【news23】実用化は?ワクチン開発 最大の壁は1万人の治験者確保 村瀬キャスター解説(2020年7月17日放送)
山本アナウンサー:
新型コロナウイルスとの戦い、まだまだ続きそうですが、大きく変えると期待されているワクチン開発の最前線について、村瀬キャスターです。
村瀬キャスター:
ワクチンは世界各国が競って開発を進めています。
国産ワクチンはいつ実用化されるのか?開発の現場にカメラが入りました。
(2020年7月17日(金)放送「news23」より)
■VTR「ワクチン開発の最前線」
「日本の新型コロナウイルスワクチンの開発の先頭を走っているのがこちら(大阪・吹田市)の建物にある研究室なんです」(村瀬健介キャスター)
開発を行っているのは、大阪大学と日本のバイオ製薬企業です。
「ちょうどDNAワクチンのプラスミド(体内への運び屋)を増やしているところ」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授
「これがまさにワクチンの?」(村瀬健介キャスター)
「元のやつ、ただしこれはあくまでも動物実験のもので、本当の医薬品製造はもっと大きなタンクでつくる」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授)
実際に人に投与するレベルのワクチンを見せてもらうことができました。
「これがワクチンそのもの?」(村瀬健介キャスター)
「そうです。これは人に打つために作ったやつが届いたところ」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授)
このワクチン、特徴は新型コロナウイルスの“遺伝子”を使用していることです。
遺伝子を含んだワクチンを接種することで、体の中ではこの異物を排除しようとする作用が働き“抗体”と呼ばれる物質が現れます。
この“抗体”ができれば、その後、本物のウイルスが体内に入ってきても感染を防ぐ役割を果たすのです。
このウイルスの遺伝子を使ったワクチンは「DNAワクチン」と呼ばれ、従来のワクチンに比べ副作用が少なく、大量生産が可能だと言います。
この研究チームは3月から開発に着手していて、20日間で第一段階の実験用ワクチンを完成させました。国内生産を急ぐ理由を研究リーダーはこう説明します。
「次に何かウイルスのパンデミック(流行)が起きた時に、各国はまず自国の国民のためにワクチンを確保する」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授)
WHOの発表によると世界では160以上の開発チームがあります。(7月14日時点)
イギリスの企業は最終試験(フェーズ3)に入り、9月の実用化を目指すなど、世界各地でワクチンの開発競争が激化しています。
政府は完成したワクチンを積極的に各国から取り寄せるとしていますが、森下教授は輸入できる保証がないことを危惧しています。
「必ずしも日本のためのワクチンが十分に供給される保証はない。日本国内でも迅速にワクチンを供給できる体制というものを、国民の安心・安全のために今後は整えていく必要がある。」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授)
こちらの研究チームでは、動物実験で体内に“抗体”ができることを確認。6月30日からヒトへの「臨床試験」に入りました。来年春の実用化を目指しますが、そこには大きな壁が立ちはだかっています。
「感染が減るということは良いことだが、ワクチン開発の状況からいくと皮肉な状況になってきている。我々だけでなくワクチン開発しているグループ皆さんがそれが一番のジレンマだと思う。」(大阪大学 森下竜一 寄付講座教授)
一体何が壁となっているのでしょうか。
■村瀬キャスター スタジオ解説
山本アナウンサー:
ワクチン開発の壁、いったいどういうことなんでしょうか。
村瀬キャスター:
意外に聞こえるかもしれないんですけれども、実は、日本の感染者が少ないということが一番の壁になっているんです。
山本アナウンサー:
感染者数が少ないことが壁になってしまっているというのは、どういうことですか。
村瀬キャスター:
簡単にワクチン開発の段階をご説明しますが、徐々に臨床試験の人数を増やしていって、最終段階の試験が行われるんですが、この最終段階が一番の問題になっているんです。この最終段階では、1万人規模の試験を行い有効性を確認するんですが、実は今の日本の感染状況では有効かどうかのデータが充分に集まらないという状況になっているんです。
山本アナウンサー:
日本の感染者が少ないがゆえということですよね。良いことではあるけれども、ワクチン開発には壁になってしまっている・・・
村瀬キャスター:
そういうことなんです。そこがまさにジレンマなんですけど、実はこういう状況に直面しているのは日本だけではないんです。
村瀬キャスター:
こちら(1daysooner)のホームページをご覧いただきたいんですが、実は"コロナに感染してもいい"ボランティアを募集しているんです。
山本アナウンサー:
どういうことですか?コロナに感染してもいい?
村瀬キャスター:
そうなんです。少しばかげた話のように聞こえるかもしれないんですが、こちらのプロジェクトは、アメリカの大学教授を中心として進められているプロジェクトでして、実際にノーベル賞受賞者15人も賛同している、非常にまじめなプロジェクトなんです。
実際に何が行われるかということなんですが、ボランティアは開発中のワクチンを接種した後に、ほぼ100%感染するような環境におかれて、そのワクチンの効き目をより迅速に確認する、そのデータを得るという作業なんです。
山本アナウンサー:
わざと感染させるということですか。
村瀬キャスター:
まさにそういうことなんです。
村瀬キャスター:
ただリスクがありますので、若くて健康な方に限られるということです。
山本アナウンサー:
ちょっと怖いですよね。
村瀬キャスター:
ただ実際にすでにボランティアの募集が始まっていまして、7月17日午後11時現在、3万2000人を超える人がボランティア候補として登録しているんです。
山本アナウンサー:
3万人以上の方が・・・
村瀬キャスター:
世界では、日本からみるとだいぶ先の議論をしているんですけれども、取材をした大阪大学の森下教授も、ワクチン開発を春先には終わらせたいとしているんですが、日本の現状にあっていないワクチン開発の基準をどうするのか、議論をはじめてほしいとしています。
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「news23」 村瀬健介キャスター
1976年生まれ。2001年TBS入社。社会部警視庁担当、検察担当や報道特集ディレクターなど。2015年から中東支局長。2019年からNEWS 23 取材キャスター。
取材後記
取材の最大の醍醐味は、現場で思いもよらない事実に行き当たることだ。今回の取材でも、期せずして思いもよらない事実を知ることになった。
新型コロナウィルスのワクチンはいつ開発されるのか。すでに半年も続くコロナ禍の中で、人々のワクチン開発への期待は絶大なものがある。
今回の取材は、国産ワクチン開発でトップを走る大阪大学の森下竜一教授の研究室で行われた。動物実験を終え、いよいよ人を対象にした臨床試験に移ろうとしていた森下教授のワクチン開発の現場を取材することで、ワクチン開発の目処を伝えられるのではないかと考えていた。
しかし、森下教授から聞かされたのは「このままでは日本で臨床試験ができない」という事実だ。しかも、その理由が日本の感染者が少なすぎるということだという。逆に言えば、日本で爆発的な感染が起きない限り、日本では臨床試験ができないのだ。
解決策は、爆発的流行が起きている外国で臨床試験を行うか、海外で開発された同種のワクチンのデータを参考に有効性を判断するか、あるいはワクチン開発の基準そのものを変えるかだ。日本の科学技術を使って主体的なワクチン開発ができるかどうかは、いま開発者たちが直面している「臨床試験の壁」をどう乗り越えるかにかかっている。社会としてどれほどのリスクとコストを受け入れるのか、議論を始める必要があるのではないか。