気のハイキングコースならまだしも標高2,400m以上の山々が連なる冬目前の八ヶ岳連峰に人はほぼいない。野生動物がいれば早めに察知して静かに距離を取り、通り過ぎるのを待たないといけない。

登り160分、下り120分で往復約4時間半の西岳ルートを選ぶ。より標高が高い編笠岳ルートでは往復6時間かかり、降りる頃には土砂降りの雨の予報だった。何より体力的に無謀だっただろう。まず登山道までのルートが傾斜があり、厚着をするジャケットの内側はすでに汗をかいている。ダウンを脱ぐと冷たい風で体が冷え、着るとすぐに暑くなる。標高や傾斜に応じて細かく体温調整、水分補給をしないといけない。主な装備はダウン、ウインドブレーカー、上下の保温ウェア、最低限の水と食料、トレッキングポールだ。携帯を見ると電波は届いていた。富士見市で1℃なので、この標高と風だと体感気温は-3℃くらいだろうか。

山には人1人もいなかった。登山中には息切れや体温調節のため何度も腰を下ろした。その度にごうごうと山を吹きつける寒風の音、それを防ぐ針葉樹の擦れる音、ぎいぎいと木の軋む音が聞こえる。時として無音になる。休憩中、遠くでガサリと何かが動く音がする。茶色く大きな物が奥で動いている。冬眠前の熊か。荷物を持って静かに後退りする。その時、その茶色いものは群をなして素早く駆け去っていく。野生の鹿の群れだった。登山の疲れと恐怖もあり、足はガクガクと震えていた。

山は良くも悪くも死の近い場所だと思った。都市部の日常では大型野生動物に襲われたり、遭難して凍死する恐怖とは無縁だが、本来人間は野山を駆け巡り、狩りをして生きてきた。それが火を得て、家畜を飼い、電気を得てIT化をした。世の中のことは大体デジタル化したシステムで回っている。ただ、この山は昔からこの姿のままだ。人に生き物としての本来の無力さを純粋に教えてくれる。ふと、このまま山で事故で自分が死んだら自殺だと思われたら嫌だなと思った。しかし、広大な山中の静かな場所で孤独に人生を考えられる機会はなかなか無い。棺桶に入って臨死体験をするという某サービスを思い出した。本当に大切な事というのは、多忙で雑多な日常よりもリラックスした休日に孤独から、潜在意識から拾ってあげるべきだと思った。

西岳山頂 あの世のような風景

その後、無事2,398mの西岳を標準より早く4時間で下山を済ませ、近場の温泉と定食屋で癒され、帰宅後は泥のように12時間寝た。これが山屋なりのととのいかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!