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ソフトアンドウェット

2023/12/19

 誰しも苦い思い出の一つや二つを持っているだろう。例に漏れず僕も持っている。苦くてたまらない。
 棒の先を液に浸らせて、反対側を咥える。ゆっくりと丁寧に息を吹き込んで、大きなシャボン玉を作る。シャボン玉は棒を離れて宙に浮かんだ。ふわふわと漂う。僕はその球の中に、昨日の出来事を描いてみた。電車で乗り過ごして知らない場所に行ってしまった少し苦い思い出。細かく思い出してしまって、ため息が出る。しかしシャボン玉がパッと割れた時、その苦い気持ちは消え去ったような気がした。
 また大きなシャボン玉を作る。今度は、もっと苦い思い出を描いてみた。君と過ごした日々が、宙を舞う。あれはとても苦くて、辛くて、酸っぱくて、そして甘かった。
 僕は慌てて手を伸ばす。駄目だ。消したくない。この気持ちは消しちゃ駄目だ。思い出を取り戻そうとしたその手が触れた瞬間、シャボン玉はあっけなく壊れた。心が減ったような心地がした。
 シャボン玉は、僕の大切なものを預けるには柔らかすぎたんだ。思い出を壊した僕の手は、少し濡れていた。

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