“硫酸”事件 東京から静岡・沖縄へ・・・逃走犯逮捕の舞台裏とは
8月、東京・港区の白金高輪駅で男が知人の男性に硫酸をかけた事件。
男は犯行後、静岡の自宅に戻り新幹線や飛行機で逃走を続けていたが、事件から約80時間後に沖縄で身柄を確保された。逮捕に至るまでの、捜査班の舞台裏を取材した。
■事件発生、犯人は逃走
8月24日午後9時すぎ。
「白金高輪駅で男が、男性に硫酸とみられる液体をかけた」
「男は現場から逃走、被害者は火傷を負っている」
事件の一報を受け、警視庁捜査1課の初動捜査班は、逃げた男の行方を追った。
初動捜査班とは、名前の通り、凶悪事件発生時に、いち早く現場に投入されるチームで、防犯カメラ捜査をはじめ、聞き込み、張り込みなどを行い、容疑者を割り出す捜査を担う。
■無差別の犯行か?それとも狙ったのか?
無差別であれば、一刻も早く犯人を捕まえて第二の事件を防がなければいけない。
被害者の男性を狙っていた場合は、男性の行動をたどれば、犯人があとをつける様子が確認できるはず。
犯行前と犯行後、捜査班は二手に分かれて逃げた男の足取りを追った。
■犯行「後」の足取りは…
事件現場の駅の利用客は、出口を出たあと住宅街へ向かったり、スーパーやコンビニエンスストアなどに立ち寄ったりする人が多い。
一刻も早く現場から逃げようとしている犯人は違う動きをしているのではないか。
そう考えた捜査班は、通行量の多い大通りで、白っぽい服を着た人物が車に乗る様子が小さく写る防犯カメラの映像を見逃さなかった。
一瞬だが、手を挙げているようにも見える。
「タクシーに乗ったのか?」
犯行時、男は黒い服を着ていたが、実は駅を出る間際、ショルダーバッグの肩掛けを外そうと頭をくぐらせ着替えようとするような動作が防犯カメラに捉えられていたのを、捜査員は見抜いていた。逃走犯が服を着替えるのはよくあることだ。カメラに写った服の色にはとらわれなかった。
■犯行「前」の足取りは…
一方、犯行前の足取りを調べていると、赤坂見附駅近くにある男性の勤務先の周辺に、男がいたことがわかった。
さらに時間をさかのぼると、男は、事件当日の午前中、新宿駅にあるバスターミナル付近をうろついていたことも判明。
「もしかしたら、遠方から高速バスで来たのか?」
捜査員がそう思ったのは、過去、別の事件で、犯人が高速バスを使って都内に来ていたことがあったからだ。
経験に基づく勘が働いた。
「仮に遠くから高速バスで東京に来たなら、犯行後も遠くへ逃げ帰るのではないか。それならば、新幹線に乗るかもしれない」
現場の白金高輪駅から最も近い新幹線の駅は、品川だ。
そして品川駅の防犯カメラ映像を確認すると、予想は的中。
タクシーから降りる男の姿があった。
品川駅で、静岡までの切符を買ったことも確認できた。
■静岡の自宅を突き止めたが…
男は、静岡駅で改札を出たあと、どちらへ向かったのか。
犯行後、男が静岡駅に着いたのは事件当日の午後11時頃。
「時間も遅いし、静岡駅でもタクシーに乗ったのでは?」
そう考えた捜査員がタクシーの行方を追ったところ、住宅街へ進んでいき、事件発生から2日経つ前に、家を突き止めた。
しかし、人の気配がない。付近の防犯カメラを確認すると、犯行時とは違う大きな荷物を持って、事件の翌朝、自宅を出て行く男の姿が映っていた。
■大きな荷物を持ち出かけた男は沖縄へ
「この荷物の大きさは、どこか遠くへ行く」
「土地勘のあるところへ向かうに違いない」
捜査員は、犯人の気持ちになり、自然とそう考えた。
そして事件の翌日自宅を出た男が、静岡駅から新大阪行きの新幹線に乗ったことが確認できた。
事件から2日ほど経つと、別の班の捜査で、花森弘卓容疑者(25)が浮上し始め、沖縄の大学に通っていた経歴も判明した。
花森容疑者が静岡駅で買った切符の料金から、名古屋付近で降りることが予想された。
「中部国際空港から、土地勘のある沖縄に行くのではないか」
捜査員の読み通り、名古屋で新幹線から飛行機に乗り継ぎ那覇空港に向かっていた。
空港到着後、小走りに出口へ向かう花森容疑者の姿が防犯カメラに写っていた。
「急いで何かに間に合わせようとしている。空港から出るバスではないか?」
時間を調べると、名護市行きのバスに飛び乗っていた。
やはり土地勘のある大学前で降車し、事情を隠して知人の家に滞在していた花森容疑者。
28日午前、犯行時に自身が負った火傷を隠すためなのか、サングラスをつけ、長袖を着てベンチに腰掛けていたところ、警察官に声を掛けられ身柄を確保された。
犯行から80時間ほどの追跡劇だった。
捜査班が解析した防犯カメラの映像は251台だが、抽出したのはあわせて25時間分の映像だ。
映像の全てを見ていたら時間がかかってしまうが、捜査員の経験と“読み”をもとに分析したことで、花森容疑者の逮捕に至った。
ある捜査員は、「AIなど最新技術も利用するが、それだけには頼らない。捜査には、捜査員1人1人の判断力が必須だ」と語った。
柏木理沙 記者
2013年入社。報道局政治部、「Nスタ」取材ディレクターを経て、去年から社会部警視庁捜査一課担当。