2024年新潟サクラマス釣り0日目
2023年12月31日 新潟県新潟市中央区
2023年大晦日の朝、母が亡くなった。
私は未明まで新潟市内の実家で刊行が年明けに迫った渓流釣りのムック『渓流釣りのすべてvol.6』の原稿をまとめていた。疲れ果て、3時ごろ布団に入った。なぜか長野の川の夢を見ていた。6時ごろだろうか、せっかく大きな真っ黒なイワナを見つけたところだったのに理不尽に妻に叩き起こされ、早く病院に行くようにと言われた。新潟県立がんセンターに泊まり込んでいた弟が私ではなく妻に連絡を入れていた。呼吸のレベルが下がっており、もうもたないかもしれない、と。膵臓がんを患っていた母は、前日にはついに意識がなくなっていた。
10時過ぎに母は息を引き取った。
親戚や母の友人、葬祭業者に連絡をした。大晦日だというのに業者はすぐに来てくれ、母の遺体を運び出した。葬儀は翌々日、1月2日に決まった。
元日の夕方には大きな地震があった。震源は能登半島だったが、新潟市内でもかなり揺れた。県外出身で土地勘がない妻が「津波が来る!」といってパニックになった。
それからのことはよく覚えていない。
葬儀が終わって、母が乗っていた車を急いで処分し、役所関係など様々な手続きに奔走しなければならなかった。車は支払いが残っているのに日産が提示する下取りは毎月の支払い額以下。不良債権化していることがわかり、発狂しかけた。役所は役所で正月休みもあってできることとできないことがあり、結局もう一度新潟に来る必要があることがわかっただけだった。さらに渓流ムックの校正も大詰めで、多分1日3時間くらいしか寝ていなかったと思う。
多少落ち着いてきた頃、家族とともに自宅がある神奈川に戻ることにした。会社で落ち着いて仕事をしよう。目黒のライターさん宅に預けていた2匹の金魚を迎えに行こう。ふと思った。母が亡くなって私と郷里の新潟をつなぐものはほとんどなくなってしまったな、と。
1月中旬、ムックの校正を仕上げ、雪が降る中、再び新潟へ。かつて母の戸籍があったいくつかの町の役場をめぐった。必要な書類を揃えるとひと仕事終わった気分だった。
コロナ禍真っ只中の3年前、父もやはりがんで亡くなっていた。今は2人に1人ががんに罹る時代と言われている。両親ともにがんに罹ったのだから、「確率」だけで言えば私と弟はがんにはならないはずだ。父母が代わりにがんになってくれたのではないか。
そんなファンタジーがあるはずがない。体質や生活習慣が似通っているはずだから、きっと私もがんで死ぬ。
母は1年8ヶ月におよぶ闘病の末、66歳で亡くなった。体調不良で新潟空港の近くの病院にかかると、原因がよくわからなかったのだろう、漢方薬を処方された。そんなはずはないとよく調べてみたら、膵臓がんだった。ステージⅣの5年生存率1%。極めて予後の悪いがんである。しかも、そこの医師は「膵臓がんが治った人は見たことがない」とわざわざ言ってのけた。田舎の病院はダメだと、手術の技術に定評があるという東京の大学病院へ。しかし、その時点で肝臓や肺などに転移しており、手術はできないと言われた。膵臓は沈黙の臓器とも呼ばれ、自覚症状が出始めた頃には大体手遅れらしい。
2023年の11月時点で医師には「来年の桜は見られないかもしれません」と言われていたが、年を越すことができなかった。鉄道や旅行が好きで、晩年様々な場所に遊びに行っていた。がんがわかってからも、東京の大学病院に来るときに上越新幹線の車中でどの駅弁を食べるかをいつも考えているような母だった。こういうメンタリティの人ならがんも克服できたりするのではないかと思ったこともあったが、さすがに無理だった。
私も同じくらいの年齢で死ぬ予定だとしたら、なんとも短い「余生」である。もしかしたらもっと短いかもしれない。どうせずっと貧乏なまま、ランクルも買えないし、タワマンとも港区女子とも無縁な、あとたった30年あるかどうかのビミョーな人生だ。
そんなことを思ったとき、ある考えが頭に浮かんだ。
「サクラマスを釣りに新潟に行こう」
我ながら意味がよくわからない。
川釣りをする方ならご存知の通り、サクラマス釣りは非常に確率の悪い釣りだ。しかも、秋田など比較的よく釣れるとされる地域に比べると新潟のサクラマスの難易度は高い。肉親がほとんどいなくなってしまった郷里で、自分なりに何かを成し遂げたいと思った、のだろうか。自分のことなのに今でも確信がない。
こうして2024年春は合計20日間、サクラマスを探して新潟県北部を流れる荒川と三面川に立った。案の定、なかなか釣れない。それなりに土地勘があるはずの場所で、私はずっと迷子のようだった。そんな日々の様子を、次回以降少しずつつづっていく。
あらかじめ断っておきたい。たいした話ではない、と。40歳手前、中年に差し掛かったどこにでもいるオッサンによる「自分探し」の旅の始まりだった。