音楽用語解説:アポジャトゥーラ(前打音、倚音)
「アポジャトゥーラ(伊:appoggiatura)」とは装飾音の一種であり、和名で「前打音」、「倚音(いおん)」と呼ばれ、辞書的には「旋律を構成する音の前につく装飾音」、和声学的には、「和音の交替点に現れる復元転位音」と書かれています。
時代としてはバロック時代の楽曲に頻繁に登場し、楽曲分析時にも言及することがしばしばあるので、今回簡単に解説してみたいと思います。
アポジャトゥーラの実際の譜例
まず、上記の定義ではいまいちよくわからないので、早速譜例を使って説明していきます。
まず以下の譜例をご覧ください(※すみません、出典元の楽譜は忘れましたが、ジャン・フィリップ・ラモーのクラヴサン楽曲の1つです)
この赤く囲った装飾音をアポジャトゥーラといいます。ちなみにこの装飾音は、演奏上はどのように弾くかというと次のようになります。※ちなみにドの方を強く演奏します。
定義1:旋律を構成する音の前につく装飾音
これを踏まえて、最初に記載したアポジャトゥーラの定義をもう一度見てみましょう。「旋律を構成する音の前につく装飾音」という意味もなんとなくわかるのではないでしょうか。
上記の譜例は、弾いてみればわかりますが、この高いソから始まるメロディは、ファ→ミ→レ→ドときたら、「レ~」で終止したいと思いませんか?つまり、次のような次の譜例の感じです。
言い換えれば二分音符のレの前についたドの音は装飾的な役割であり、言ってしまえば「あってもなくてもどちらでもいい」音と言えます。まとめると、右手のファミレドレ~、の旋律を構成する「レ」の音の前に打たれた装飾的なドの音をアポジャトゥーラ(前打音)と呼ぶのです。
定義2:和音の交替点に現れる復元転位音
ただし、これだけでは、アポジャトゥーラの完全な定義をなしていません。前に置かれた装飾的な音がすべてアポジャトゥーラとはいえないからです。そこで、最初に記したもう1つの定義を見てみましょう。「和音の交替点に現れる復元転位音」です。
まず和音の交替点とは何でしょうか。これは文字通り、和声=コード(この譜例ではG、A、Dの3つが用いられています)が変わる(交替する)場所です。下記の譜例では、下の図にてオレンジでくくったところ3箇所のそれぞれの1音目のところです。
次に転移音というのは、ある和声を構成する音から上下どちらかとなりの音に1つずれた音のことを指します。
例えばDのコードの構成する音はレ、ファ#、ラです。ですからDのコードの構成音の1つであるレの音から、1つずれたド♯は転移音と言えます。
そして最後に、復元転移音というのはその和音の構成音に戻ろうとする転移音のことを指します。上記の譜例で青く括った音の中にあるド♯の音は次の音でDの構成音であるレにちゃんと戻っていいます。つまり、このド♯はレに復元している転移音ということができます。
以上のように、全部まとめてみると、このド♯は復元転移音であり、なおかつ、コードがAからDに代わる和声の交替点上にあるので、無事アポジャトゥーラということになります。
かなりまどろっこしい説明になってしまったが、これがこの装飾音の正体です。この装飾音自体は、バロック音楽を中心に近代音楽まで幅広い音楽で使われていて、作曲に欠かすことのできない重要なものとなっています。
今回使用した譜例はラモーの合奏形式のクラヴサン曲集からとったものですが、ここまであからさまで単純明快なアポジャトゥーラは、バロック音楽に多く、古典派以降の音楽ではそこまで使われません。
ちなみにモーツァルトはピアノソナタ作品集で、この装飾音をかなり多用しているので、チェックしてみると面白いかもしれません。