音楽用語解説:オスティナート
オスティナート(伊: ostinato)とは、ある音型やモティーフを、まとまった楽節全体を通して続けて何度も繰り返す技法のことです。クラシック音楽において時代を通して広く使用例が見られるこの技法について、譜例を用いながら紹介したいと思います。
オスティナートは「しつこく繰り返す」もの
オスティナートはすでに13世紀の音楽から使われた技法であり、バロック時代に入ってからも多く例が見られます。古典派やロマン派の音楽からはあまり現れなくなりましたが、近代音楽から再び使用が多く見られるようになりました。
使用例の多かったバロック時代では、オスティナートはしばしば低音パートに用いられ、バッソ・オスティナート(執拗低音)と呼ばれています。
オスティナートは、平たく言ってしまえば「単にしつこく繰り返す」という技法なので、特に解説を必要とするほど難しい話ではないのですが、やや意味が曖昧です。「どのくらい反復されればオスティナートとみなせるか」という厳密な定義はありません。
一応、辞書的な定義によれば、この技法は「楽節全体を通して」とあるのですが、音楽を聞いたり楽譜を見たりした人が、「感覚的に『しつこく繰り返している』と感じるくらいの反復」としか言えないでしょう。
楽譜で見るオスティナートの使用例
では、実際にオスティナートが曲中でどう使われているのかを譜例を使いながら見ていきたいと思います。今回は広義に解釈して、ひたすら繰り返すという程度の意味に限定して幅広く紹介していきます。
特に多くのフランスの作曲家が脚光を浴び始めた近代以降の音楽のにて使用例が多いので、フランスの音楽の紹介を兼ねてこの技法の使用を見ていきたいと思います。
クープラン:「選り抜きのミュゼット」
まずは、オスティナートの使用の全盛期であるバロックでの例を1つ挙げます。フランソワ・クープランのクラヴサン曲集の第15組曲にある「選り抜きのミュゼット(Musette de choisi) 」という曲です。
譜例にあるように、低音部は主音と属音の2つからなる16分音符のモティーフが延々と繰り返され、これは途中で全く変わることなく曲は終わります。「ある音型」が「途切れることなく」「何度も繰り返される」という、もっとも典型的なオスティナートの例です。
ちなみにミュゼットとは、バロック時代に流行した3拍子の舞曲のスタイルの1つで持続低音を使用して作曲されることが多いものとしても知られています。持続低音とはその名の通り、最低部の声部に持続的に現れる音のことです。
そう考えると、持続低音がオスティナートの一種であるかは私は分からないのですが、「反復されている」という感覚を与える場合、私はそう解釈してよいのではないかと思っています。
ラモー:「ロンド式のミュゼット」
同じくバロック時代の作曲家であるジャン・フィリップ・ラモーもミュゼットを作曲しており、やはり、そこでも持続低音を用いているため、オスティナートの片鱗をのぞかせています。ここでは最初の主題が終止するまで、左手の主音が何度反復されています。
ここまでバロック時代の例を2つ挙げてみました。次の時代の古典派はどうかというと、私の知っている狭い観測範囲では古典派時代のオスティナートの例が見つかりませんでしたので省略します。使われていることは間違いないはずですが、私がその時代の曲を知らないので。(すみません)
サン=サーンス:「イタリアの思い出 op.80」
ロマン派の音楽には、あまりよい例ではありませんが、いくつか例があります。 まずは、サン=サーンスのピアノ作品「イタリアの思い出 op.80」では次のようなフレーズが現れます。
これはオスティナートというには反復が少なく、そう呼べるかどうかがあやしいところなのですが、枠で囲った冒頭の音型は伴奏の和声を変えながら複数回反復されます。オスティナート特有の「しつこさ」が多少感じられます。
シャブリエ:「木陰で」
ロマン派の音楽では、シャブリエにもオスティナート的な効果を持つフレーズがあります。 フランシス・プーランクも賞賛する彼の代表的作品「絵画的小品集」の第4曲目「木陰で」では冒頭の左手の1小節の音型が、その後数小節ずっと繰り返されます。
分散和音のようですが、ファ♯の刺繍音があるため分散和音の伴奏には聞こえず面白いフレーズです。 この音型自体は、そこまで長く繰り返されないものの、聞く人にとっては「低音部でずっと同じような音がなっている」という感じを受けるフレーズであり、オスティナートに近い効果を与えています。
アルカン:「ファ:アレグレット(Fa, Allegretto a-moll)」
オスティナートと呼べるか少し怪しいのですが、それに近い効果をもたらす非常にユニークな楽曲がシャルル=ヴァランタン・アルカンのピアノのための「歌曲集」の第2集に収録されている「ファ:アレグレット(Fa, Allegretto a-moll)」という曲です。
この曲名が示すように、色で囲った「ファ」の音は曲の最後までほぼ途切れずにしつこく繰り返されるという非常にユニークな作品です。
このファの音は、一定の音型、モティーフ、リズムパターンが繰り返されているというよりも、ただ断続的に鳴らされているだけで、ある種の保続音という解釈のほうが正しそうです。それゆえ、これをオスティナートの例と紹介するのが正しいかは非常に怪しいところですが、この「しつこさ」という意味ではオスティナートが与える効果に近いものがあると考えています。
ドビュッシー:「スケッチブックから」
近代音楽では、古典派やロマン派の音楽に比べてオスティナートの使用例が多いように思われます。
近代音楽の礎を築いたドビュッシーは、ピアノ作品にてオスティナートをそこまで用いていませんが、「スケッチブックより」ではその片鱗が見られます。
これも特定のモティーフの反復というというよりは、ただ音の反復という印象であり、しかもこのオクターブのドの音は5小節しか繰り返されません。その意味でオスティナートと呼ぶにはちょっとインパクトが弱いかもしれませんが、遠くの方でさりげなく何度も鳴らされるこの音は良い効果を出しています。
ラヴェル:「絞首台」
同じく近代音楽の巨匠のラヴェルの作品には、少なからず使用例が見られます。
「夜のガスパール」の1曲目「水の精」の冒頭部で見られる右手の伴奏パターンがその例ですが、2曲目の「絞首台」では、もっと明確なオスティナートの見本のようなフレーズが現れます。
この曲では譜例にもあるように、シ♭の音が曲中ほとんど途切れることなく、延々と繰り返されます。さらに、付点四分音符+付点四分音符+四分音符というリズムパターンもほとんど崩れることなく合わせて繰り返されます。
この曲はこのひたすら続く繰り返しがこの曲のタイトルからも暗示される不気味な雰囲気の醸成を促しています。
ちなみに3曲目の「スカルボ」にもオスティナートは部分的に見られます。伴奏のパートのほうに度々現れますが、ただ、つかの間の使用であることが多いので、それぞれあまり目立ちませんし純然たるその技法ではないと思います。
ドビュッシーやラヴェルと世代が近く、かつ偉大な作曲家であるシャルル・ケクランには使用例が多く見られます。下の譜例はピアノ作品「ペルシャの時」の第2曲目の「キャラバン」です。
この曲では左手のドとソが作る5度音程がひたすら繰り返されます。左手はハ長調のトニックですが、右手の演奏は全くハ長調と無関係であり、無調性や多調性の響きを演出します。途中では、この5度の和音は違う音程に移され演奏されます。
サティ「最後から2番めの思想」
最後にエリック・サティから1つ例をあげます。 おそらく近代のみならず全ての時代の音楽の中において、サティは最もオスティナートを愛用した作曲家ではないかと思うくらい使用例が多いです。
あの有名な800回以上繰り返す指示が書かれている「ヴェクサシオン」もまさにこのオスティナートの発想であるでしょう。
最もわかりやすい例はピアノ作品「最後から2番目の思想」に含まれる3曲です。
上記の譜例はそのうちの1曲目「ドビュッシーへの牧歌」です。左手の伴奏パターンは曲の最初から最後の小節の終止音まで一度も途切れることなく繰り返されるという、これこそ最も典型的なオスティナートの例です。
この「最後から2番目の思想」に含まれる残りの2曲も、伴奏の音型が全く変わらず曲が進む曲となっており、この3曲はすべてオスティナートをテーマに作られています。
伴奏が全く変わらず曲が成り立つというのは、一見不思議な感じですが、実際そのような作品ができてしまうから驚きです。
ちなみにプーランクはサティから受けた影響の1つにこのオスティナートの使用がありますが、プーランクはおそらくこの曲からその影響を受けたのは間違いないでしょう。プーランクの初期のピアノ作品の「無窮動」の第1曲目が、サティのこの曲同様、終始全く形が変わらない伴奏であること、またプーランクが「最後から2番目の思想」の録音を残していることがその根拠です。
他にも、私が楽譜を見たり音源を聞いたりした限りでは、少なくともポール・デュカスやフロラン・シュミット、デオダ・ド・セヴラック、オリヴィエ・メシアンなどにも使用例があり、近代音楽で多用された技法であることを示しています。
オスティナートがもたらす効果
ここまで譜例を用いて紹介してきましたが、 最後にこのオスティナートという技法が生み出す効果について書いてみたいと思います。私はこの技法の持つ意味合いとして3つが挙げられると思います。
1.不気味さの演出
1つ目は「ひたすら繰り返す」ということが与える不気味さ。音楽のみならず、一般的に「全く同じことをひたすら繰り返す」という行為は、少し不気味というか狂気じみた不思議な印象を与えると思います。オスティナートが作り出すこうした効果は、ハーモニーという心地よさではない近代音楽ならでは独特の表現にまさに最適なものだといえるでしょう。
2.対位法の強調
2つ目は、対位法が強調された効果を与えることができること。 1つのパターンが繰り返され続けることで、それは全体の中で調和しているのでなく、同時に鳴らされているほかの声部と無関係に鳴らされている感じを与えるため、複数の旋律による対位法的な音楽的表現をより強調できると思われます。
3.多調性音楽との親和性
最後の3つ目は、多調性の表現を発生しやすくできるということ。 ひたすら同じモチーフや音型を保持することは、その音型が鳴らされている中で、本来その音型とは相容れない和声や旋律が乗ることが入りやすくなるために、この技法は多調性を容易に作ることができるという特徴があります。
紹介した譜例で言えば、ケクランとサティの例の曲でその効果が現れています。 オスティナートが近代に多く使われた理由は、多調性的表現と相性に負うところも大きいのではないかと思います。
以上のように、オスティナートの例と、この技法がもたらす意義について説明してきました。旋律を重視した聴きやすい曲を作曲するのであれば、おそらくあまり使用されないであろうし、また使用されてもほんの一時的な部分にしか現れないでしょう。
しかし、聞き手に意外性をもたらしたり不思議な空間を演出したりする際、有効な技法の1つになるのではないかと思います。