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【私が中国に住む理由 vol.2】中国でトイレ革命を巻き起こす 川崎広人さん

ドキュメンタリー監督 竹内亮

私が中国で制作・配信中の、中国に住む日本人を紹介するドキュメンタリー番組「我住在这里的理由」(私がここに住む理由)。このコラムでは、番組で紹介した主人公を、日本人読者向けに再編集して紹介する。

中国でトイレ革命を巻き起こす
河南省在住 農業専門家 川崎広人さん(71歳)

中国にハマる日本人は結構多い。美味しい料理の虜になる人、ストレートな中国人の性格に惹かれる人、壮大な景色に魅かれる人・・・ かく言う私も、中国にハマってしまった人間の一人だ。そんな中国好きが集まると、中国愛トークが止まらなくなる。しかし、そんな中国好きですら、口をそろえて文句を言うのが「中国のトイレ」だ。

「ニーハオトイレ」という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。用を足している人同士挨拶が交わせる、仕切りの無いトイレを風刺した言葉だ。中国に来る前は、“仕切りの無いトイレなんて都市伝説だろう”と思っていたが、本当に存在した。仕切りがない、ドアがない、トイレが一つの水溝になっていて、前の人が流してくれないと後ろの人は流せない等々・・・ トイレ超先進国・日本で生まれ育った人間には想像もできないようなトイレが結構ある。

最近、日本のトイレに中国語で「トイレに紙を流してください」という注意書きがあるのは、注意しないと紙をどこに流せばいいか分からないからだ。中国では使用済みの紙は便器の隣にあるゴミ箱に捨てられる。日本と違って、排水管に紙がつまるためだ。・・・汚い話はこれぐらいにしよう。

多くの在中日本人はその現実に目をつむりながら、「いつか良くなる日がくるだろう」と、日々キレイなトイレを探して、なんとか生活している。しかし、人によっては、どうしても耐えられず、日本に帰ってしまう。

今回の主人公も、多くの人と同様、綺麗なトイレを愛し、汚いトイレを憎む日本人の一人である。だが、彼は中国のトイレを変えるために、真っ向から立ち向かっている。

汚い・くさいから生まれた閃き


今回の主人公・川崎広人さんは、中国・河南省の農村を拠点に、中国全土へ家畜の糞を使った有機栽培を広めるために奮闘している人物だ。

川崎さんは中国に来る前、岩手の生協の国際部で働いていた。その際、農業に関する知見を深めた川崎さんは、定年退職後、生協在職時代の縁で、2009年から一年間、中国・山東省の青島農業大学で農業の技術アドバイザーを務めることになった。

その際、中国のたくさんの農村を視察して回った。そこで川崎さんがなによりも衝撃を受けたのは、農村の「匂い」だった。農民たちが使うトイレは汚い、そのうえ家畜の糞が地面に放置されたまま。なのに、農民たちはその匂を気にも留めず、毎日生活している。

“こんな環境で農業をしているなんて”、とショックを受けた川崎さんは、どうにかしてこの環境を変えられないか考えた。そこで、考えついたのが家畜の糞を利用して農業をすることだった。

「有機栽培」は「トイレ革命」への一歩


そんな中、“経済だけでなく、民衆の生活環境も先進国を目指さなければならない”という意思のもと、習近平国家主席は2015年から「トイレ革命」を唱え始めた。まさに鶴の一声、当初の予定を上回るスピードで公衆トイレの立て直し、トイレ環境の改善が進められている。

そこで、政府が目をつけたのが、川崎さんの活動だ。今年から、トイレ革命の重点地域である河南省で、「トイレ革命」アドバイザーを務めることになったのだ。

トイレ革命を進める自治体に向けて、家畜の糞だけでなく、人間の排泄物も堆肥化する設備を取り入れることを提案した。自分が使うトイレだけじゃなく、自分の住む環境もキレイに保ってこその「トイレ革命」。そんな考えが川崎さんの提案から伝わってくる。

川崎さんが暮らす小劉固村のトイレにこんな張り紙を見つけた。

「キレイなトイレはお客さんへの最高のもてなし」

「トイレ革命」のアドバイザーを務めるためには、まず、自分の場所から。 「キレイなトイレはお客さんへの最高のもてなし」という信念のもと、率先して、職場のトイレ革命にとりくんでいる。

「微博がないと生きていけない」


川崎さんは、中国語が話せない状態で、たった一人で中国に来た。農業ではうまくいかないことも多く、ストレスも大きかったという。そんなときに始めたのが、微博(中国版Twitter)だった。はじめはストレス解消のために書いていたが、農業実践について書くようになってからフォロワーがどんどん増え、現在はフォロワー27万人の人気アカウントになった。

現在では、微博を駆使してクラウドファウンディングで資金を集め、
農業設備等を買っている。
おそらく世界で一番、中国SNSに精通している日本の70歳だと思う。

近年、中国でも「無農薬野菜」、「有機野菜」と銘打つ野菜は増えてきた。しかし、それが本物かどうか確認するのは難しい。偽物に敏感になっている中国人は、ただ「無農薬」と書いたところで、すぐには信用してくれない。微博を使うことで、客も川崎さんの顏が見れて、安心して買うことができるのだろう。

微博のおかげで色んな事がいい方向に運んでいるようだ。川崎さんは「微博がないと生きていけない」と話してくれた。

川崎さんの“奇跡のトマト”

中国では、貧しい村ほど安い化学肥料に頼らざるを得ない現状がある。そうでもしないと、虫に食べられて、売り物にならなくなってしまうからだ。そのため、法規制が始まった今でも、まだまだ抜け道はあり、安くて効果の強い違法な農薬を使っている農家もいるそうだ。
川崎さんが働く小劉固村も、以前はとても貧しい村だった。しかし、川崎さんは有機栽培を諦めなかった。
試行錯誤の結果、今年川崎さんは、完全無農薬のトマトを中国で成功させた。私も食べたが、糖度12とあって、甘くて水々しいトマトだった。

毎日朝早くに起き、ほかの従業員の誰よりも動く。ただ教えるのではなく、自ら率先して動き、姿で伝える。そんな努力が実り、今、川崎さんの畑には、完全無農薬の真っ赤なトマト、穂がきれいにそろった完全無農薬の小麦が実っている。

私たちが取材に行ったとき、川崎さんの畑で取れた小麦で作った麺、農場で取れたトマトや卵を使ってお昼ごはんを作ってくれた。雑味が無く、素材の味が生きていておいしかった。

私がここに住む理由

川崎さんに中国に住む理由を尋ねた。
すると彼は「人生の価値を証明するため」だと答えてくれた。

日本で定年を迎えた後、平穏な日々を送っていた川崎さんは“毎日楽しくても虚しくなる、苦労しないと本当の楽しさ得られない”と感じたという。そして、苦労できるものを探してみたものの、日本では見つけられなかったという。

“家畜の糞を用いた有機栽培を広める”、自身が「苦労できるもの」を中国で見つけた川崎さん。しかし、近年までずっと状況は芳しくなく、「絶望的な状況」だったという。

なんで中国の人のために頑張って来られたのか、本人に聞いてみた。彼は「日本では家畜の糞を処理するのが当たり前だけど、中国では放置しておくが当たり前だった。日本人だったから、糞を処理して有機栽培に活かせると気がつけた。」と答えてくれた。

ここには中国人じゃないからこそ、できることがある。自分だからこそできることがある。71歳、異国の地で自分の人生の価値を見つけた川崎さん。

最近では彼の微博を見て、川崎さんの農場で学びたいという若者も集まってくるようになったそうだ。村で働く若者の中には、「川崎さんがやりたいことを成し遂げるまで、彼のそばでサポートしたい」という者もいる。

そんな川崎さんの現在の夢は、より多くの若者が川崎さんの元で学び、その知識をそれぞれの故郷に持ち帰り、将来に希望をもって農業ができるようになることだという。互いを思い合う、川崎さんと彼を支える農民、そして若者たち。

彼らの思いが詰まった農作物が、今後多くの中国人の食卓に幸せをもたらすだろう。

(記事作成 竹内亮 石川優珠)


竹内亮
ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー (株)ワノユメ代表

2005年にディレクターデビュー。以来、NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国·南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年、中国最大手の動画サイトで、日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由」の放送を開始し、2年半で再生回数が3億回を突破。中国最大のSNS・微博(ウェイボー)で「2017年・影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたいと考えている。