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外出制限から1か月…「NYを自由にしろ!」

「フリー・ニューヨーク!」

突然だが、ニューヨーク州の州都はどこかと尋ねられて、その名が出てくるだろうか。正解は、オールバニー(Albany)。ニューヨーク市の北およそ240kmに位置し、人口は約9万人(ちなみにニューヨーク市の人口は約840万人で、全米最大の都市である)。これといった観光名所のない、こう言っては失礼ながら、郊外の地味な都市である。ニューヨーク州民でも、特に用事がない限り訪れない。

そのオールバニーで、4月22日、新型コロナウイルスによる外出制限に抗議するデモが行われることになった。すでに米国のいくつかの州で、同様のデモが散発的に起きてはいる。だが、ここはニューヨーク、全米最悪の被害が出ている感染拡大の中心地である。いったいどんな人々が集まるのか。ニューヨーク市から車を2時間半走らせ、オールバニーへと向かった。

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オールバニーの州庁舎前には、車で数百人が集まっていた。目に飛び込んできたプラカードには、「Free NY=ニューヨークを自由にしろ」とある。外出制限措置を解除せよ、という意味である。デモ参加者は、「このまま経済活動が再開されないと、生活が立ち行かない」、「ウイルスと同じくらい、貧困は悪だ」と口々に訴えている。現場は、都市部のニューヨーク市とは全く違う雰囲気だった。 


都市vs郊外 感染者の9割は都市部に

報道では「全米最悪の被害が出ている」と枕詞がつくニューヨーク州だが、感染者の分布を見ると、実に9割が、都市部のニューヨーク市とその周辺に集中している。大都市特有の人口密度の高さや、地下鉄利用などが感染拡大の一因と指摘されている。その一方で、オールバニーなど人口密度の低い郊外では、感染者は殆ど出ていない。一般的に「ニューヨーク」と聞いてイメージに浮かぶ大都会は、マンハッタンなどニューヨーク市のごく一部に過ぎない。ニューヨーク州内の大半は緑豊かな風景が広がり、農業も盛んに行われている。地下鉄通勤などもない車社会で、自然と「ソーシャル・ディスタンス」=社会的距離を取ったライフスタイルが可能なのである。

コロナ被害に地域差があるにも拘わらず、経済活動の停止措置は州内一斉に行われ、3月22日からは、事実上の外出制限措置が発効した。あらゆる社会的活動が制約を受けている。こうした措置に、郊外に住む人が納得できないのも無理はない。「どうして都市部の奴らの病気のために、自分たちまで経済的な打撃を受けなくてはいけないんだ」と反発心をあらわにするのは、自然とさえ言える。

この新型コロナウイルスは、昔からの「都市vs郊外」の対立構造を改めて浮き彫りにしているのかも知れない。そんなことを考えながら取材をしていると、参加者の一人に、「どこから来たんだ」と話しかけられた。アジア系は殆どいないので、私たちは目立ったのだろう。彼は、オールバニーから車で30分ほどの街で農業を営む、リチャード・ハリソンさん(67歳)。私が「ニューヨーク市から来た」と答えると、リチャードさんは、経済活動が止まったために、食料の生産・販売ルートが大きく乱れていることへの懸念を語った。

フリーニューヨーク男性67

リチャードさんの周囲の農家には、レストランの営業停止等の措置で牛乳の販売先がなくなり、絞った牛乳を廃棄する人がいるという。豚の飼料代が高騰してしまい、泣く泣く子豚を処分せざるを得ない人も出ているという。更に、食料危機への懸念を口にした。「このままだとこれからの収穫シーズンに深刻な影響が出る。収穫する働き手がいなくなったら、食料はどうやってあなた方のテーブルに届くんだ?」このご時世に珍しく、携帯電話を持っていないというリチャードさんの手は節くれだっていた。政治的には、リチャードさんは長年の民主党員で、前回の大統領選もヒラリー・クリントンに投票したという。ニューヨーク州は伝統的に民主党が強く、州知事も民主党だ。だが、今回の対応を見て、次の投票先は変わることになりそうだとリチャードさんは語った。


「私の生活をここまで踏みにじる権利はない」

大学生18

参加者のなかには、若者の姿もあった。そのうちの一人、大学生のエミリー・オヘアさん(18歳)に話を聞いた。黒のダメージデニムに星条旗のバンダナを巻きつけたエミリーさんは、オールバニーから車で40分ほど離れた街から、両親と共にデモに参加した。エミリーさんはレストランで働きながら大学に通っていたが、州内のレストランの店内営業が一斉に禁止されたあおりを受け、解雇された。やはり飲食関係で働いていた母親も失業した。大学の授業はオンラインへと切り替わった。それでも大学の学費は支払わねばならない。父親は建設業でまだ仕事があるが、その収入だけでは家計はとても苦しいという。「新型コロナウイルスによって、高齢者や持病がある人のリスクが高いということは理解している。それでも、毎年、インフルエンザで多くの人が亡くなる。私は18歳で、そこまで感染リスクは高くない。私の生活をここまで踏みにじる権利は誰にもない」

エミリーさんは18歳。初めて投票権を行使することになる今年の大統領選について聞くと、できれば「リバタリアン」に投票したいと答えた。リバタリアンとは、より個人の自由を重んじ、政府の規制や課税を忌避する政治集団である。“自由至上主義”とも言われる。「でも、今のアメリカは二大政党が強いので、私の一票が“死に票”になってしまう。それは嫌なので、次は恐らくトランプ大統領に入れる」とエミリーさんは話した。


「自由に生きる、さもなくば死を」

写真5 トランプ車

今回のデモは、あくまで「新型コロナウイルスによる外出制限に抗議し、経済活動の再開を求める」という趣旨だった。だが、集まった人々を見ると、トランプ支持者の姿は目立ち、政治的な集会の色彩は強かった。「ニューヨーク州の郊外は、トランプ王国(Trump Kingdom)なのだ!」と叫ぶ支持者もいた。経済活動の早期再開に前のめりなトランプ大統領の言動に呼応して集まったと思われる。

写真6 タンクトップ

参加者には、極端な主張を展開する人も散見された。タンクトップ姿でメガホンを握った男性は、「このウイルスは武漢の研究所から来た。オバマ(前大統領)がカネを出していたんだ。ビル・ゲイツがワクチンを開発するのは、そのなかにマイクロチップを埋め込むつもりだ!」と、根拠不明の持論を展開していた。ちなみにこの日の気温は0℃、小雪もちらついていた。

写真7 ベビーカー

デモ参加者には、マスクをしている人は極めて少なかった。マスクをせずに小さな子どもたちをベビーカーに乗せて参加し、「ワクチンが開発されても、絶対に打ちたくない」と語る母親の姿もあった。日本だったら後ろ指を指されるどころか、石でも飛んできそうな光景である。「言論の自由が大事だから、ここに来た」と語る人もいた。実に自由である。

写真8 Live Free or die

デモ参加者が掲げたプラカードに、「自由に生きる、さもなくば死を」とあった。これは、英国からの重税に耐えかねて独立戦争を戦った建国の精神を象徴するモットーである。このモットーは、銃規制に反対する集会でもしばしば見かける。何事においても「自由」であらんとし、“お上”からの規制に抵抗するアメリカ人の気風をよく表している。新型コロナウイルスの感染対策では、時に市民の行動の自由を制限しなければ、死亡リスクは上がる。それでも、「自由でないくらいなら死を選ぶ」という。本人たちに死亡リスクの自覚がどこまであるかは別にして、文字通り、命懸けである。外出制限で不自由な暮らしが続くなか、この国が「自由の国」と呼ばれる所以を改めて見せつけられた1日となった。“自粛”が“要請”される国からは、どう映るだろうか。

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ニューヨーク支局 宮本 晴代 記者

報道局社会部で警視庁、文科省担当。のち、「報道特集」ディレクター時代は日本人遺骨問題を中心に北朝鮮取材を重ねる。「news23」ディレクターとしてトランプ大統領誕生の瞬間に立ち合う。2017年からニューヨーク支局で国連取材を担当しつつ、米国社会の森羅万象を見る。特技はハンガリー語。