見出し画像

デマの訂正情報の拡散はむしろ逆効果!?~コロナ禍のトイレットペーパー不足から考える訂正情報の適切な流し方~

デマが流れた際は訂正情報を流し拡散さえすれば問題は終息すると思ってはいないでしょうか?実はそう単純な話ではないという研究結果があります。2020年2月に日本で起きたトイレットペーパーデマに起因する社会的混乱を分析した論文「Impact of correcting misinformation on social disruption」(米国科学誌「PLOS ONE」に掲載)によると、訂正情報の拡散はむしろ逆効果であったことが指摘されています。

本記事ではこの論文について解説をしつつ、正しい訂正情報の流し方について議論していきたいと思います。

要約

  • コロナ禍におけるトイレットペーパー不足デマに関する4,476,754ツイートを分析した結果、訂正ツイートが買い占めを誘発していたことがわかった

  • デマに対して訂正情報がどの程度広がれば混乱が収まるのかをシミュレーションで示した

研究の背景

SNSが私たちの生活に浸透している現代では、情報が瞬く間に広まり、時には大きな影響を及ぼすことがあります。2020年の新型コロナウイルス感染拡大の初期段階で起こったトイレットペーパーの買いだめ騒動では、SNS上で「トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」といった誤情報が拡散されました。

しかし、総務省の調査によると、実際にはその影響は限定的で、トイレットペーパー不足を信じる人はわずか6.2%でした。つまり、誤情報自体は大きな影響力を持たなかったと考えられます。この出来事を分析することで、SNSに流れる誤った情報と、それを訂正する情報が及ぼす影響を明らかにします。

デマと訂正情報の拡散状況

研究チームは、2020年2月21日から3月10日までの間にTwitter上で拡散したトイレットペーパー不足に関するツイートを収集し、分析しました。その結果、トイレットペーパー不足のデマを流すツイートよりも、そのデマを否定する訂正情報・品切れ情報のツイートの方が格段に多く拡散していたことが分かりました。

ツイートデータの概要

当初日本のメディアでは,デマが流れたことでトイレットペーパーの購買行動が促進されたとの報道が多かったのですが,上記結果は、問題の原因が当初のデマではなく,その後の訂正情報にあることを定量的に示しています。つまり、自身はデマを信じていなくても他者が信じていることを想定して行動してしまう「多元的無知」によってトイレットペーパー問題が生じた可能性が高いと考えられます。

販売数への影響を分析

次に、ツイートの拡散状況と実際のトイレットペーパー販売数の関係を調べ、トイレットペーパーの購入を促進した要因は何なのか(デマなのか、それとも訂正情報なのか)を調べました。

分析の結果、デマそのものよりも、デマを否定する訂正情報の方が、トイレットペーパーの過剰な購入行動を後押ししていたのです。
研究チームは、ツイートの拡散状況から推定される「各種情報の推定閲覧数」と実際の販売数を回帰分析しました。その結果、デマよりも訂正情報が含まれているツイートの視聴者数の方が、販売数に大きな影響を与えていたことがわかりました(下図x1とx5)。つまり、デマを信じる人はそれほど多くなかったものの、訂正情報を見た人々の中に、過剰反応を起こした層がいたと考えられます。

各種情報の推定閲覧数
x1:訂正情報、x2:誤情報、x3:完売情報、x4:訂正情報と誤情報、x5:訂正情報と完売情報、
x6:誤情報と売り切れ情報、x7:訂正情報、誤情報、売り切れ情報

適切な訂正情報のあり方

それではデマへの対策として、訂正情報を流すのは良くないことなのでしょうか?研究チームはシミュレーションを行い、デマの拡散の度合いによって、適切な訂正情報の量が変わることを明らかにしました。

デマの拡散率が低い(0%、1%、5%)場合は、訂正情報の拡散率が大きくなるにつれて販売指数も直線的に大きくなっています。つまり、デマの拡散が小さい場合は、訂正情報の拡散が少ないほど、トイレットペーパーの過剰な購入は抑えられることがわかります。

一方で、デマの拡散率が高い(10%、15%)場合、訂正情報の拡散率が極端に低いか高い場合に販売指数が大きくなり、適度な訂正情報の拡散率では販売指数が低くなるという山なり形状になっています。このことから、デマの拡散が大きい場合は、ある程度の訂正情報が必要だが、過剰な訂正情報も避ける必要があることがわかります。

デマの拡散率別のトイレットペーパー販売への影響をシミュレーション結果

とはいえ適切な訂正情報の拡散量を事前に見積もることは難しいので,現実的な施策例として「デマ情報を見ていないユーザーは訂正ツイートをRTしない」というルールを設定した場合に売上指数がどのように変化するかを実験しました。

その結果,このような施策を行うことで売上指数を48.7%まで減少させることが可能であることが示されました.

つまり誤情報の拡散が大きくない場合は,誤情報を見たユーザーだけが訂正情報を拡散することで社会的混乱を小さくすることが可能であることを示しています.

まとめ

デマが流れると親切心から訂正情報を流したくなると言うのが人の性だと思います。しかし、過剰に訂正情報が拡散されることでかえって社会的な混乱を招くことがあります。ソーシャルメディアの強い影響力が悪い方向に働いてしまわないように、情報を受け取る個々人が適切なリテラシーを身につけることが重要です。

■「TDAI Labについて」
当社は2016年11月創業、東京大学大学院教授鳥海不二夫研究室(工学系研究科システム創成学専攻)発のAIベンチャーです。AIによる社会的リスクを扱うリーディングカンパニーとして、フェイクニュース対策や生成AIの安全な利用法について発信しています。