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記憶の川を遡る旅(1日目)
二泊三日の夏休みは、急遽、台風の影響の少なさそうな岩手県の北上川沿いの街を走ることに変更した。
国道4号線、東北新幹線沿いといえばわかりやすいだろうか。
気温が高くなく、安く泊まれる宿もある。
北上川の終りは石巻で、去年の夏休みに走っていたところだ。
この川を、石巻から北上すると平泉になるというのが気になっていて、いつか行ってみたいと思っていた。
◇ ◇ ◇
午前4時に起きて、資源ごみを出して駅に向かう。
去年の夏休みは、午前六時の新幹線ホームがすごく混んでいたので、かなり余裕を持って家を出た。
自転車を分解して袋詰めする作業がスムーズに終り、午前5時の京浜東北線で東京駅へ。
予想以上にガラガラで、ひたすら何もすることのない時間をボーッと過ごした。
初めて一ノ関で降りる。
思ったより暑い。
自転車を専用の袋から出し、組み立て、平泉に向けて走り始める。
◇ ◇ ◇
この台風がなかったら福島県いわきに行く予定だった。
平泉を中心とした地域を治めていた藤原氏の妹がいわきに嫁ぎ、そこにも同じような浄土信仰のお寺を作った、という話を聞いていた。
平泉の「泉」を分解して「白水」とし名付けた阿弥陀堂。
ゴールデウィークにいわきに行って、それを訪ねてきたのを思い出し、何かに呼ばれて平泉に来たのかなと自転車に乗りながら感じた。
藤原氏の本拠地毛越寺に着いた。
極楽浄土をイメージし贅を尽くしたという、お寺というより庭園、箱庭だった。
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杯に酒を入れ、歌を書いた短冊を乗せて流し、下流で受け取った人が、その詩を読んで、酒を飲むと、説明があった。
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極楽浄土とは、藤原氏にとってであり、民のためではない。
人間も自然の摂理さえも、手中に収めたいという執着を感じたが、どんな人であっても死からは逃れられないのが人間の摂理なんだと改めて感じた。
さて、毛越寺をくまなく歩いたが、金色堂がない。
そうか、中尊寺と言う場所が他にもあるのか。
普段なら、もういいやと先を急ぐが、今回は走る距離を抑えているので立ち寄ることにした。
中尊寺は1つの丘のような山の上にある。
上野公園のお花見のような観光客の人々が急な参道を登っていく。
参道は樹齢の古そうな高い木に囲まれて、直射日光を遮ってくれるが、風の流れも遮るためムシムシと暑い。
ようやく登り詰めると、そこに金色堂があった。
入館料を払って入る。
「金色に輝く仏像は、永遠を表したいのか。これで、作ったあなたは救われるのか。」
「何に怯えて、こんなものを作ったんだろう。」
そんなことが、頭をよぎった。
金色堂を出ると、あまり人はいないところに能楽堂があった。薪能を近くやるらしく、準備がぼちぼち始まっていた。
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この絵の松から、能舞台では死者が降りてくると考えられているそうだ。
能とは死者との対話の舞台だという。
この壮絶な歴史のある地で演じられる能は、さぞかし力強いだろう。源義経の無念も。
死者との対話がある芸能と言うことは、死んでもなお魂とでも言うべき何かはこの世に残り続ける、ということをかすかにでも信じる(信じられる)ことかもしれない。
死者と話すことで、死者から叡智をもらうことでもあるのか。
死者と語ることは、自分の命も死では終わらないと思えることでも、あるかもしれない。
そんなことを、考えた。
今回の平泉の中でこの能楽堂が、そして金箔とは真逆の色あせた松の絵が、一番胸に刺さった。
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黄金の緑
Stay Gold
山を降りると、ひたすら刺すような直射日光の中を北に、北上市内に向かう。
ほぼ、主要国道の歩道を走っていたので、あまり楽しい走りではなかったが、最後の方で、昔ながらの奥州街道の名残がある静かな道に出会った。
「ああ、この静寂がありがたい」
走っていると、日も傾き始め、影も増えてきた。
日陰に入ると、夏の夕暮れの田んぼの匂いや湿度を伴った涼しさが心地よかった。
夏ってこうだった、昔は。
夕暮れ前に北上の街に着いた。
思ったよりも小さな飲み屋さんが多く、自分でも入れそうだった。
ホテルにチェックインして、すぐに着ていた服をぬるま湯と石鹸で洗い、部屋に干してエアコンをドライモードに。
こうすると、翌朝には全て乾いている。
ありがたい。
ふと時計を見ると午後5時。
入りたい店があるなら開店一番に入るのが、自分の旅先での流儀。
店の前を通ったら、暖簾を出しに出てきた店のオヤジさんと思いっきり目が合って、そのまま入ることにした。
お通しが美味しい。
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久々の岩手内陸は、煮物がうまい、煮物で酒を飲むのが今の自分には一番、と感じた。
その後、入ってきたお客さんは郡山のご夫婦と、戸隠からのバイクのお兄さん。
オヤジさんやお客さんとすっかり飲み過ぎて、金箔級の金額になった。
部屋についてからの記憶はなく翌朝へ。
こうして1日目が終わったのだった。