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“強いチームの戦い方”で世界一に輝いた侍ジャパン―WBC総括―

3月8日から22日にかけて、野球の世界一をかけた大会World Baseball Classicワールドベースボールクラシック2023(通称WBC)が開催されました。

今大会の日本代表は、これまでどちらかというとあまり乗り気ではなかったMLB所属の選手たちが続々と参加を表明し、“史上最強”とも評されるほどの強力なチームを結成。特に、2021年にはMLBでイチロー氏以来となるMVPを獲得した大谷翔平選手や、前回日本代表が世界一になった2009年大会を知る大ベテランであり、昨季はパドレスで16勝を挙げたダルビッシュ有選手などは、その名が野球好き以外の方の間でも知られている選手であり、そういった選手の招集は、大会前から多くの注目を集めました。

一方で、国内プロ野球のチーム所属の選手に関しても、野手では令和初・史上最年少での三冠王を獲得した村上宗隆選手や、5年連続本塁打30本以上を記録している読売ジャイアンツの主砲、岡本和真選手、投手では東京オリンピックでも活躍した山本由伸選手に、令和の怪物佐々木朗希選手など、知名度・実力共に優れたメンバーを選出。決してMLB所属の選手だけに注目の目を譲らない、魅力的な選手たちが集まりました。

さらには日本代表として初の日系外国人選手、ラーズ・ヌートバー選手の選出もホットなニュース。MLBでも期待の若手選手が加わり、こちらも多くの話題を集めました。

唯一、残念であったのは、東京オリンピックで4番として活躍した鈴木誠也選手が大会前に、同じく東京オリンピックで抑えを務めた栗林良吏選手が大会中に、故障により離脱・辞退を余儀なくされたこと。どちらも主力として期待されていただけに、日本代表としては辛い出来事となりました(代替選手として福岡ソフトバンクホークスの牧原大成選手、オリックスバファローズの山崎颯一郎選手が選出)。

さて、そんな紆余曲折があって選ばれた30人の侍たち。結果として世界一の称号を再び日本にもたらすことに成功しましたが、その強さの秘訣はどこにあったのか。今回は、そこを中心に語っていきたいと思います。

相手がリードする時間帯を極力短く

実は今回の侍ジャパンにおける意外なデータとして、先制点を与えた試合が思ったよりも多いことが挙げられます。1次ラウンドの韓国戦、チェコ戦、準決勝のメキシコ戦、決勝のアメリカ戦と、全7試合の内、半数の4試合で先制を許す結果に。これは野球だけでなくどのスポーツでも言えることですが、先制点を取るというのは非常に重要なこと。その意味では、先制点をことごとく取られてしまうのは理想的とは言えません。

しかし、侍ジャパンが強かったのは、先制点を許した後。ほとんどの試合ですぐにリードを奪い返したところにあります。特に象徴的なのが韓国戦です。この試合では序盤に互いの先発投手が好投し、緊迫感のある入りとなりました。しかし、3回の表にダルビッシュ有選手が2ランホームランを浴びると、続けてタイムリーを打たれてしまい、一挙3点を失ってしまいます。日本の打撃陣は韓国先発のキム・グァンヒョン選手の投球術に翻弄され、ほとんど出塁することが出来ていなかったため、やや重苦しいムードが漂っていました。

ただ、ここで真の強さを発揮するのが侍ジャパン。その裏の攻撃でフォアボールや盗塁を絡めてチャンスを作ると、ヌートバー選手、近藤健介選手、吉田正尚選手のタイムリーで一気に4点を取り逆転に成功します。その後は韓国を寄せ付けず、最終的なスコアは13-4と圧勝を収めました。

決勝のアメリカ戦でも先制ホームランを許した直後の攻撃で村上宗隆選手のホームランで即座に同点に追いつき、同じ回に勝ち越し点も奪うなど、大会を通して相手がリードする時間をできるだけ短くすることが出来ていた侍ジャパン。相手にいいリズムを与えない、強者の戦い方であると言えるでしょう。

四球・エラーが少なく、リズムを生み出していた守備

相手にリズムを与えない戦い方が出来ていた一方で、自分たちのリズムはしっかりと作れていたのが侍ジャパン。特筆すべきがフォアボール、エラーの少なさです。

短期決戦で負けるチームによく見られるのが、フォアボールを与えてランナーを許し、自ら苦しい場面にしてしまうこと。フォアボールはキャッチャー以外の野手陣にはあまり関与できない要素であり、単純にヒットを打たれるよりも多大なストレスとなります。

侍ジャパンの投手たちは、そのフォアボールの数がかなり少なく、ボール先行のカウントでも粘り強く投げることが出来ていました。結果として守備の時間を大幅に短縮することに成功し、攻撃のリズムを生み出すことが出来ていたのです。逆に、攻撃時には相手からフォアボールを複数奪い、攻撃の時間を長くすることで、相手の野手陣をリズムに乗せないままに試合を進められていました。先述した相手がリードする時間を極力短く出来ていたのも、ここに秘訣があるように思います。

また、エラーに関しても、ゼロとはいかないまでも7試合で合計2失策とかなりの堅守を見せています。エラーは取れるアウトをみすみす逃す行為であり、これが増えると投手は1つの回で4つ、5つのアウトを取らなくてはならなくなり、しんどくなります。野手としても守備の時間が長くなる分、攻撃のリズムを作りづらくなり、悪循環をもたらしてしまいます。エラーを少なく出来たということも、世界一を奪還した大きな要因と言えるでしょう。

たとえ0で終わる攻撃でも簡単に終わらない

これもまたリズムに関する話になりますが、野球における守備の理想は、3人で3アウトを取り、出来るだけ短い時間で終えることです。そうすることで攻撃と攻撃の間隔が短くなり、野手陣が集中しやすくなるのです。

裏を返せば、攻撃時に心がけるのは、たとえ得点できなかったとしても、簡単に3人で終わらないこと。そうして、相手にプレッシャーをかけ続けることが重要となります。

今大会の侍ジャパンのデータとして、出塁率の高さが挙げられますが、選球眼の良さはチャンスメイクという点だけでなく、相手にリズムを渡さないという点でも効果的であったと言えます。

2アウトになったとしても粘って1人でもランナーを出す。その意識が、大会を通して主導権を握る時間を長く出来た理由と言えるのではないでしょうか。

冴えわたっていた栗山采配

ここで選手の話題から監督の話題へと移りたいと思います。失礼な言い方になりますが、私は、正直に言うと、今大会の栗山英樹監督に、モチベーター以上の役割を期待していませんでした。

大谷翔平選手やダルビッシュ有選手が参加を決めた理由に栗山英樹監督の存在は欠かせませんが、大会が始まれば、日本が誇る最高の選手たちにある程度一任し、あまり監督が目立つ場面は無いだろうなと予想していました。

しかし、大会が始まると、それは大きな思い違いであることが分かりました。今大会の象徴的な采配と言えば、準決勝のメキシコ戦が思い出されます。

この試合は先発の佐々木朗希選手が4回に3ランホームランを浴びてしまい、その後、日本は相手の好守にも阻まれ、中々得点できずにいました。結果として、この大会で最も長くビハインドの状況が続くこととなり、苦しい試合展開となりました。

7回に吉田正尚選手の起死回生の同点3ランホームランでようやくスコアをタイに戻しますが、その次のメキシコの攻撃で2点を奪われてしまい、再びビハインドに。負ければ終わりのノックアウトラウンド、“敗退”の2文字もちらつき始める中、栗山英樹監督が思い切った采配を見せます。

デッドボール、ヒットでノーアウト1、2塁のチャンスを作ると、源田壮亮選手の執念のスリーバントで1アウト2,3塁に。ここで打順が回ってきたのは、キャッチャーの甲斐拓也選手でした。甲斐拓也選手はキャッチャーということもあり守備的な選手。今大会の打撃成績もいまいちで、正直に言うとあまりタイムリーが期待できる選手ではありませんでした。

しかし、実はこの試合の先発捕手は中村悠平選手で、甲斐拓也選手は途中出場。チームには3人のキャッチャーがいますが、基本的に第3キャッチャーは万が一の怪我に備えるため、出場することはほとんどありません。つまり、甲斐拓也選手に代打を出すのは、チームの捕手事情からしても考えにくいことだったのです。

ただ、ここで栗山英樹監督は迷いなく代打・山川穂高選手を送ります。そして山川穂高選手は見事犠牲フライを放ち、得点に繋げるのです。

この回は同点に追いつくまでは至らず、9回表のメキシコの攻撃に。1点ビハインドの状況で、ここでさらに失点してしまえば、勝ちはかなり遠のいてしまいます。この場面でこれまで代打での出場のみで守備についていなかった大城卓三選手を起用するのも大きなリスクですが、栗山英樹監督は信頼して彼を送り出します。リリーフには同じチームの大勢選手を起用し、出来るだけ普段の公式戦と同じ環境を作ったのも素晴らしい起用でした(結果としてMLB球を使用した大勢選手の投球の変化が凄すぎてパスボールを連発することになりましたが)。

そして、大城卓三選手と大勢選手も、その起用に見事に応え、1人に死球を与えたものの無失点で切り抜けます。選手の力を信頼する監督、そしてそれに応える選手という、素晴らしい関係性でした。

迎えた9回の裏。先頭打者の大谷選手が2ベースヒットを放ち、さらに吉田正尚選手が四球で続きます。ノーアウトでサヨナラのランナーまで出て「いける!」という雰囲気が高まった頃、またも栗山英樹監督が動きます。吉田正尚選手に代えて、代走に周東佑京選手を送り出したのです。サヨナラのチャンスではあるものの、未だ1点ビハインドで同点止まりで延長戦になる可能性もある中、重要な得点源の1人である吉田正尚選手に躊躇いなく代走を送る。「絶対に9回裏で勝負を決めるんだ」という強い気持ちを感じました。

迎えるバッターは村上宗隆選手。初めに令和初の三冠王と書きましたが、今大会ではここまでその実力を発揮できておらず、不要論もにわかに囁かれていた選手です。本人もどこか塞ぎがちな表情を見せることが多かったですが、栗山英樹監督は彼をスタメンから外すことはありませんでした。ここにも、栗山英樹監督らしい、選手を信頼する思い切りの良い采配があったように思います。

結果として村上宗隆選手は同点どころか一気に逆転サヨナラに持ち込む2ベースを放ち、決勝進出を決めました。代走で出場した周東佑京選手のスピードも存分に発揮され、普通ならば1塁走者は際どいタイミングになりそうな場面ですが余裕のセーフ。8回裏の思い切った代打策、そして第3捕手の起用、主軸打者への代走起用、そして悩める三冠王への信頼と、全てが嚙み合って掴んだ勝利であったと言えます。

決勝戦での8回ダルビッシュ有選手、9回大谷翔平選手という豪華リレーも、見方によってはドラマを演出しすぎではという声もあると思いますが、そうやってドラマを演出するような起用をしながら、それを結果に結びつけることが出来ることこそ、栗山英樹監督の凄さなのではと思います。最高の選手が集まった今大会の侍ジャパンでしたが、監督の采配も世界一に大きな好影響を及ぼしていると言えそうです。

主軸選手がムードも良くする“仲良しジャパン”

どんなスポーツでも欠かせないのがムードメーカーの存在です。負けているとき、連戦が続いて疲弊しているとき、雰囲気を明るくしてくれる選手がいると、チームのムードが良くなります。

今回、世界一に輝いた侍ジャパンにも、やはりそういった存在が数多くいました。しかし、面白いのが、このチームでは主軸となる選手が同時にムードメーカーでもあったことです。

例えば大谷翔平選手は、無邪気なイタズラや、村上宗隆選手ら不振の選手への声かけ等で雰囲気を良くし、ヌートバー選手は社会現象にもなった“ペッパー・ミルパフォーマンス”や体全体を使っての感情表現で盛り立てます。ベテランのダルビッシュ有選手は代表合宿に初日から参加し、若手への声かけや決起集会の開催など、競技以外の面でもサポートしました。こうした選手たちの働きによる雰囲気の良さで、ビハインド時でも暗くなることなく、チームは常に前を向けていたのです。逆転に次ぐ逆転は、ここから生まれたものであると言っても過言ではないでしょう。

今回の代表は若手も多く、WBCのような国際大会が初めてという選手も多くいました。そんな中で彼らが普段通り、もしかしたら普段以上の力を発揮できたのは、どっしりと中心になるMLB組がいて、さらに積極的に会話をしてもらえたことも大きいはずです。

単純な実力だけでなく、内面までもが優れた最高のチームであったと言えるでしょう。

最後に

世界一という称号を2009年以来、14年ぶりに日本にもたらした侍ジャパン。メンバー発表当初は、特に投手における国際経験の少なさ、外野手に本職のセンターを招集しなかったこと、左打ちの選手が多く、打線の左右のバランスが歪であったことなど、たくさんの問題が指摘されていました。

しかし、結果として選出された全員に出場機会があり(途中招集の山崎颯一郎選手を除く)、何かしらの活躍の機会があったことは、このメンバー選びに間違いがなく、最高のチームであった証明であったと言えます。本当に選手、監督、コーチ、スタッフすべてに最大級の賛辞の言葉を贈りたいです。

また、MLBの強力な選手が打線にいた今回の侍ジャパンは、これまでの代表と違い、送りバントをする場面が少なく、堂々とした横綱相撲で戦っていたのが印象的でした。こう書くと、日本らしい戦い方を否定する代表だったのかとも訝しんでしまいますが、そんなことはありません。フォアボールを極力出さない、エラーを少なくする、盗塁や1つでも先の塁を目指す積極的な走塁で相手にプレッシャーをかけるなど、根底には侍ジャパンらしい“スモールベースボール”の考え方が根づいていたように思います。大谷翔平選手やヌートバー選手らMLB選手のメジャー仕込みのプレースタイルと、日本のスモールベースボールがうまく融合した、ハイブリッドな戦いぶりでした。様々な部分で隙のない、“強いチーム”であったと言えるでしょう。

これ以上の代表チームはもう2度と生まれることは無いのではないかとも考えてしまいますが、大谷翔平選手は既に次回WBCへの出場を明言するなど、未来を見据えています。次回は、今回初出場であったメンバーも円熟味を深めた状態で迎えることが出来ますし、新たなスターも加わることでしょう。ぜひ、今回を超える代表チームを目指し、ディフェンディングチャンピオンとして、再び世界と戦ってほしいです。2006年、2009年大会以来となる連覇という大きな目標に向けて、まだ見ぬ侍ジャパンが頑張ってくれることを期待しています。

例年よりも少し早い球春到来。どんな桜よりもきれいな花を咲かせた侍ジャパン。彼らを追いかけたこの約2週間はとても実りのあるものでした。彼らはこれから所属チームへと戻り、MLB、プロ野球の世界でライバルとして戦います。ぜひとも、今回のWBCに負けないくらいの盛り上がりを、それぞれの舞台で見せてほしいものです。


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